極道とゴールドラッシュ

文字数 4,711文字

「あらぁっ、上手くいったようねっ」

アロガ城下の酒場では、アイゼンとサブが、二人の帰りを待っていた。

「こりゃ、祝杯やなっ」

本当に大変なのは、むしろ、これからだが、今日のところは、まず、酒を飲む。それもまた、生きて行く上では、必要なこと。殺伐としているだけでは、人は生きては行けないのだ。


「まぁっ、なんとか、砂漠地帯は、手に入れることが出来たなっ」

「ええっ、あそこだけは、何としてでも、魔王軍から死守しなければなりませんからね」

交渉の最中に、時折、マサの口から出た、真意不明の発言。それは、この世界に関する、重大な秘密を、アロガ王に、まだ隠しておくためでもあった。


そして、一度、眼鏡を押してから、マサは話を続ける。

「あの、砂漠地帯の地下には、石油が眠っています……」

「石油だけではありません、石炭にしろ、可燃ガスにしろ、燃料に使えそうな資源のほとんど、すべてが、あの砂漠の地下に隠されているんです」

「それが、この世界のどこにも、燃料になりそうな資源が見当たらなかった理由に、他なりません」

「この世界は、文明レベルが、ここで止まるように、恣意的(しいてき)に、調整されているんです」


「我々と同じ世界から来た、魔王軍のクレイジーデーモンこと、出門享也(でもんきょうや)には、あそこに眠っているモノが何かを、理解出来るでしょうから」

「あの砂漠地帯を、魔王軍に奪われ、あそこに眠っている遺産を活用されたら、技術力に格段の差がつき過ぎて、早々に、太刀打ち出来なくなります……」

「今度こそ、本当に、この世界は、終わりますよ」

-

そこまで話してから、おもむろに、マサは、自らのコンパネを開く。宙に浮かぶ画面。

「今ではもう、使い慣れてしまっているでしょうが、みんなは、このコンパネに、違和感を持ったことはありませんか?」

「そうねえっ、確かに、こんな古臭い世界なのに、なんで最先端のITみたいなものが使えるのか、最初は不思議だったわねえっ」

「ワイなんて、IT弱者やさかい、未だによう使いこなせんわっ」

「あらっ、でも、あの女神様が、ユーザインターフェイスを、私達に合わせてくれてるんじゃないのぉっ? ゲームみたいな感じにっ」

アイゼンの言葉に、マサは頷く。

「合わせている、それは当たっていますが、我々に合わせている訳ではないんです」

「あらっ、じゃあっ、誰に合わせてるのっ?」

「これは、この世界に、大昔に存在していた文明が使っていた技術でもあるんです」

「あらっ、何っ、それって、じゃあっ?」

「なんやっ、ワイにはさっぱり、分からへんっ」

「我々が来た世界より、遥かに進んだ技術を持った文明が、大昔に存在していんですよ、この世界には」

「超古代先史文明、とでも言いますかね」

「その遺産も、眠っているはずなんですよ、あの砂漠地帯の地下には……」

-

「せやなぁ、今の賭場も人気あるし、新しい引っ越し先は、ラスベガスみたいなカジノシテイとか、ええんやないかなあっ」

酒も程よく回って、酔って来た一同。

新しい国であり、自分達の引っ越し先となる、砂漠地帯。今のところ、砂しかない、過酷な環境の土地ではあったが、それでも、みんなはそれぞれ、これからの新しい生活に思いを馳せ、夢を語りはじめる。

「あらぁっ、いいわねえっ、じゃあっ、あたしは、カジノに集まって来たお客さん相手に、ショービジネスをやるわっ」

「派手なネオンに、煌びやかなスポットライト、そして、歌とダンス、もおっ、今から、血が騒ぐわねえっ」

元々、前世では、興行をシノギとしていたアイゼン。今もなお、エンタメビジネスへの想いは強い。

「せやなっ、それやったら、ワイは、子供が好きやさかい、新しい国には、子供向けのテーマパークもつくりたいわぁっ」

「ホンマ、この世界の子供達には、笑顔が足らんからなぁっ」


普段は、クールを装っているマサも、今日ばかりは上機嫌で、饒舌だ。

「やはり、私は、あそこの地下に眠っている、超古代先史文明の遺産ですね、どんな思いも寄らないモノが出て来るのかと思うと、今からワクワクしますよ」

「それに、この世界には、これまでなかった、石油なんかの新しいエネルギーが、これから、広まって行く訳ですから、それはもう、産業革命の時代を、目の当たりにしているようなものですよ」

「私も、これからも、どんどん、新しいモノを開発して行きますよ」

-

みなが語る夢を、酒の肴にして、黙って飲み続ける石動。

みなの前では語らぬが、石動にも夢はある。

その夢は、この世界を、自由に旅して周ることだ。

他の国々にも行ってみたいし、魔王領にも興味がある。魔王領なら、クレイジーデーモンと同じぐらい強い奴が、まだいるかもしれないし、この世界には、この大陸以外に、他の土地だってあるのかもしれない。

そんな未知の、自由な冒険、それが石動の望む生き方だ。

だが、石動には、その前に、ケジメをつけなくてはならない、しがらみがある。

一つは、この仲間達が、安全に暮らせる場所をつくること。それは、威勢会(いせいかい)で、若頭という位置に居た自分の務め。

もう一つは、前世からの、因縁の相手、宿敵クレイジーデーモンこと、出門享也(でもんきょうや)と決着をつけること。

そして、その二つは、魔王軍を倒すことで、ほぼ同時に達成されるはず。

すべては、これからの、魔王軍との戦い次第ということでもあった。

-

「なんで? なんで、僕なんですかっ?」

ダークエルフの森に帰ると、マサは早速、リシジンに、新しい国の王になってもらえないかと打診した。

いきなりの話に、戸惑うリシジン。

一緒に同席していたサトミカ、そして、石動は、黙って会話を聞いている。

「ここには、ミガシキ兄さんだって、他の兄弟だっているじゃあないですか、それなのに、なんで僕なんですか?」


「それは、あなたが、新しくつくる国、そのイメージに、最も相応しいからですよ」

「王は国の象徴であり、シンボル」

そこで、マサは、アロガ王にした話を、再び、リシジンにもする。

「あなたは、我々が元居た世界の人間に、マインドが似ています」

「人を殺しても何とも思わない若頭は、こちらの世界のマインドに、まさしく、ピッタリでしたが」

「おうっ、ここでも、やっぱり、ディスられんだなっ」

「人の命を優先的に考え、国民の心に寄り添う、それが、我々がつくる新しい国の王です」


戸惑っているリシジンに代わって、言葉を発したのはサトミカだった。

「リシジン王子は、ドワーフ工房の親方に弟子入りして、将来職人になりたい、そう思っていたんです」

そして、返って来たのは、意外な返事だった。

「いいじゃないですかっ!」

「是非、その夢を実現させてください、私も協力しますよっ」

むしろ、マサは興奮してすらいる。

「えっ? だって僕、新しい国の王様になるんですよね?」

「これから先、短期間で、ものすごい技術革新が起こります」

「王が、技術に興味を持っていて、詳しいに越したことはない」

「むしろ、一職人としてだけではなく、これから先、この世界の技術を牽引していけるあなたは、とんでもなくラッキーなのかもしれない」

同じく技術に興味を持っているマサには、技術者にとって、それがどれだけエキサイティングなことかが、分かる。

「はっ、はあっ……」

しかし、今はまだ、マサの言う事がさっぱり分からないリシジン。その言葉の意味が分かるようになるのは、もう少しだけ、先のことかもしれない。


「それに、国王が、ドワーフの親方に弟子入りする」

「それは、まさに、新しい国の在り方を体現するものです」

「新しい国の広報アピールには、まさしく、ちょうどいい」

「だって、考えても見てください……
新しい国には、人間以外の種族のほうが、遥かに多いんですから」


「いずれは、人民が選んだ宰相が、国のリーダーとなって、国を動かす、そんな仕組みをつくります」

「その時に、国民の決断次第では、王制そのものが無くなるかもしれません」

「ですので、あなたは、あなたの夢を実現するための準備を進めておいてください、新しい時代の王様をやりがなら」

リシジンは、新しい国の王になることを承諾する。

それは決して、ネガティブな感情ではなく、マサが言う、新しい技術革新を迎えた、新しい時代に期待して、胸を躍らせてのものだった。

-

「なんで、よりにもよって、砂漠なんて、クソ暑いとこに、引っ越すことになっちまったかなあっ」

砂漠地帯に引っ越すことが決まって、一番ショックを受けていたのは、人狼のジトウだった。

「こんな毛むくじゃらの体だってえのに、砂漠なんかに住んだら、暑くてかなわねえっ、まったく、俺への嫌がらせかよっ?」


ダークエルフの森、その川沿いに住み着いた魚人族達は、さすがに今回の引っ越しについて行くことは、すでに諦めていた。

「これはもう、『ダークエルフと魚人族の森』に、改名するしかないようですね」

ダークエルフの女、ストヤもまた、諦め顔でそう言っていた。


「どや? もうこの際、体の毛、全部刈るっちゅうんは? 羊みたいに」

横でジトウの愚痴を聞いていたサブが、提案をする。

顔だけ毛が生えたまま、全身の毛を刈られて、赤い()き身の皮膚、そんなアンバランスな自分の姿を想像して、身震いするジトウ。

「いや、サブさん、そんな情けねえ姿は、ちょっと」

「そうですよ、ジトウのモフモフを刈るだなんて、とんでもありません」

そこに、割って入ったのは、モフモフを愛するマサだった。

「ところで、人狼って、冬用の毛と、夏用の毛、生え変わったりはしないんですかね?」

最近、どうもマサの知的好奇心が、妙なほうに行きつつある。

「俺、いつかそのうち、マサさんに、解剖されそうな気がしてならねえんだがっ……」


「マサさん、なんでも、砂漠を掘り起こすんでしょう?」

「暑いところでの、重労働ってえのは、強制労働収容所を思い出しちまって、どうもなあっ……」

「いえっ、もちろん、強制はしませんよ……」

「ただ、砂漠のお宝を掘り当てた者には、国との折半にはなりますが、そのお宝の所有権が与えられますからね、もちろん、兵器なんかの場合は、国の買取になりますけど」

「つまり、これは、一攫千金のチャンスということなんですよ……」

「これまで、貧しい暮らしを送るしかなかった者達が、ここに来れば、一山当てられるかもしれない、人生逆転出来るかもしれない」

「生まれ時から、貧民と決まってしまっている運命を、大逆転して、富裕層へと成り上がる、そんな千載一遇の大チャンスなんです」

「これからは、その噂を聞きつけて、いろんな国から、大勢の者達が、ここに集まって来るでしょう」

「一攫千金、いっ、いやっ、夢を抱いてね」

「そう、まるで、大開拓時代、ゴールドラッシュのようなもんです」


「ホントは、大資本を持つ出資者と組んで、開発してしまったほうが早いんですけどね」

そこにやって来た、石動が口を出す。

「まぁっ、それだと、ロマンがねえわなっ」

「せやなぁ、ロマンは大事やわぁっ」

ギャンブル大好きな石動達は、この人間領、すべての者達に、人生を賭けた、大逆転のギャンブルを提供することにした、それがこの、砂漠のお宝ガチャという訳だ。

「ジトウも、一攫千金、狙ってみたらどうですか?」

「我々にも、何が埋まっているのかは分からないので、何が出て来るかはお楽しみですがね」

「石油なんか掘り当てたら、そりゃもう、一気に石油成金ですよ?」

「さすが、砂漠のお宝ガチャやなぁっ」

「そうかっ、じゃあっ一丁、俺も、砂漠のお宝でも狙ってみるかな」

ジトウもすっかり、その気になりはじめる。

「重労働は、強制されれば、苦痛で、それこそ地獄ですが……一攫千金、いっ、いやっ、夢があれば、それは、生き甲斐で、希望になるってもんですよ」
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