極道と人狼

文字数 3,470文字

炎天下の荒野を走る二頭の馬、そして、騎乗する三人の男達。

はじめこそ、ジトウを後ろに乗せていたマサだったが。

「俺の方が、馬、扱うの上手いんじゃねえかっ?」

そう言われて、今ではジトウの後ろに、大人しく座っている。

「私は、認めるべきところは、認めますからね」

以前は、自宅に犬を飼っていたぐらいには、動物好きな面があるマサ。暑いと思いつつも、ついついジトウに、後ろから抱きついてしまう。

「このモフモフした毛の感じが、最高なんですがね、暑くさえなければ」

「マサさん、後ろから、いろいろと触るの、やめてもらえますかね?」


道中、ひょっこり出て来たウサギに似た生物、そいつを晩御飯にするために、銃で仕留める石動。

「おうっ、これっ、食えんのかっ?」

「ああっ、デスラビットかっ、結構、美味いぜっ」
「ただ、普段、人間の死肉とかも食ってるけどな、そいつら」

「おうっ、マジかっ」
「結構、サバイバル能力が試されますね」

本来、この世界で、自由に旅をしていたいと思っていた石動には、それは、決して悪い心地ではなかった。人狼のジトウも、陽気で気さくな性格のようで、とてもこれが、復讐の旅路とは思えない。

-

その日の夜は、疲れて来た馬を休憩させるために、野宿することにした一同。

明かり確保と調理用のために起こした焚き火を囲み、食事を済ませたタイミングで、ジトウは話を切り出した。

「あんた達、何も聞かねえんだな?」

石動もマサも、それが何の事かは、すぐに察した。

「まぁっ、後ろ暗い過去なんて、誰にでもあんだろっ」

「うちの組は、そんな連中ばっかりでしたからね」

「別に、もったいつけて、隠してる訳じゃあねんだが……」

目の前で、燃えている炎を、じっと見つめるジトウ。

「……そうだな」

「俺も、知らず知らずの内に、誰かに聞いて欲しかったのかもしれねえな……元々が、減らず口の、おしゃべりなほうだからな」

「強制労働収容所から解放してくれたぐらいだから、さすがに、あんた達が、悪い人ってことはないだろうし」

「まぁっ、本当は、極悪人のはずだったんだけどなっ」

「ええっ、こっちの世界に来て、ちょっと、自信無くなって来ましたよね、極悪人の」

「じゃあっ、こうして、暇つぶしてる合間にでも、もしよかったら、聞いてやってくれ」

燃え盛る炎を見つめながら、ジトウは、復讐の理由を語り出す。


「この国の外地の、さらに外れにある名も無い森、俺達は、そこに小さい集落をつくって住んでたんだ……」

「ちょうど、アロガ王の種族差別主義がはじまった頃だったかな……」

「その集落のそばで、行き倒れている一人の男を、俺は助けた……」

「人助けぐらいの軽い気持ちだったんだがな……今にして思えば、全く警戒心が足りてなかった……いくら後悔しても、後悔し足りねえっ」

一旦間を置き、唾を飲み込んで、再び話を続けるジトウ。

「その男は、『ドウゲン』と名乗っていた」

「その男から、助けたお礼にと、もらった食い物を口にした途端、俺を含めて、集落のみんなが、おかしくなりはじめたんだ……」

「それから、しばらくは、集落の連中全員が、正気を失ったままだった……」

「そして、俺達が正気に戻った時には、集落の女達はみな、さらわれていた……」

「俺の妹のラクサハ、許嫁(いいなずけ)のラヒリカもだっ……」

ジトウの声は、明らかに震えている。

「奴が、食い物の中に、何か仕込みやがったんだろうっ」

「死なない程度の毒とかじゃねえのかっ? 」

「毒だと、女が食ったりしたら、死んじまうかもしれねえからな」
「何か、妙な薬を、食い物の中に入れたに違いねえ」

「確かに、女達も正気を失っていたのなら、連れ去るのも容易でしょうしね」


「それから、俺は、必死で、妹と許嫁を探して回った」

「だが、妹と許嫁はとっくに、人身売買組織に売られていて、腐れ貴族どもの玩具(おもちゃ)にされ、(なぶ)り殺しにされた後だった」

「俺は、その腐れ貴族どもを見つけて、すぐにその場で、殺したよ」

「それが、少々、大騒ぎになっちまってな」

「捕まっちまって、さっきの強制収容所に送り込まれたって訳さ」


「捕まる前に集めた情報じゃあ、ドウゲンは、スラムジャネイロで、人身売買を仕切っているらしくてな」

「それで、今こうして、スラムジャネイロを目指しているって訳だ」

「まだっ、そいつは、そのスラムジャネイロってとこに、居んのかいっ?」

「分からねえっ」

燃え盛る炎の前で、自らの拳を、強く握るジトウ。

「ただ、俺は、例え、奴がどこに居ようとも、必ず見つけて、ぶっ殺す」

「そう、心に誓ったんだっ」

「ラクサハとラヒリカが、売られて、嬲り殺しにされたと知ったあの日からな……」

「強制収容所でも、ドウゲンに復讐する、ただそれだけを心の支えにして、俺は、生きて来た」

握りしめた拳を、地面に思いっ切り叩きつける。

「決してっ、絶対にっ、あいつだけは許せねえっ」


しばらくしてから、マサが口を開く。

「我々の世界では、復讐は(むな)しいだけだなどと言いますが、まぁっ、それは我々の世界の現代倫理観だからこそ、言えることですからね」

「こんなクソ見てえな世界じゃあなっ、
生きてても、いいことがあるって訳でもねえしっ、死んだ方がよっぽどマシってな世界だっ、復讐を生き甲斐にでもしなきゃ、わざわざ生き続ける理由が、ねえんだろうなっ」

自らも威勢会(いせいかい)組長の仇を討とうとし、死して転生送りになったことを、石動は気づいているのだろうか。

-

叡智のノートパソコンで、スラムジャネイロについて検索していたマサは、そのことを言うべきかどうするか、判断に迷っていた。言えば、石動のことだから、また騒動を起こすだろうことは、間違いない。

しばし、迷った後に、マサは覚悟を決めた。

「スラムジャネイロでは、我々の世界で言えば、ドラッグに相当するものが、流行っているみたいですね」

「……ドラッグかっ、なるほどなっ」

「ジトウさん達が、食べ物に仕込まれた薬は、ドラッグの可能性もありますね」

「なんなんだい、そのドラッグってえのはっ?」

マサは、自分達が元居た世界で、ドラッグと呼ばれていた、違法薬物について、ジトウに説明した。

「ちくしょうっ、そんなものを、あの食い物の中に、混ぜてやがったのかっ」

ジトウは、再び地面に拳を叩きつける。


「しかしっ、どうにもっ、腑に落ちねえなっ」

「そうなんですよ、ドラッグと同じ効果があるようなモノは、その辺の原生林なんかに、いくらでも生えているでしょうし」

「なんせ、この世界には、違法薬物という概念自体が、まだありません」

「まぁっ、逆に言えば、なんでもやりたい放題だなっ」

「ドラッグという発想自体が、こちらの世界の者達が考えたのではない、そんな気がしますね……」

「麻酔という概念も無いでしょうし……ヒーリングで怪我を治すか、金が無いから放っておくか、ほぼ二択しかありませんから、ここには」

「またっ、転生者かっ? 黒幕は……」

「その可能性は、充分にあります」

「まぁっ、とりあえず、俺達も一緒に、スラムジャネイロってとこに行くしかねえだろうなっ」

マサの予想通り、石動はすでに、首を突っ込む気満々だった。

-

灰色の世界。その呼び名が、スラムジャネイロの街には、相応しい。

建物は薄汚れ、(すす)けて、限りなく黒に近い外観で、どこに行っても、壁には落書きが散見される。

そして、ここに住む人々は、みな痩せこけて、生気がまるで感じらない。

路地には、物乞いと娼婦が(あふ)れ、白昼堂々と、窃盗、強盗、暴力沙汰、婦女暴行が繰り広げられる。

「まぁっ、予想通りだけどよっ、
随分と、ひでえとこだなっ、ここはっ」

「ええっ、なかなかの混沌(カオス)ですね、ここも」

だが、ジトウだけはそれどころではなく、目を血走らせて、キョロキョロと周囲を(うかが)っている。当然、ドウゲンの姿を探しているのだ。

ここ、スラムジャネイロは、アロガエンス王国の外地(がいち)の中では、もっとも内地(ないち)に近い場所に位置した街であり、そのため、内地からの迫害や嫌がらせも激しい。

元々、貧しい街ではあったが、それがより一層、貧困を過疎させた。

また、内地から逃げて来た凶悪犯罪者などが巣食うというのも、この劣悪な環境の一因になっている。


時々、見かける、路地や建物の前に座っている子供達。その姿は、みな一様に、瘦せ細り、頬はこけ、目をギョロとさせて、じっと座ったまま、身体を震わせている。

そうした、子供達の姿を見ては、険しい顔をしていた石動が、吐き捨てるように、言葉を発した。

「ちっ、子供(ガキ)にまで、ドラッグ売ってやがんのかよっ、ここはっ」

マサも、薄々気づいてはいた。おそらく、これは石動の地雷案件だろうことを。
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