極道と結婚式と首謀者

文字数 5,164文字

「遠い先祖の地で、こうして、結婚式を挙げる、それもまた、運命なのかもしれません」

太古の昔より、ダークエルフの森に、そそり立つ、大精霊の樹。その巨大な老樹の前で、向き合って立つ二人。

純白のウェディングドレスを着たサトミカに、黒いタキシード姿のヤス。

「サトミカさん……」

「ヤスさん……」

熱い視線で、見つめ合う二人。

この世界には、自分達二人だけしかいない……。

それぐらいの勢いで、まるで周囲が見えていない二人だったが、この森に住む、ほぼすべての者達が、新郎新婦を取り囲んで、祝福していた。

大精霊の樹、その前で、神父役に相当する、森の長老に、永遠の愛を誓う新郎新婦。

「おめでとうっ!!」

今現在、森に住む、すべての者達の祝福の声は、まるで歓声のようでもあった。

そんな二人の門出を、石動達と一緒に、見つめているリシジン。

-

「いいわねっ、いいわねっ、もおっ、すごい、羨ましいわあっ」

サトミカが着ている、純白のウェディングドレス。これは、アイゼンが、ドワーフの工房に入り浸って作った謹製(きんせい)だ。

「そうだな、白いウェディングドレス、私も、一度ぐらいは、着てみたいものだな」

普段は気の強いストヤも、珍しく、しおらしいことを言う。

「おうっ、なんだ、コスプレかっ?」

そして、その横にいたのは石動だ。

「後で、借してもらって、好きなだけ、着ろっ」

その言葉には、ため息しか出ない。

「ちょっとぉっ! 若頭っ!」

「もおっ! どうして、女心ってもんが、分からないのかしらねえっ!」

「そうだな、石動殿は、女性遍歴が多そうなことを言っている割には、全く、女心が分かっておらんな」

「おっ、おうっ、なんだかよく分からねえが、どうやら、怒られてるみてえだなっ」

-

二人の婚礼は、ダークエルフの、下ネタ大好き、セクハラ爺いトリオの格好のネタにもなった。

「いやぁっ、めでたい」

「これは、早速、子作りをせねばなりませんなぁ」

せわしなく動く、セワッシ翁。

「寝る間も惜しんで、子作りじゃ、これは」

温厚なリモモリ翁。

「なんなら、今ここで、子作りをはじめてもらっても、こちらは一向に構いませぬぞ」

のっそりと喋るソリッノ翁。

「お爺ちゃん達も、相変わらずよねえ」

これでも、ダークエルフの森では、長老に次ぐ地位の三老という扱いになっている。

その話に、顔を赤らめている、新郎新婦の二人。

「ダークエルフの血を引く花嫁ですからなぁ」

「となれば、生まれて来る子は、ワシらの孫も同然じゃ」

「この森の子として、一族みんなで、大事に育てるぞ」

途中で、いい話っぽくするのも忘れてはいない。

「ありがとうございます」

「一族の血を繋いで行く、これ以上に、大事なことはないわなぁ」

「分かったのなら、今すぐ子作りじゃっ」

「そう、すぐにでも、子作りですぞ」


三老達にからかわれている、二人の姿を見て、リシジンは思う。

 ――僕も、こんな風に、みんなに、望まれて生まれて来たのかな……

今なお、大勢の者達から、命を狙われているリシジンには、それを信じるのは難しい。

 ――とても、そんな風には、思えないけど……

例え、そう思いたかったとしても。

-

「リシジン……」

みなの祝福を受けるサトミカとヤスを、少し離れて見ていたリシジン、そこに、二人がやって来た。

「私は、結婚しましたが、これからも、ずっと、あなたのそばにいますよ、今までと、何も変わりはありません」

そんなストレートな言葉をぶつけられると、どうしたらいいのか、分からない。

「王子、い、いやっ、リシジン、俺も、これからもずっと、あなたを守ります、二人で一緒に」

「三人で、家族になりましょう」

二人とは、テンションが違うのだから、急には、合わせられない。

「……う、うん……」

咄嗟に出て来る言葉は、それぐらいのものだ。


「ちょっとっ? それだけでいいのかしら?」

しかし、また、口うるさいおばさん、いや、オネエが、リシジンを(たしな)めた。

「そういうのは、ちゃんと、しといたほうが、いいんじゃないかしら?」

「せやけど、年頃の子っちゅうのは、そういうのが、恥ずかしいもんやからなっ、ワイにも、身に覚えがあるわ」

もはや、親戚の叔父さんみたいな立ち位置のサブ。

「それに、いつまでも、子供扱いせんといてくれとか、そういう気持ちもあるやろっ」

「確かに、この世界では、成人式や元服の平均年齢が、十五歳前後らしいので、子供なのか、大人なのか、微妙な、難しい年頃ですね」

マサも、最近、ちょくちょく、それ程重要ではない情報を、会話にぶっ込むようになって来た。


 ――そう言えば、このドレス、色は違うけど、
 死んだ母さんが、着てたのと、似てるな……

七年前に、母親が病気で死んだ時、リシジンはずっと泣いていた。

父であるアロガ王は、戦争に明け暮れて、死んだ母親の葬儀にも現れなかった。

リシジンには、もう誰も、頼れる大人がいなかった。

父親は生きているはずなのに、自分は、天涯孤独になったと、そう感じていたのだ。

しかし、それからしばらくして、リシジンの前に現れたのが、教育係のサトミカだ。もしかしたら、教育係という名の、母親代わりだったのかもしれない。

思い返せば、確かに、この七年、サトミカは、自分の母親のようなものだった。

これまでの、二人の七年間を振り返ったリシジンは、気持ちが《たか》昂まって、そこでようやく、素直に言うことが出来た。

「ありがとう」

そして、少しだけ、笑顔を見せた。

「おめでとう」

-

「奥さぁんっ」

細く、しなやかな女の指先。透き通るような、きめの細かい肌、その(てのひら)を、無骨(ぶこつ)な男の太い指先が、撫で回す。

「いやぁっ、エロいっ、エロいなあっ、奥さん」

白く美しい女の指先に、男の黒い指が絡みつく。

「……私は……私は……」

今にも消え入りそうな、女のか弱い声。

「分かりますっ、分かりますよっ」

何度も頷き、甘く優しい声色(こわいろ)で、語りかける男。

「せっかく、一番先に(とつ)いで、頑張って、一番先に子供を産んだって言うのに……」

「旦那さんから、自分の息子、第一王子に、王位を継がせる気はないと、そう言われた時の、奥さんのその気持ち、よおーく、分かりますよっ」

「そりゃあっ、もう、悔しくて、悲しくて、絶望しちゃうってもんですよねっ」


ここは、アロガ城内にある寝室。

この部屋の所有者は、アロガ王の第一夫人、つまり、ここは王妃の寝室。

そして、今にも倒れてしまいそうな姿勢で、ベッドに座っている女こそが、アロガエンス王国の王妃、ネッツラレ・ゴーマン。

そして、横には、彼女に寄り添うように、ベッドに腰掛けているクレイジーデーモンの姿があった。


「しかし、本当にこれで、よかったのでしょうか……」

今更ながら、己の罪に、震えている王妃。

「私は、とんでもないことを、してしまったのでは……」

「いえっ、いえっ、決して、奥さんが、悪いんじゃあ、ありませんっ」

「悪いのは、すべて、第一王子に家督を譲ると言わなかった、アロガ王なんですからっ」

「邪魔な、他の王子達には、死んでもらって、晴れて、第一王子が、王位を継ぐ」

「それで、すべてが丸く収まって、万々歳じゃあないですかっ」

エゲンリア城で起こった、第五王子殺害未遂、その後に起きた、三人の王子達の不審死。

そして、リシジン王子を呼び出す途中で、亡き者にしようとしたのも、すべては、王妃が、クレイジーデーモンに(そそのか)されて(くわだ)てたもの。

王妃こそが、このお家騒動の首謀者。

舞踏会の事件は、ただ単に、順番が最初だった、それだけのことに過ぎない。

自分の息子可愛さに、王妃は、悪魔のような男に、魂を売ったのだ。


「これっ、いつもの、気分が落ち着く、お薬ですからっ」

そう言うと、クレイジーデーモンは、王妃の(てのひら)に、錠剤を置いて、その手を握った。

王妃もまた、すでに、ドラッグ中毒となっており、半ば、クレイジーデーモンの言いなり。

「どうしましたっ?」

いつもと違い、躊躇(ためら)っている王妃。それは、背徳感からなのか。

クレイジーデーモンは、そんな彼女の顎を掴み、無理矢理口を開けさせると、粘液でまみれた舌の上に、指先で摘んだ、ドラッグの錠剤を置いた。

それから、掴んでいる顎を上に向かせ、王妃の口を閉じさせて、彼女がドラッグを飲み込むまで待つ。

そして、ゴクリと、ドラッグが、王妃の喉を通過するのを確認して、手を離した。

すぐに、それまでの、不安げな顔から一変して、恍惚とした表情で、ドラッグの快楽に溺れて行く王妃。

「いやぁっ、エロいなあっ、ドエロいよっ、奥さん」

-

「ちょっと、あんたっ!」

今にも王妃に襲い掛かりそうな、クレイジーデーモンの耳を掴んで、無理矢理引き剥がしたのは、秘書である魔女イリサだった。

「てかっ、なんでお前、ここにいんのよっ」

いい所を邪魔されて、明らかに不機嫌そうなクレイジーデーモン。

「分かるっ? これから、俺は、このドエロい、ドラッグキメた奥さんと、キメセクしようとしてんのっ」

「それを、いつもいつも、毎回ついて来て、邪魔しやがって」

「お陰で、まだ一度も、ヤレてねえじゃねえかっ」

不満たらたらのクレイジーデーモン。


「あんた、まさか、本当に、アロガ王の第一夫人、王妃を、寝取るつもりなんじゃあないでしょうね?」

「目の間にヤレそうな女がいたら、とりあえずヤっておく、そんなの決まってんじゃねえかっ」

「あんたねえ……」

「ははぁん、さては、おめえ、ヤキモチ妬いてんのかっ?」

「はあっ?」

「まぁっ、じゃあ、仕方ねえなっ」

「その健気さに免じて、3Pにしてやんよっ」

「あんた、本当にぶっ殺すわよっ!?」

クレイジーデーモンの、勘違い系セクハラ発言に、やはりまた、ブチ切れる魔女イリサ。

「まさか、あんた、魔王からの命令、忘れてんじゃないでしょうね?」

クレイジーデーモンには、石動との闘いで、我を忘れて、手勢のゾンビを撃ち殺しはじめた前科があるだけに、魔女イリサも気が気ではない。

「ノルマなんかより、むしろ、よっぽど大事な命令よっ?」


「いやぁっ、分かってるよっ、分かってるって……」

顔の前で、手を(あお)ぐ、クレイジーデーモン。

「魔王軍が、人間領への侵攻を開始する前に、目の上のたんこぶ、アロガエンス王国を、内部から撹乱して、弱体化させんだろっ?」

「まぁっ、あれだろっ? 離間の計ってやつだろ?」

「でも、もうこれっ、ほとんど、成功だろっ」

「ドラッグ中毒で、もうすでに、王族も貴族も、俺様の思いのままよ?」

「この、王妃様みたいによおっ」

実際のところ、すでに王族と貴族の三割程度は、ドラッグの重度中毒者となっている。

「人間の弱みにつけこんで、いいように利用する」

「あんたって、本当に、悪魔みたいな男よね、人間なのに」

文句を言いつつも、魔女イリサも、その手腕は認めざるを得ない。

-

「クレイジーデーモン先生ぇっ……」

「はいはいっ、なんでしょう、ドエロい奥さん」

「やっだあっ、なにそれっ」

さっきまでの悲壮感とは、打って変わって、多幸感溢れている王妃。

「早く、早くみんな、殺しちゃってください」

完全に、ドラッグが、ガンギマリしていて、まるで、酔っ払ってでもいるかのよう。

「はい、はいっ、もっと、面白い作戦がありますよっ」

「どんなあっ?」

「王子達はみんな、父親であるアロガ王に認められようと、必死ですからねえっ」

「武勲とか、手柄が欲しくて、仕方ないでしょうねえっ」

「だから、今、アロガ王と敵対している、勇者なんかと戦わせたら、いいんじゃあないでしょうかねえっ」

「勇者は、クソ強いですからあっ、きっと全員、あっという間に、返り討ちにしてくれますよおっ」

「あっという間にっ、皆殺しですうっ」

「それで、晴れて、第一王子は、何もせずに、次の王様、確定ですよおっ、おめでとうございますうっ」

ドラッグがキマっている王妃に合わせた、クレイジーデーモンの喋り方に、イラっとしている魔女イリサ。

「なんか、ムカつくわぁっ」

王妃は、相当、思考力が低下しているようで、もはや、ただの幼児と化している。

「ふうーん」

「でも、勇者が、本当に倒されちゃったら、どうすんのっ?」

「手柄、取られちゃう、じゃんっ!」

「うーん、どうでしょうっ」

「それは、絶対無い、そう言い切れますねえっ」

「あの勇者を倒せるのは、この世界でただ一人、俺だけですからあっ」

「ホントぉっ?」

「ホント、ホント、これ、マジですよ、ドエロい奥さん」

「なんせ、勇者は、この世界で、俺が、最も信頼している人間ですからっ」

宿敵であるからこそ、クレイジーデーモンこと出門は、勇者である石動の強さを、そして非情さを、信頼して疑わない。

「勇者の強さは、期待を裏切りませんよっ」

そう言いながら、どさくさに紛れて、王妃の膝に、手を置こうとするクレイジーデーモン。

イラっとしながら、魔女イリサは釘を刺す。

「あんた、それ以上触ったら、また、魔法で、強制的に連れて帰るからねっ」
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