勇者と魔王のタイマン

文字数 3,595文字

「石動よおっ、てめえっ、ついに頭がおかしくなっちまったんじゃあねえのかっ!?」

万を超える数の敵軍勢が、砂漠地帯の境界線、その痩せた大地を、埋め尽くす。

「なんだよっ、さっきからっ、このチンケな、水魔法攻撃はよおっ!?」

ついに、クレイジーデーモン率いる魔王軍が、この砂漠地帯へと攻め込んで来た。

それに対峙するのは、勇者と、その仲間達。数は、せいぜい数百といったところか。

「おめえ達がっ、なんか、新しい国つくったって言う噂だったからよおっ」

「せっかく、わざわざ、こんなクソ暑い、砂漠くんだりまで来てやったんだぜっ」

「だのにっ、こんな、ヌルいことしてんじゃあねえよっ」

「それとも、何かっ? 暑いとこ、はるばる来てくださってありがとうございます、せめて水魔法で、涼しくなってくださいとでも言いてえのかっ?」

煽り続けるクレイジーデーモンこと、出門享也(でもんきょうや)。その(かたわ)らには、いつものように、魔女イリサが控えている。


「ふんっ」

そんなクレイジーデーモンの挑発を、鼻で笑う石動。

「頭おかしくなったのは、てめえのほうじゃあねえのかっ?」

「これが、水魔法に思えるってえんだったら、相当、頭がめでてえなっ、てめえもっ」

「あぁっ、あれかっ、暑さで、脳ミソ、やられちまったのかっ?」

「このニオイに、気づかねえなんざっ、てめえも、随分と、ヤキが回っちまったもんだなっ」

その言葉に、首を傾げるクレイジーデーモン。

「ニオイだあっ?」

「こんなっ、クソみてえな世界は、いつも、クソみたいなニオイしかしねえじゃあねえかっ」

それでも、改めて、鼻をクンクンさせて、ニオイを嗅ぐと、そこでようやく気付く。

五年も前に、この世界にやって来ている出門からすれば、それは、懐かしさすら覚えるニオイ。


「おっ、おいっ、ちょっ、ちょっと、待てっ、これはっ、このニオイはっ……」

だが、時すでに遅し、石動は、火矢(ひや)を手にして、次々と、クレイジーデーモン率いる軍勢に向かって、投げ込んだ。

一瞬で、地を這うように、燃え広がる炎。その業の深い猛火は、瞬く間に、敵の軍勢を吞み込んで行く。

周囲を真っ赤に照らし出し、燃え盛る烈火、火だるまになって転げ回る、敵の兵士達。

「クッ、クソがっ!! この世界に、ガソリンなんてもんがっ、ありやがったのかよっ!!」

石動達は、水魔法で攻撃していた訳ではなく、魔法を使って、敵陣に石油をばら撒いていたに過ぎない。

クレイジーデーモンと魔女イリサは、位置的に、全く、石油を被ってはいなかったが、それはそのはず、石動が、このような形で、前世からの因縁、宿敵との決着を望むはずはない。

-

阿鼻叫喚、地獄絵図の中、石動の攻撃は、これだけでは終わらない。

砂漠の地下から掘り出された、大きなミサイルを、その腕力のみで、頭上に高く掲げると、そのまま、敵陣営へと、放り込んだ。

爆発の轟音と共に、吹き飛ばされて、宙を舞う、魔王軍の兵士達。

「クッ、クソがっ!! てめえらっ、いつの間に、ミサイルなんか、つくってやがった!!」

さらに続けて、次々と、ミサイルを振り回して、投げ込んで行く石動。

止まることを知らぬ、爆発音と共に、砂煙と土埃、塵、芥が、空を舞い、漂う。

兵器を使った、怒涛の攻撃に、魔王軍はあっという間に、数を減らし、壊滅状態へと追い込まれて行く。

だが、石動は、眉間に皺を寄せ、険しい顔をしたままだった。

-

広範囲に渡る砂煙、砂塵で、見えなくなった視界、その中に立ち尽くす、石動の影。

出門(でもん)よおっ……」

その視界が、ようやく晴れて来た頃、石動は、出門享也に呼び掛けた。

「てめえっ、魔王になれっ」

突然の、石動の発言に、クレイジーデーモンこと、出門享也は、呆気に取られる。

「はぁっ?」

だが、石動の力強い言葉は、真剣そのものだ。

「とっとと、魔王軍のトップになれって言ってんだよっ」

出門を睨み付けている石動。

「こんな、チンケな、兵器や武器を使った戦争なんかで、てめえとのケリを着ける気はねえっ」

そして、石動は、断言する。

「俺とてめえのケリはっ、ステゴロ、タイマン、それしかねえっ」

兵器どころか、武器すらも使わない、一対一、サシの勝負。ステゴロのタイマン。


そして、さらに、とんでもないことを、言い出す。

「魔王軍のトップに立ったてめえと、人間領を代表する、この俺が、ステゴロ、タイマンで勝負して、この世界の命運を決めるっ」

「魔王になった、てめえが勝ったら、この世界は、てめえの好きにしろっ」

「俺が勝ったら、魔王軍の、人間領への侵略は、諦めてもらうっ」

魔王領の代表である魔王と、人間領の代表である勇者が、タイマンで雌雄(しゆう)を決する。

「どうだっ? 俺達二人の決着に、これ以上、相応しい舞台はねえんじゃあねえのかっ?」


砂漠の地下に埋まっていた、超古代先史文明の遺産、その強力な兵器の数々を手に入れながらも、それで決着をつけることを良しとしない石動。

それは、別に、女神アリエーネの意向を汲んだ、という訳ではない。

完全に、石動の、好き嫌いの問題。むしろ、本能のようなもの。

前世から、転生して来た異世界にまで続く、この因縁。最後は、己が肉体のみで、白黒、決着をつける。それを、野生の本能が、どうしよもなく望んでいるのだ。

これに巻き込まれる人間領も、とんだいい迷惑、災難ではあったが、しかし、それが、人的被害を、ほとんど出さない、唯一の手段でもあった。


「アッハッハッハ、アッハッハッハ……」

その発言を聞いた、出門は大声で笑い出す。

「やっぱりっ、てめえはっ、最高だぜっ、石動よおっ」

「いいじゃねえかっ、いいじゃねえかっ、最高に、面白(おもしれ)ええじゃねえかっ」

「そうかいっ、この俺に、魔王になれってえのかいっ」

「魔王になって、タイマン、ステゴロで、この抗争のケリ着けようってえのかっ」


話に乗っかて来た出門を、石動はさらに煽る。

「あぁっ? それとも、何かっ?」

「まさか、てめえ、魔王軍のトップに立つ自信がねえとか、抜かすんじゃあねえだろうなっ?」

「まぁっ、なんならっ、俺が、手伝ってやってもいいんだぜっ」

「てめえが、魔王になるのをよおっ」

その言葉に、出門がブチ切れる。

「はぁっ?」

「クソッ、上等じゃねえかっ!!」

「今すぐにでも、魔王なんざあっ、ブチ殺して来てやんよっ!!」


ずっと、横で、二人の会話を聞いていた、魔女イリサは、ただただ、呆れるばかり。

「……こいつ等、やっぱり、どうしょうもない、馬鹿なんじゃないのっ?」

「二人揃って、こんな、堂々と、魔王に宣戦布告しちゃって……」

「……でも、こいつらなら、魔王でも倒せるんじゃ……」

魔女イリサも、別に魔王に忠誠を誓っている訳ではない。ただ単に、勝ち馬に乗りたいだけなのだから、もしクレイジーデーモンが魔王になるのであれば、そのほうが、むしろ都合がいい。


「分かったぜっ、今日のところは、これで引き下がってやるっ……」

「だがっ、すぐにでも、魔王になって、戻って来るからなっ」

「首でも洗って、待ってやがるんだなっ!!」

圧倒的な大敗を、なんとなく、引き分けっぽい言い回しで誤魔化すクレイジーデーモン。

魔女イリサと共に、残存する兵士達を引き連れて、砂漠地帯から撤退して行く。

-

「ハッタリが効きましたね……」

撤退して行く魔王軍を見て、マサは、ホッと胸を撫で下ろす。

「今現在、ここまで、掘り起こせた武器も、あれしかありませんでしたし、これ以上長引いたら、危ないところだったかもしれません……」

石動からすれば、本気も本気で、ハッタリなどとは、微塵も思っていない。

だが、もしクレイジーデーモンが魔王に破れたとしても、新しく出来たばかりの、砂漠地帯のこの国に、次、魔王軍が攻めて来るのは、当分先のことになるだろう。これで、魔王領に波乱が起こるのもまた、事実。マサの言う通り、時間稼ぎにもなってはいた。

石動としては、出門との、この世界を賭けたタイマンを、熱望して止まないところではあったが。

-

「とにかく、これで当分、新しい国は、大丈夫そうですかね」

マサの言葉を聞いて、大事なことを思い出したサブ。ずっと、石動に、聞こうと思っていたことだ。

「兄貴っ、そういえば、まだ、新しい国の名前、決まってないんやないかっ? どないするんやっ?」

「馬鹿野郎っ、てめえは、そんなことも分からねえのかっ」

「そんなもん、決まってんじゃねえかっ」

今度は、石動の言葉を聞いたアイゼンが、それに同調する。

「あらぁっ、それはそうねえっ、もう決まってるも同然ねえっ」

「そうですね、まぁっ、あれしかないでしょうね」

「えっ? えっ?」

みんなには、もう分かっているらしく、サブ一人だけが、蚊帳の外だ。

「ワイはアホやから、さっぱり分からへんわっ」

「なんでっ、なんでっ、みんなは分かっとるんやっ?」

「ワイにも、教えてくれやっ!」

そんなサブに、石動は教えてやった。

「馬鹿野郎っ、そんなのはっ、威勢会(いせいかい)に、決まってんじゃねえかっ」
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