極道と独立国家

文字数 4,715文字

未だ、首を縦に振らないアロガ王。

「ひとつ……」

だが、そのアロガ王の前で、マサは、安全保障条約の内容を、声に出して読み上げる。

「勇者は、どの勢力にも属さない、自由な存在であり、人間領の各国は、勇者に一切の干渉はしないこと」

そもそも、この計画は、石動が真の自由を手にする、そのためのものでもあった。マサからすれば、それが、一番の目的であったと言ってもいい。

「ひとつ……」

「勇者もまた、国家間の、人間同士の争いには、不干渉を貫くこと」

「但し、非人道的と思われる行為があった場合は、この限りではない」

「まぁっ、まさか極道が、非人道的行為の心配をしなくちゃならねえ日が来るとは、思いもしなかったがなっ」

この世界では、極道ですら生ぬるい。そんな非人道的な行為が、常態化しているのだから、仕方がない。


「……そして、勇者は、対魔王軍において、人間領各国の安全を保障する」

「まぁっ、安全保障条約なんて、小難しいことを言っちゃあいるが、要するに、対魔王軍限定の用心棒ってこったなっ」

ただ、これでは、石動が真の自由を手に入れたと言っても、魔王軍との戦いには、縛られ続けることになる。

しかし、魔王軍に、出門享也(でもんきょうや)がいる限り、放っておいても勝手に、石動は、魔王軍と戦う。それもマサには分かっていた。

いや、石動の真の自由は、出門享也との決着をつけて、しがらみにケジメをつけた後にしか、訪れないのかもしれない。

-

もう一つ、石動達には、重大な交渉があった。

「まぁっ、そうは言ってもだっ、俺等にも、本拠地ってもんがねえと、どうにも締まらねえっ」

石動は、そう言って切り出した。

「まぁっ、そこで、相談なんだがよっ」

「この王冠と、この国の砂漠地帯を、交換しようじゃねえかっ」

予想外の話に、驚きの色を隠せないアロガ王。

「あんな、何も無い土地を、どうする気なのだっ?」

「あの、砂漠地帯に、新しい独立国家をつくる」

眉をひそめる王に、説明するのはマサの担当だ。

「アロガエンス王国の、魔王領との境界線、その八割が、あの砂漠地帯と来ています……警備のための派兵コスト、管理コストも馬鹿にならないでしょう」

「農地や工業用地に出来る訳でもなく、人が住める訳でもない……損失だけで、収入がない……所有しているだけでも、大赤字、まさしく、不良物件そのものっ」

「その、魔王領との境界線に、我々が国をつくって、魔王軍との緩衝材になる……まぁっ、つまり、我々が、常に最前線に立つ、そういうことでもあるんですよ」

「あなたにとって、悪い話は、一つもないと思いますが、さて、どうですかね?」

「……」

考え込んでいるアロガ王に、マサは核心の一部を伝える。

「それにですね……」

「砂漠地帯を、魔王軍に奪われたら、この大陸どころか、この世界が滅びますよ」

その大袈裟な物言いに、アロガ王は(いぶか)しがる。

「何故、そんなことが言えるのだっ」

たかが砂漠地帯が、この世界の存亡に関係しているとは、到底思えない。これもやはり、にわかには信じ難い。

「まさしくっ、それが、女神からのお告げですからね」

-

相変わらず、アロガ王は、険しい顔のまま。

「もし、ワシが、断ったら、どうする気なのじゃっ?」

二つの選択肢、そのもう一つには、違った未来があるはずなのだから、その質問は当然でもあった。

「その場合は、このまま、内乱です」

あっさりと、マサは、言い捨てた。

「幸い、こちらでは、王子様を、いっぱい預かっていますしね」

含みのある言い方に、反応するアロガ王。

「まっ、まさかっ、お前等っ、ワシの子等を、人質にする気なのかっ?」

「いやっ、さすがに、そこまではしませんよ」

そこで、石動が口を挟む。

「まぁっ、あれだな、そんなことしても、無駄だってえのは、とっくに分かっちまってるからなっ」

ネグレクト、育児を放棄した親のもとで、育てられた石動には、それがよく分かる。

「まぁっ、あんたが、子供達を、愛してねえってのは、俺には、よく分かんだよっ」

「まぁっ、あんたなら、普通に、見捨てて、見殺しにするだろうってなっ」


「正当な王位後継者の証である王冠も、それに相応しい王子達も、こちらの手にあります」

「そして、この国の民は、これまでの国家体制に、疲弊し切っている……」

「果たして、一体、どっちにつくんでしょうかね? 国民は」

-

「もし、砂漠地帯を、お前に譲ったとしてだ……」

アロガ王は、最初の選択肢に、話を戻した。

「お前は、その新しい国の、王になる気なのかっ?」

その言葉を、石動は鼻で笑う。

「馬鹿野郎っ、おめえと一緒にすんじゃねえよっ」

「俺は、王様になんか、興味はねえっ、そんな面倒臭そうなもん、なりてえと思ったこともねえっ」


「そうですね……」

ここで、マサは、最後に手に入れたピースを出して来る。

「新しい国の王様には、リシジン王子になってもらいます」

「リ、リシジンじゃと!?」

思いもよらなかった名前を聞かされ、ここでも、驚かされるアロガ王。

「何故だ? ミガシキではないのかっ?」

王子達の中でも、飛び抜けて、武に秀でていたミガシキは、アロガ王の中で、後継者候補としての評価は、高い位置にあった。


「リシジンは、我々が元居た世界の人間に、マインドが似ています」

「人を殺しても何とも思わない若頭は、こちらの世界のマインドに、まさしく、ピッタリでしたが」

「おうっ、なんか、ディスられてんなっ」

「人の命を優先的に考え、国民の心に寄り添う、それが、我々がつくる新しい国の王です」

アロガ王の対極に位置する、強力なアンチテーゼ、マサが抱く、新しい国の王、そのイメージ像は、リシジンに定っていた。

「馬鹿なっ、そんな甘い王では、この弱肉強食の世界で、国が生き残って行くことなど、到底不可能っ、すぐに食い潰されるぞっ」

「武は、別の誰かに任せておけばいいんです」

「それこそ、ミガシキ王子なんかが、最適かもしれません」

「王はあくまで、国の象徴であり、シンボル」

「いずれは、人民が選んだ宰相が、国のリーダーとなって、国を動かす、そんな仕組みをつくります」

「馬鹿なっ、人民が、国のリーダーを選ぶだとっ?」

石動達が元居た世界を知らないアロガ王にとっては、それもまた、突拍子もないことに思えただろう。

「ええっ、我々の世界では、多くの国がそうでしたからね」

-

「そうですねっ、今度、あなたに、我々の世界での人類史を、お教えしましょう」

「拡大主義政策も、帝国主義も、我々の人類史では、すでに、通って来た道です」

「人間領、各国のリーダー達に、平等に、人類史を伝えて、この先の、国の在り方を、選んでもらうのもいいかもしれませんね」

「そう、もうすぐ、この世界は、激変しますしね……」

「まるで、タイムマシンで、未来を見て来たかのように……」

「タイムマシン?」

知らない単語に、首を傾げるアロガ王。

「これから予期される、あなた達の未来を、あなた達自身に、選んでもうらう、悪くないんじゃないでしょうかね」

「まぁっ、そうですね、経営コンサルタントとでも、言いましょうか……」

「あぁっ、もちろん、コンサルタント料はいただきますけどね」

-

「この大陸で信仰されている、女神アリエーネも、きっと、それを望んでいることでしょうし」

「何故、ここで、女神の名が出て来るのだっ?」

「いいですかっ? 例えるなら……」

「この世界は、死にかけの病人で、女神は医者なんです、そして、私達は、この世界に投与された薬みたいなもの」

「症状改善のために、何年も前から、この世界には、集団転生によって、別世界から、様々な人間達が送られて来た……」

「しかし、一向に、症状は良くならない、むしろ、悪化すらしている」

「そこで、一か八か、思い切って、危険な劇薬が投与された……」

「まぁっ、それが、俺達、極道ってことらしいぜっ」

-

「まぁっ、最初ですから、無料サービスとして、ちょっとだけ、教えて差し上げますよ」

再び、話をコンサルに戻したマサ。ここは、しっかり営業しておかなくてはならない。

「……乳幼児や未成年者の死亡率を下げて、一定数の国内人口を確保、後は内需と、他国との商取引、それだけ、十分に、この国の経済は回ります」

「富国強兵を唱えていただけあって、産業基盤は、どの国よりもしっかりしていますから、まぁっ、五年も待たずに、復興出来るでしょう」


「そして、やはり、この国の民が、貧窮している最大の原因、その癌は、腐敗貴族ですから……」

「我々の独自調査によれば、まぁっ、みなさん、かなり、悪どいことをしていらっしゃるようで」

その辺りの調査も、ヤスをはじめとする諜報部員達の任務に含まれているのだ。

「国に納めずに、中抜きしまくった不正な搾取、賄賂や汚職金などで得た財産を、一旦凍結して、没収してしまいましょう」

「ばっ、馬鹿なっ」

「そんなことをすれば、また反乱を起こす貴族達が、後を絶たんぞっ」

財産没収の処罰を下された、ウハウル・ハディンナ男爵が挙兵したことは、まだ記憶に新しい。

「確かに、王家と貴族もまた、しがらみだらけの、ズブズブでしょうし、そうそう強引なことを、王様としては出来ないでしょう」


「そこで、ですね……」

ここからが、マサの営業、売り込みタイムの真骨頂でもあった。

「我々が、取り立てを代行して差し上げますよ」

「まぁっ、あれだな、どっちかってえと、そっちのほうが、俺達の本業だからなっ」

「まぁっ、そろそろ、俺達も、本業のシノギが恋しくなって来たところだっ」

「こいつはっ、いいシノギになるぜっ」


「幸いなことに、あなたの息子さん達が、何人も、貴族の私設軍隊と一緒に、突撃して来てくれましたから、貴族のみなさんも、我々の怖さは、よく分かっていることでしょう」

「何なら、すべて、我々のせいにして貰っても、構いませんよっ、極道どもが、勝手にやったことだってね」

「こちらの取り分は、取り立て額のニ十パーセント、二割でどうですかね?」

「それだけでも、十分、国家財政の立て直しが出来ますよ」

「まぁっ、あれだな、それだけ、みんな、ガメてやがったってことだなっ」

情報が多過ぎて、さすがに、アロガ王も理解が追いつかない。この、捲し立てて喋るマシンガントークも、マサの作戦なのか。それとも、ただの、いつもの癖か。

-

「アロガ王よっ、さあっ、どうするよっ!?」

石動は、極道らしく、この国の王を恫喝した。

「このまま、あんたと俺の、どちらかが死ぬまで、互いに殺し合いを続けるのか」

「それとも、魔王軍は、俺達に任せて、国を立て直すのか」

「まぁっ、どっちでも、好きなほうを選びなよっ」

「あんたに、選ばせてやるぜっ」

情報過多で、混乱しているアロガ王に、考える間を与えることなく、石動は決断を迫る。


「まぁっ、なんなら、握手でもしてやろうかっ?」

その言葉の真意は、果たして、アロガ王に伝わっているのか。

「それとも、あれかっ? 土下座でもして、詫び入れてくれんのかっ?」

「ぬぬぬっ」

「まぁっ、あんたみてえに、プライドだけがやたら(たけ)え野郎が、本意気かどうかを知るには、土下座も悪くはねえだろうがなっ」

「ぬぬぬっ」

「まぁっ、あんたに、それが出来る訳はねえわなっ」

「まぁっ、それもまた、あんたらしいがっ」


アロガ王は、不本意ではあったが、それしか、国を存続させる道は、残されていなかった。

大陸を統一し、帝国を築く野望を夢見ていた男、この世界を己のモノと思っていた、傲慢な王も、最後には、最小限の、自らの国を守ることを選ぶ。


人間領すべての国々から、勇者として、魔王軍との戦いにおいて、人間領の安全確保を委任された石動。

極道だった石動は、晴れて、勇者となった。

そして、勇者としての、石動の物語は、ここからはじまる……。
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