プロローグ
文字数 2,481文字
真っ白な雪が鮮血に染まる。
夜の日本庭園に降り積もった一面の白い雪、そのそこかしこが次々と赤い血で染め上げられて行く。
巨漢の男が、手にする日本刀を一振りする度に血飛沫が宙を舞う。
その男の周りを距離をあけて取り囲む、銃を手に身構えている屈強な男たち。
肌に突き刺さるようなひりついた空気。
パァン パァン パァン
緊張感に満ちた静寂を破り、銃声が幾度か鳴り響く。
日本刀の男、その肩、手、足からは血が流れているが、それでもなお止まろうとはしない。
異常な興奮状態にあり、脳内物質が大量に分泌され、おそらく痛みを全く感じていないのであろう。
その巨漢が猛進する様はまるで獣 のようでもある。
「クッ」
決して立ち止まらぬ獰猛な野獣を前に、銃を撃った男たちは焦りを覚え、怯む。
「俺を止めたきゃ、眉間を狙いなっ」
そう言うと血にまみれた男はニヤリと笑った。
この男、名を石動不動 。
威勢会 の若頭、いわゆる極道である。
そしてここは敵対する組織・真央連合 、その組長の屋敷。
真央連合に殺された威勢会組長である親父 の仇を取るために、石動不動は単身、日本刀を片手に真央連合組長の屋敷に乗り込んで来たのだ。
「親父 の仇、取らせてもらうぜっ」
-
そもそものことの起こりは、昨晩のこと。
愛人宅で病気療養中だった威勢会 組長・伊勢伊織 が、真央連合がよこした鉄砲玉の凶弾によって命を落とした。
もともと末期癌 であったが、反社会的勢力に属する人間であるがために、大病院で診てもらうことすら出来ず、医者にも見捨てられた威勢会組長。
石動不動は怒って診察を拒否した大病院に怒鳴り込んだが、すぐに警察を呼ばれて追い返された。
「これだから、権力や権威に頼って生きてる奴らってえのは嫌いなんだよ……」
その時、石動不動はそう毒づいた。
もともと権力や権威を毛嫌いする反骨心の塊のような男なのだ、石動不動という男は。
そして、余命を愛人と二人きりで静かに暮らそうと決めた伊勢組長だったが、末期癌のことを知らない真央連合が差し向けた刺客の手により絶命した、それが昨夜のことだった。
-
銃弾をかい潜り真央連合の構成員を次々と斬り倒していく石動不動。
――俺は、死んだ親父を、本当の親だと思って来た
むせそうになる程に漂う硝煙と血の匂いの中、手負いの野獣の動きはなお速さを増して行く。
――本当の両親はヤク中だった。
組の末端構成員だった男親は、自分が捌いていたヤクに手を出していたし、女親ももともとヤクの常連客。ヤクが取り持つ縁で夫婦になったようなクソ親ども。
まぁ俺からしてみりゃ、いわゆる最初から詰んでるってやつだ。生まれる前から人生終わってるようなもんだからな。
そんなクソみたいな親だったから、俺は子供 の頃から育児放棄同然の扱いだった。たまに親が絡んで来ることがあっても、そん時は大概ヤクキメてて、いつも理不尽に殴られ続けるだけだった。
そんなヤク中の親二人がヤクをキメて、車をぶっ飛ばして大型トラックに突っ込んで死んだって聞いた時にゃあ、子供 ながらにあんなクソ野郎どもに巻き込まれちまった相手のトラック運転手に同情したもんよ。
そんな天涯孤独のみなしごになっちまった俺を引き取ってくれたのが、威勢会組長である親父だった……薄汚ねえヤク中の倅 を親父だけは人並みに扱ってくれた。
いつからか俺は一生親父だけについて行こうと決めていた……。
-
この壮絶な現場に、甲高い声が響き渡る。
「兄貴ぃぃぃっ!兄貴ぃぃぃっ!」
それは石動不動にとっては、聞き飽きる程に覚えがある声。
「チッ、あの馬鹿が、ついて来やがった」
第一の舎弟を自称するサブの声に間違いない。
「馬鹿野郎がっ!なんで来やがった!」
空気の振動が感じられるぐらいの声で恫喝する石動不動。
はじめから死を覚悟して、単身仇討ちに乗り込んで来た石動不動にとっては望まぬ増援。
しかもそれが一人ではないことはすぐに分かった。
「まぁ、自分達の親でもありますからね、当然でしょう」
普段は冷静でクールを気取っているインテリ眼鏡のマサ。
「ちょっとぉ、なに一人で恰好つけてんのよっ
もぉこれだから、昭和の男ってのはっ……」
武闘派オネエの通称アイゼン、本名は鉄太郎ではあるが。
他にも威勢会の構成員たちが多数駆けつけている。
「チッ、馬鹿野郎どもがっ……」
雪景色の日本庭園は一転して、双方の男達による大乱闘の場と化した。
-
「石動ぃ、今度こそキッチリと方を付けさせてもらうわ」
石動の眼前に立ちはだかったのは、宿敵とも言える真央連合 の若頭・出門享也 。
その手にはやはり日本刀を握りしめている。
享也の『きょう』は『狂』や『凶』と言われるぐらいに、クレイジーな存在だと噂されている。
「そりゃぁ、こっちのセリフだぜ」
出門の言葉を鼻で笑う石動。
石動と出門の剣が交錯し、火花を散らす。
「どうせこれも、てめえが描いた絵だろうがっ」
そのまま鍔迫り合いの力勝負となるが、どちらも一歩も譲りはしない。
「馬鹿が、まんまと罠にはまりやがって」
「伊勢会長が、もうじき死ぬなんてことはな、お見通しだったんだよ。
ただよ、どうせならお前にも一緒に死んでもらいたくてな」
「そりゃ、親父殺られちゃぁ、おめえなら黙ってらんねえわな……独りで乗り込んで来るところまで、ちゃんと計算済みだぜ」
「クソがぁぁぁっ」
出門の心理的揺さぶりに、直情する石動。
「この、脳筋がっ」
激昂する石動は力任せに剣を振り回すが、
対する出門はこれを力に逆らわずに受け流す。
叩きつけられるように振り下ろされる剣に、ついには刀身が耐えられなくなり、石動の剣は折れ、行く先を失った剣先が宙を飛ぶ。
「フッ」
その瞬間に勝利を確信した出門は、自らの剣を石動の土手っ腹に突き刺した。
「グハッ」
声にならない呻きをあげ、吐血する石動。
そこで剣を抜こうとする出門だが、石動は腹に刺さった剣を自らの手で握りしめ、決して放そうとはしない。
「!」
一瞬の戸惑い、隙を見せる出門。
その隙をついて石動は手に持つ折れた剣を、力任せに出門の心の臓に突き立てた。
男と男の意地の張り合い、二人の死闘は刺し違える形でその幕を下ろしたのだった。
夜の日本庭園に降り積もった一面の白い雪、そのそこかしこが次々と赤い血で染め上げられて行く。
巨漢の男が、手にする日本刀を一振りする度に血飛沫が宙を舞う。
その男の周りを距離をあけて取り囲む、銃を手に身構えている屈強な男たち。
肌に突き刺さるようなひりついた空気。
パァン パァン パァン
緊張感に満ちた静寂を破り、銃声が幾度か鳴り響く。
日本刀の男、その肩、手、足からは血が流れているが、それでもなお止まろうとはしない。
異常な興奮状態にあり、脳内物質が大量に分泌され、おそらく痛みを全く感じていないのであろう。
その巨漢が猛進する様はまるで
「クッ」
決して立ち止まらぬ獰猛な野獣を前に、銃を撃った男たちは焦りを覚え、怯む。
「俺を止めたきゃ、眉間を狙いなっ」
そう言うと血にまみれた男はニヤリと笑った。
この男、名を
そしてここは敵対する組織・
真央連合に殺された威勢会組長である
「
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そもそものことの起こりは、昨晩のこと。
愛人宅で病気療養中だった
もともと末期
石動不動は怒って診察を拒否した大病院に怒鳴り込んだが、すぐに警察を呼ばれて追い返された。
「これだから、権力や権威に頼って生きてる奴らってえのは嫌いなんだよ……」
その時、石動不動はそう毒づいた。
もともと権力や権威を毛嫌いする反骨心の塊のような男なのだ、石動不動という男は。
そして、余命を愛人と二人きりで静かに暮らそうと決めた伊勢組長だったが、末期癌のことを知らない真央連合が差し向けた刺客の手により絶命した、それが昨夜のことだった。
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銃弾をかい潜り真央連合の構成員を次々と斬り倒していく石動不動。
――俺は、死んだ親父を、本当の親だと思って来た
むせそうになる程に漂う硝煙と血の匂いの中、手負いの野獣の動きはなお速さを増して行く。
――本当の両親はヤク中だった。
組の末端構成員だった男親は、自分が捌いていたヤクに手を出していたし、女親ももともとヤクの常連客。ヤクが取り持つ縁で夫婦になったようなクソ親ども。
まぁ俺からしてみりゃ、いわゆる最初から詰んでるってやつだ。生まれる前から人生終わってるようなもんだからな。
そんなクソみたいな親だったから、俺は
そんなヤク中の親二人がヤクをキメて、車をぶっ飛ばして大型トラックに突っ込んで死んだって聞いた時にゃあ、
そんな天涯孤独のみなしごになっちまった俺を引き取ってくれたのが、威勢会組長である親父だった……薄汚ねえヤク中の
いつからか俺は一生親父だけについて行こうと決めていた……。
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この壮絶な現場に、甲高い声が響き渡る。
「兄貴ぃぃぃっ!兄貴ぃぃぃっ!」
それは石動不動にとっては、聞き飽きる程に覚えがある声。
「チッ、あの馬鹿が、ついて来やがった」
第一の舎弟を自称するサブの声に間違いない。
「馬鹿野郎がっ!なんで来やがった!」
空気の振動が感じられるぐらいの声で恫喝する石動不動。
はじめから死を覚悟して、単身仇討ちに乗り込んで来た石動不動にとっては望まぬ増援。
しかもそれが一人ではないことはすぐに分かった。
「まぁ、自分達の親でもありますからね、当然でしょう」
普段は冷静でクールを気取っているインテリ眼鏡のマサ。
「ちょっとぉ、なに一人で恰好つけてんのよっ
もぉこれだから、昭和の男ってのはっ……」
武闘派オネエの通称アイゼン、本名は鉄太郎ではあるが。
他にも威勢会の構成員たちが多数駆けつけている。
「チッ、馬鹿野郎どもがっ……」
雪景色の日本庭園は一転して、双方の男達による大乱闘の場と化した。
-
「石動ぃ、今度こそキッチリと方を付けさせてもらうわ」
石動の眼前に立ちはだかったのは、宿敵とも言える
その手にはやはり日本刀を握りしめている。
享也の『きょう』は『狂』や『凶』と言われるぐらいに、クレイジーな存在だと噂されている。
「そりゃぁ、こっちのセリフだぜ」
出門の言葉を鼻で笑う石動。
石動と出門の剣が交錯し、火花を散らす。
「どうせこれも、てめえが描いた絵だろうがっ」
そのまま鍔迫り合いの力勝負となるが、どちらも一歩も譲りはしない。
「馬鹿が、まんまと罠にはまりやがって」
「伊勢会長が、もうじき死ぬなんてことはな、お見通しだったんだよ。
ただよ、どうせならお前にも一緒に死んでもらいたくてな」
「そりゃ、親父殺られちゃぁ、おめえなら黙ってらんねえわな……独りで乗り込んで来るところまで、ちゃんと計算済みだぜ」
「クソがぁぁぁっ」
出門の心理的揺さぶりに、直情する石動。
「この、脳筋がっ」
激昂する石動は力任せに剣を振り回すが、
対する出門はこれを力に逆らわずに受け流す。
叩きつけられるように振り下ろされる剣に、ついには刀身が耐えられなくなり、石動の剣は折れ、行く先を失った剣先が宙を飛ぶ。
「フッ」
その瞬間に勝利を確信した出門は、自らの剣を石動の土手っ腹に突き刺した。
「グハッ」
声にならない呻きをあげ、吐血する石動。
そこで剣を抜こうとする出門だが、石動は腹に刺さった剣を自らの手で握りしめ、決して放そうとはしない。
「!」
一瞬の戸惑い、隙を見せる出門。
その隙をついて石動は手に持つ折れた剣を、力任せに出門の心の臓に突き立てた。
男と男の意地の張り合い、二人の死闘は刺し違える形でその幕を下ろしたのだった。