極道と八番目の王子

文字数 4,504文字

「今ですっ!」

「今こそが、ミガシキ殿下が、武勲を立てて、アロガ王に認めいただくチャンスなのです」

椅子に座り、足を組む、第八番目の王子、ミガシキ・ゴーマン。

王子の拠点である、ゴウニキ城では、ミガシキを支持する貴族達が集まり、会議が行われていた。

「武に秀でた、ミガシキ殿下こそが、アロガ王の、英雄の血を、最も色濃く、引き継いでおられるお方」

音頭をとるのは、代々王家を支え続けて来た、有力貴族の一角、チャンデター家の当主である、ナニヲイ・チャンデター伯爵。

「すでに、他の陣営も、勇者討伐の軍勢を、集結しつつあるとのこと」

「決して、遅れをとってはなりませぬぞっ」

「勇者討伐の武勲は、ミガシキ殿下にこそ、相応しいっ」

集まった貴族達もまた、誰一人、これに反対する者はいない。まるで、集団催眠にでも、かかっているかのように、勇ましいことばかりを口にする。

 ――もう、後には引けないか……覚悟を決めるしかない

これだけ、支持者達が盛り上がっているというのに、ここで、弱腰の姿勢を見せては、目の前に居並ぶ、貴族達からの失望を買うだけ。そうなれば、王位争奪戦からは脱落したも同然。

王位を得られなかった敗者として、(しかばね)になるか、一か八かの賭けをして、勇者を倒し、武勲を立てるか。もはや、ミガシキには、その二択しかない。いや、生き残るためには、選択の余地など、はじめから無いに等しい。

「みなの者、よくぞっ、申してくれたっ」

「我が父であるアロガ王を、いや、アロガエンスの英雄を、(おとし)めようとする勇者を、いや逆賊を、必ずや討ち取ってみせると、ここに誓おうっ」

「おおっ!!」

王子の(げき)に、血気盛んに湧き上がる貴族達。こうなると、もう、極道の出入りと大差はない。

ミガシキは、(よわい)十七にして、生死を賭けた勝負に出る、その覚悟を決めていた。

-

「父上の方は?」

馬上のミガシキ王子が、並走しているチャンデター伯爵に問う。

「ご心配めさるな、私の方で、根回しをしておきましたので、何ら、問題はございません」

勇者討伐の名目とは言え、軍事行動を起こすとなれば、事前に、アロガ王への根回しが必要となる。さもなければ、逆に、謀反の疑いを掛けられ、処罰されかねない。


ダークエルフの森を目指す、ミガシキ王子の軍勢は、約千。

王子直属の配下達と、各貴族達が有している私設軍隊、後は、金に物を言わせて集めて来た、傭兵や冒険者など。当然ながら、正規軍ではなく、数は多いが、寄せ集め、烏合の衆とも言える。

「敵の戦力に、間違いはないのだろうな?」

「なに、勇者一人が、ただただ、強いだけです」

「他の者など、所詮、この国を追い出された、ただの弱者の集まりに過ぎません」

「さすがに、この数で攻めれば、その勇者も容易(たやす)いでしょう」

これまで、ミガシキに、調子の良いことばかりを吹き込んで来た、チャンデター伯爵。

それと同時に、常に、支援者達を扇動し続けて来た、張本人でもあったが、彼はすでに、悪魔のような男に、毒されている者。

いや、ミガシキを支持する貴族達、その半数近くが、すでに、クレイジーデーモンの息がかかった者達でもあった。

ミガシキ王子は、着実に、破滅の罠へと(いざな)われていた。

-

「おかしいですね……」

翼を持つ者達で編成されている、哨戒班の報告を受けて、首をかしげるマサ。

「こちらの戦力もロクに分かっていなのに、突っ込んで来るなんて、まさしく、自殺行為です」

ミガシキ王子の率いる軍勢が、ダークエルフの森に向かって来ているとの情報を、いち早く、掴んではいたが、どうにも不可解なことが多過ぎた。

「もし、万一、こちら側に、内通者が居たとして……こちらの戦力が、相手に筒抜けだったとしても、それなら尚更、この程度の軍勢では、攻めて来ないでしょうし」

ダークエルフの森、その防衛戦では、たった千の兵力など、数の内にも入らない、マサはそう言いたげだった。

「ここに来た当初ならいざ知らず、今のここは、軍事防衛拠点、要塞みたいなものですから」

「それに、話を聞いた限り、今回の敵は、正規軍ではないようですし……」

「さすがに、いろいろと、不自然ですね……」

-

「いやあっ、でも、ワイら、防災訓練して来た甲斐があったわ」

ここでは、軍事演習のことは、防災訓練と呼ばれている。サブが、毎回、言い間違えるものだから、防災訓練という名称で、定着してしまったのだ。災害要素などは、まるで皆無なのだが。


新しく修得していた、拡声のスキルを使って、業務放送を流すアイゼン。

「ほらっ、あんた達、お客さんが来たわよっ」

その声は、森中に響き渡る。

「第一種戦闘配備よっ」

アナウンスを聞いた、森の住人達は、一斉に、行動を開始する。

有翼人や竜人族は、武器を手に、空へと飛び上がり、木々の(いただき)へと移動、空対地戦闘に備える。

亜人種達も、武器を携帯し、想定される、敵の侵入経路へと、走って向かう。

非戦闘員は、こぞって、森の深部にある大精霊の樹、その前まで避難。ここであれば、イザという時も、大精霊の加護が守ってくれる。

そして、ここで言う武器とは、ドワーフの工房で、量産されたマシンガンを意味しており、マサの言う通り、知らなければ、みすみすハチの巣にされに来るのと等しい。

-

ダダダダダダダーン
ダダダダダダダーン

戦場に響く連射音。それが止むことはない。

空から、雨あられの如く、銃弾が降り注ぎ、森の茂みに隠れている者達からも、鉛玉(なまりだま)をくらわされる。

高密度で、銃弾が飛び交う戦場、それらすべてを避けるのは、もはや、不可能に近い。

うめき声を上げ、やはり、ハチの巣にされて行く兵士達。

森の天敵である、火を使いそうな術師達は、率先して、長距離から、スナイパーライフルで狙撃される。

弱者を、一瞬にして、強者に変える、そうした武器を、ここのみなは手にしているのだ。


結果は、火を見るより明らか。

防衛戦においては、ダークエルフの森は、もはや、堅固な要害のようなものだった。

それは、戦いというよりは、一方的な、殺戮(さつりく)


次々と、遁走(とんそう)して行く兵士達。

「クソッ、話が、全く違うではないかっ!!」

ミガシキが、気づいた時には、もうすでに、チャンデター伯爵の姿はなかった。

とっくの昔に、コソコソと、逃げ出していたのだ。


そして、馬上のミガシキもまた、銃弾に撃たれる。

衝撃で、体が反り返り、肩口から流れ出る血が、宙で糸を引く。

 ――クソッ、俺は、ハメられたのかっ

地面へと、落馬したミガシキは、倒れたまま、動かない。

-

「なんだっ、子供(ガキ)なのかっ?」

あらかた、敵を撃退し終えた頃、石動達の(もと)に、敵の大将を、生捕(いけどり)にしたとの連絡があった。

銃を手に、石動が駆けつけると、そこには、体を数箇所、撃ち抜かれて、動くことすら出来ない、ミガシキの姿があった。

急所こそ外れてはいるものの、このままでは、大量出血で死ぬだろうことが、一目で分かる。それほどまでに、大地は、赤く濡れている。


「……兄さんっ! ミガシキ兄さんっ!!」

石動達の後を追って来たリシジンは、兄の名を呼ぶ。

「……リシジン、なんで、お前がここに」

瀕死のミガシキが、振り絞って、声にした。

まさか、このような所で、再会を果たすことになろうとは、二人とも、思ってもいなかっただろう。


「石動さんっ!」

すがりつくように、リシジンは、石動の腕を掴んだ。

「やめてよっ! 兄さんを、殺さないでよっ!」

銃を手にしている石動を見て、兄であるミガシキを殺そうとしている、そう思ったのだろう。

「お願いだよっ、兄さんを、殺さないでよっ!」

必死に、訴えかけ続けるリシジン。

「ねえっ、兄さんをっ、兄さんを、助けてあげてよっ!」

はじめて見せる、リシジンの激しい感情に、ぶつけて来る熱量に、石動は、戸惑いの色を隠せない。

「兄さんは、ミガシキ兄さんは、僕を、僕のことを、気にかけていてくれたんだっ」


「……はははっ」

リシジンが、必死に、命乞いをしている、その当の本人、ミガシキは、声を上げて笑いはじめた。

「はははははっ」

ミガシキの方を、振り返るリシジン。

声を出すのもやっとの、瀕死の状態だというのに、それは、ミガシキの、せめてもの意地なのだろう。

「ここで、俺を、助けるだと?」

「馬鹿かっ? お前はっ?」

「五番目の兄貴が、言ってた通りだ……
お前は、王位継承争いには、向いてねえ」

ミガシキは、とっくに、腹を括っていた。それは、この森に来る前からだ。

「俺達兄弟、生き残れるのは、たった一人だ」

「王になれなかった者達は、すぐには殺されなくても、いずれは、殺される」

「アロガエンス王家の歴史が、それを証明している」

「それが、国の安定のためってやつだっ」


「もし、今ここで、俺を殺さなかったら、いつか、お前が俺に、殺されるかもしれないんだぜっ?」

ミガシキの言葉に、首を振るリシジン。

「それでも……それでも……そうなんだとしても……」

「僕は、ここで、兄さんに、死んで欲しくないんだっ……」

己の意見を、決して、曲げようとはしない。頑固なのは、父親譲りなのか。

この世界における、覇権国家の跡目相続争い。

その、あまりの闇深さに、石動も、思わず(うな)る。

「まぁっ、あれだなっ、極道なんかより、よっぽど、修羅の道ってこったなっ」

-

「それで、どうしますか? もう一人の王子様は」

確かに、この世界で、十七歳は、成人扱い。子供は殺せない石動でも、成人を迎えているのであれば、話は別だ。

『やられたら、徹底的にやり返す、その根本にある元凶も含めて』

それが、石動の信条でもある。

「さすがに、王子を殺したとなれば、アロガエンスとの、全面戦争突入は不可避ですよ」

「まぁっ、全面戦争は、上等だがよっ」

「どうもっ、気に入らねえなっ」

石動は、首を(ひね)る。

「どうせっ、この絵を描いた奴が、いやがんだろっ」

「そういうのが、好きそうな野郎を、俺は、知ってるぜっ」

「まぁっ、前世じゃあっ、散々っぱら、あの野郎に、罠にはめられたからなっ」

思わず、苦笑いをする石動。

「ちったあっ、俺も、学習したってことだなっ」


「そうですね……」

「それでは、新婚早々、頑張ってくれている、ヤスからの連絡を待つとしましょうか」

ここ、ダークエルフの森に、すでに、ヤスはいない。

結婚式の翌日、早々に、諜報部員達を率いて、アロガ城へと向かっている。潜入して、この事件の真相を探るために。

-

ヒーリングによる治療を施されているミガシキの姿を、心配そうに見つめているリシジン。

その傍らには、やはり、イヌのペギペギが寄り添っていた。

「お前のイヌは、まだ、生きているのか……」

ペギペギの姿を見て、ミガシキは、思わず、そう漏らす。

アロガ王は、十八人すべての息子に、三歳になったお祝いと称して、同じ犬種のイヌを贈っていた。

「俺が、父上からいただいたイヌは、もう死んでしまったぞ……」

「俺の身代わりとなってな……」

父親から贈られたイヌに、アロガ王自身を感じていたのは、リシジンだけではなかった。

「そうか……」

「父上からいただいた、あのイヌが死んでしまった、あの時から、もうすでに、父上へとつながる、俺の(えにし)は、切れてしまっていたのかもしれないな……」

そう言うと、ペギペギから目を逸らし、ミガシキは、天を仰いだ。
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