極道と社交界のパーティー

文字数 4,500文字

吹き抜けの白いダンスホール、着飾った大勢の人々が、そこに集い、舞う。

甘美な音色が、軽やかに奏でられ、部屋のサイドに並べられたテーブルでは、最高級の酒と料理が振る舞われている。

リシジン王子の居城エゲンリアで、催されている舞踏会。

ここはまさに、王族と貴族達による社交の場。


だが当の、主催者名義であるはずの、リシジン王子は、目立たないように、壁の花となって、浮かない顔をしていた。

 ――僕は、本当は、こういう場所には居たくないんだ……

王子の誰かが、アロガ王から王位を継承するためには、有力貴族達からの支持が、絶対的に必要不可欠。

その候補者となる王子が、十八人もいるのだから、もはやそれは、投票権が貴族に与えられている、選挙のようなもの。

立候補者である十八人の王子達は、政治家の選挙活動のごとく、日々、貴族達の支持を集めるために奔走を繰り返す。

そうした、王族と貴族達をつなぐパイプづくり、社交界の交流の場となる舞踏会を、十八人の王子達が持ち回りで開催する、それが一族の間で決められているルール。


 ――別に、僕は、王位にだって、就きたい訳じゃないんだ……

二年前、リシジンが、王位継承権を放棄したいと父親に伝えたら、その父親からは『死ね』と言われた。

『王位を目指さぬ男児(だんじ)は、王族として生きる価値無し』『ならば、(しかばね)となって、勝者の足元に朽ちよ』

それが、アロガエンス一族の、家訓と言うことなのだろう。

実際、本人が、王位継承権を放棄したところで、彼等を担ぎ上げようとする貴族達は、必ず現れる。

王族の後援者となれば、王家の名、ブランドを利用し、その権威を傘に着て、搾取、癒着、賄賂など、様々な利権が思いのまま。それほどまでに、この国では、王家のブランドは強力だ。

そして、いずれまた、それは、大きな火種となって行く。

ならば、お家に禍根(かこん)を残さぬ為にも、(いさぎよ)く死んでもらうより他にはない。

それが、アロガエンスの王家が、長きに渡る伝統の中で、(つちか)って来た教訓。

それ以来、リシジン王子は、父であるアロガ王には会っていない。


 ――でも僕は、死ねと言われて、死ぬことも出来なかった……

権力闘争に巻き込まれて、自分のせいで、誰かが死ぬのは嫌だと思いながらも、自死を選ぶことも出来ない。それが、リシジンを、さらに自己嫌悪へと追い込んで行く。

王子ではあったが、多感な十代の少年に過ぎないリシジン。何不自由の無い、この世界で、おそらく最高に贅沢な、裕福な暮らしを送っているであろう彼にも、その立場故の、悩みや苦しみがあった。

-

「なんだ、今日の主役だってのに、また、随分と、浮かない顔をしているな」

「ヤレイア兄さん……ミガシキ兄さん……」

リシジンに声を掛けて来たのは、五番目の兄であるヤレイア王子。

「こいつが、辛気臭(しんきくさ)い顔をしているのは、いつものことだけどな」

その横に居るのは、少々口が悪い、八番目の兄、ミガシキ王子だ。


「父上も、王位継承権の放棄をお認めになればよいのにな……お前は、王位争い、闘争には、向いていないよ」

この、血で血を洗う、王位争奪戦の中にあっても、五番目の兄は、リシジンのことを(おもんばか)ってくれている節がある。

「勘違いするなよ、別に、お前に会いに来た訳じゃねえからな、今日は、お前の支持者達を、俺の派閥に鞍替(くらが)えさせるために来ているんだからなっ」

一方のミガシキ王子は、ツンデレ属性でもあるのか、テンプレのようなことを言うが、これでもまだ、全然マシな方ではある。

十八人の兄弟の内、出席者は半数の九人。つまり、ここに来ていない九人は、リシジンを支援しているような者のコネなど、自分の陣営には要らないと、そう言いたいのだろう。

そして、今回出席している残りの七人は、リシジンの元に、挨拶にすら来ようとしない。つまりは、歯牙(しが)にもかけていない、眼中にすら無いということになる。

「父上に認めてもらえるような、武勲や功績を、まだ誰も残せていない以上、有力貴族達の支持次第で、次期国王が決まるだろうからな」

貴族達に聞かれぬように、ヤレイアは、リシジンの耳元で囁く。

「まぁっ、貴族達の人気取りというのも、正直、ツライところだ」

そして、最後に、ミガシキがまた、皮肉を言い放つ。

「お前が、そうやって、印象を悪くしてくれていると、こちらとしては助かるけどな」

-

「盛大なパーティーとなりましたな、リシジン王子」

次に、声を掛けて来たのは、リシジン王子の最大の後援者でもあり、内地に位置するヤドゥテラーレンカ地方の領主でもあるウハウル・ハディンナ男爵。

「王子様も、すっかり大人になられまして」

そして、その奥方であるミトゥメイ・ハディンナ夫人。

極色彩のド派手なドレスに、宝飾類を余すところなく、全身に纏っている夫人は、手にする扇子で、口元を隠して笑う。

「これはもう、我が娘、キラビッヂとの婚礼を、急いでいただかねば、なりませんわね」

(よわい)十三にして、顔を見たこともない相手との婚姻を定められている、それもまた、王子に生まれた宿命なのかもしれない。


元々は商売人であったが、高利の金貸し事業をはじめ、一代で財を成したウハウル男爵。そのせいか、悪い噂も非常に多く、彼が貴族に任命された折には、爵位を金で買ったのではないかと、もっぱら、噂されていた。

そして、今でも、黒い噂は絶えず、リシジン王子の有力後援者として、王家の威光をちらつかせ、領民からは税と称した搾取を、商売人やギルドなどとは癒着し、多額の賄賂を受け取り、好き放題やっているとも言われている。

新興貴族であるウハウル男爵は、古参が支持する第一王子や第二王子の後援会に参入することは出来なかったが、十三番目のリシジン王子でも、支持者が少ないが故に、逆に、利権の旨味は十分にあった。


「これは、これは、ウハウル男爵様」

大手スポンサーに対して、そっけない態度を取り続けるリシジン王子に、業を煮やした、教育係のサトミカは、代わりに、話題をフォローをする。

「このように、盛大に舞踏会を開けましたのも、すべては、ウハウル男爵様のご支援があればこそでございます」

事実、今回の舞踏会の開催費用は、すべてウハウルの資金援助で成り立ってもいた。

-

吹き抜けの二階から、ダンスホールを見つめている極道の諜報員、ヤス。

愛おしのサトミカに頼まれ、貴族風の正装、変装をして、関係者に紛れ、会場に不審な気配がないか、目を光らせていた。

「……はぁっ……ドレス姿のサトミカさんも、やはり美しい……」

時折、サトミカの姿に(ほう)けてしまうヤス。

若干、色ボケしているのかもしれないが、それでも、仕事はキッチリとこなす。

時間の経過と共に、ヤスは、ダンスフロアの異変を感じ取る。

「ヤバいなっ、あいつ……ありゃっ、ただごとじゃねえぞっ」

能力で自らの姿を隠すと、ヤスは二階の柵を越え、そのまま下へと飛び降りた。


派手なドレスを着た女が、踊っているフリをして、第五王子のヤレイアに近づいている。

女は、ドレスの中に隠し持っていた短剣を手にすると、背後から、ヤレイア王子に切り掛かった。

王子の背中に、ザックリと、短剣が突き刺さるかと思われた瞬間、ヤスはその女の体を掴み、背後へと引っ張った。

短剣の切っ先は、王子の服と、背中の表皮を切り裂いたのみ。

「うぅっ!!」

ギリギリのところで、ヤスが間に合ったために、王子の傷は浅かったが、それでも、広範囲に切られたために、ダンスフロアの美しく光る白い床が、赤く染まって行く。

「きゃあああああっ」

優雅に踊っていた者達はみな、一瞬でフリーズ、足がすくんで、動けなくなった。

奏でられていた美しい音楽の代わりに、ホールには、人々の悲鳴がこだまする。


さらに、再び王子を、刃物で刺そうとする女を、ヤスは、後ろから羽交い絞めにした。だが、その姿は、誰にも見えないのだから、周囲の者達からすれば、さぞ、おかしなポーズをした女に見えたことであろう。

第五王子を切りつけた女は、まだ暴れて、もがいていたが、ようやく駆けつけた警備の兵達に取り押さえられた。

そこで、その場から、ヤスも一旦離脱。

「な、なぜっ、お前がこのようなことを……」

犯人の姿を見たウハウル男爵は、画面蒼白、体を震わせながら、その場に崩れ落ちる。

頭を床に押さえ付けられた女は、白目を剥いて、口から泡を吹いてはいたが、それは、ウハウル男爵の夫人、ミトゥメイ・ハディンナに間違いなかった。


もちろん、ヤレイア王子の命に別状はなく、怪我は、ヒーリングですぐに治療されたが、王家の第五王子が襲われて、怪我をさせられたという事実に変わりはない。

実行犯である夫人は、投獄され、そのまま処刑されるか、ウハウル男爵も、蟄居謹慎(ちっきょきんしん)の後に、爵位と領地を奪われるばかりではなく、罪に問われ、処刑される可能性すらある。

ここから先は、身の破滅が待っているだけ。

そして、主催者名義のリシジン王子もまた、王族の身内や、貴族達から、責任を追及されることは間違いないだろう。

-

「すいません、俺が、もう少し早く気づいていれば、ヤレイア王子に怪我をさせずに済んだかもしれません……」

サトミカの部屋で、ヤスはそう謝罪した。

「い、いえっ、ヤスさんが止めてくださらなければ、ヤレイア王子は、きっと、刺し殺されていたことでしょう……」

すっかり、血の気が引いてしまっており、普段以上に青白く、顔色が悪いサトミカ。その憔悴(しょうすい)した姿ですら、今のヤスには、美しく思えるのであろうが。

「……しかし、夫人は、何故、あのようなことを……」

「少し前までは、普通にお話をされて、笑っておいででしたのに……何故、まるで別人になったかのように、豹変されてしまったのか……」

夫人の異変、ヤスは、それに心当たりがない訳ではなかった。

「あれでは、まるで、重度の中毒者が、ドラッグが切れた時のような暴れ方……」

ドラッグについて、何の説明もせずに、ヤスは思わずそう口にしたが、意外なことに、サトミカは、ドラッグのことを知っていた。

「……ドラッグ……そう言えば、聞いたことがあります」

「なんでも、とても気分が良くなる、ドラッグという薬が、貴族達の間で流行っているとか……最近、その話をよく耳にしました……」

「ほっ、本当ですかっ?」

「ええっ、なんでも、お洒落だとか、新しい貴族の(たしな)みだとか、そんなことを言われて、持て(はや)されているようですが……」

ヤスは、舌打ちする。

「クソッ、クレイジーデーモンの野郎めっ……」

「まさか、貴族達の間にも、ドラッグをばら撒いてやがったとはっ……」

貧困層だけではなく、すでに、貴族をはじめとする、富裕層にまで広まっていた薬物汚染。金に糸目をつけないだけに、余計に(たち)が悪い。

「しかし、これは、相当マズいことになりそうですね……」

リシジン王子の名義で開催された社交パーティーにて、リシジン王子の有力支持者である貴族夫人が、ヤレイア第五王子を殺そうとした。そのセンセーショナルな事件は、瞬く間に、人々の合間に広まり、さらに大きな波紋を呼ぶことになる。

それは開けてはいけない、禁忌の箱を開けてしまったようなもの。この日を境に、十八人の王子を巡る謀略と暗殺は、ますます加速して行く。
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