極道とマッドサイエンティスト

文字数 4,760文字

「アツキガリ殿は、稀代(けだい)の大天才に違いない」

エンダロウナの学術アカデミーでも、いつも、彼はそう言われ続けていた。

若くして、錬金術、魔術、方術等々をはじめとした、ありとあらゆる分野の、すべての知識を修得。いずれ、この世界の森羅万象の(ことわり)や、真理を解明するやもしれない。

各分野の権威者達が集まるアカデミーの中でも、そう噂されていたぐらいの、突出した才能の持ち主だった。


しかし、この世界の現状を前に、彼は嘆かずにはいられない。

 ――何故、この世界では、怪我をしても、病にかかっても、ヒーリング以外に治せる(すべ)がないのか?

 方術を使える者達が所属している教会に、多額のお布施を納めなくては、治療すらしてもらえないではないか……

 辛うじて、薬草と鉱物を調合したポーションも存在してはいるが……原材料がとても希少な物ばかりであり、むしろ、ヒーリング以上に高額な金が必要となってしまう

まだ、若い彼は、この世界の在り様を見て、義憤(ぎふん)に駆られていたのだろう。

 ――これでは、金が無い、貧しい者達には、死ねと言っているのと同じではないか……

そこで、アツキガリ博士は、新しい学問の理論と体系を創り上げることを決意し、志す。

その学問の名は、『医学』。
彼が目指す行為は『医療』。


それからというもの、アツキガリ博士は、取りつかれたかのように、寝る間も惜しんで、医学と医療に関する研究を、一心不乱に続けて行く。

だが、権威者達の集まりであるアカデミーの人間達は、そんな彼を、嘲笑(あざわら)い、馬鹿にして、愚弄(ぐろう)した。

「どうも、アツキガリ殿は、随分と、人が変わられてしまったようだな」

「まさか、悪魔にでも、取り憑かれたのではあるまいな」

「頭が良過ぎるあまり、狂ってしまわれたのだよ、きっと」

「いやいやっ、もともと、変人ではあったからね」

以前から、アカデミーで、天才と(うた)われ、称賛されていた、博士の才能を(ねた)んでいた者達は、ここぞとばかりに、博士の行動を叩きまくった。


連日連夜、死んだ人間や、動物達を解剖し、腹を切り裂き、臓腑(ぞうふ)をぶちまけ、肉や骨を調べているその姿は、確かに、この世界では、悪魔崇拝者や死霊術師のように思われても、仕方がなかったのかもしれない。

アツキガリ博士は、そんな風評は、どこ吹く風とばかりに、全く気にも留めずに、研究に打ち込んでいたのだが……。

興味本位の人間による噂話に、大袈裟な、尾ひれはひれがつき、あまりにも良くない評判が広まり過ぎた。

「死んだ人間だけでは、飽き足らず、生きた人間をさらって来て、実験に使っているという噂ですね」

「もうすでに、人を殺すことが、快楽になってしまっていると聞きましたよ」

「最近、(ちまた)で話題になっている連続殺人事件も、彼の仕業だとか」

「どうして、そのような(やから)が、この権威あるアカデミーに……」

そんな、根も葉もない、誹謗中傷までされて、やがて、アカデミーを追放されることになる。


それでも博士は、研究を止めようとはしなかった。

貧しい人々が、治療を受けることが出来る、新しい学問、医学と医療を、この世界に広める。そのためには、どんな労苦(ろうく)もいとわない。その覚悟は揺るぎないものだった。

そして、何よりの心の支えは、妻と三人の娘達が、自分の(こころざし)を理解して、尊敬してくれていたこと。家族は、いつも、自分の研究を手伝ってくれてもいた。

「あたしは、あなたの研究が、人々の役に立つと信じています」

「あたしも、お父さんの研究が、世の中のためになると思う」

「早く、貧しい人でも、治療が受けられるようになるといいね」

「うん、絶対、お父さんは間違ってないよ」

陰湿な研究室で、血にまみれ、悪臭に耐え、それでも、彼女達は、夫の、父の、研究を信じ続けていた。


長年、独自に研究を続ていた博士。

だが、ついに、大陸統一教会に目を付けられてしまう。

この世界で、宗教と医学の相性は、すこぶる悪い。

博士と、研究を手伝っていた家族全員が、神をも恐れぬ大罪人として、悪魔崇拝主義の邪教徒として捕らえられ、最終的には、博士が見ている目の前で、彼女達は、魔女狩りで催される、火炙りの刑に処された。


この世界に、医者や医療関係者がいない理由。

それは、医学や医療の理論を築き、体系化し、広めようと志す者達を、大陸統一教会がことごとく、闇に葬り去って来たからに他ならない。

これまでも、医学や医療を研究しようとする者達を、悪魔のサバトだ、生贄(いけにえ)の儀式だと、難くせを付けては、断罪して来た。

大陸統一教会の宗教的倫理観と、特に、人体にメスを入れる外科的医療行為は、まさに水と油がごとき、相容れない存在なのだ。

-

馬で南下を続けていた石動達。

人狼であるジトウの嗅覚は、研究室に一番強く残っていたニオイと、同じニオイを持つ者を、ついに捉えた。

白衣と呼ぶには、あまりにも薄汚れて変色した、ボロボロの上着を纏う、ゾンビと化した男。

この男こそが、アツキガリ博士、その人。

「まさか、私のことに、気づいた者がいるとはな」

「まぁっ、うちの警察犬と探偵は、優秀なんでなっ」

真っ青な顔をしており、見た目は、完全に屍人の博士だが、精神は完全に人間の時のまま、自我を維持している。

「だが、まぁ、よい、私の目的は、もうすでに、達せられたも同然だ……」

ゾンビと化した博士に、銃を向ける石動。

「ちょっと、待ってください」

そこで、水を挟んだのは、マサだった。

「この世界で、あの発想に辿り着いた、あなたに、私は、興味があるんですよ」

そう言われて、自らの過去と復讐について、アツキガリ博士は、語って聞かせた。

-

それを、じっと黙って、聞いていたマサ。

「……あの、聖職者の皮を被った(けだもの)どもめっ」

「拘束されて、動けぬ私の目の前で、妻と三人の娘達を辱めたばかりではなく、魔女狩りの火炙りにしおったのだっ……」

「その時、私は、誓ったのだ」

「絶対的に神を信仰するこの世界に、必ず復讐してみせると」

「この世界では、神など、何の役にも立たんということを、証明してみせる、嫌と言うほど分からせてやるとな」

神が、この世界に直接介入出来るのであれば、そもそもが、こんな世界には、なっていなかったかもしれない。


「何とか、処刑される前に、私は逃げ出すことが出来たが……」

「しかし、もはや、復讐以外に、私が生きて行く理由はなくなっていた」

そして、博士が、絶望のどん底にいた時、悪魔は囁いた。

「そんな、絶望しかない私の前に現れたのが、あやつだ」

「種族こそ、人間ではあったが、あれはまさしく、悪魔のような男だった」

「ドラッグと呼ばれる、中毒性の高い、幻覚剤を作らせて、依存症になった人間達を自由に操る、そのために協力して欲しい」

「その代わりに、私が、この世界に復讐を果たす、その手伝いをすると言って来たのだ」

「事実上、悪魔と、取引をしたのだよ、私は」

その話を聞いていた石動には、嫌な予感しかしなかった。

-

アツキガリ博士の話を聞き終えたマサは、口を開く。

「あなたは、間違いなく、本物の天才でしょうね」

「あなたの資料や記録を拝見させていただきましたが、医学と医療の理論と体系は、我々の世界のそれと、何ら遜色はありませんでした」

「ルジカを見る限り、人造勇者で使われた、移植技術も見事なものです、再建や縫合も、完璧と言っていいかもしれません」


「我々は、こことは異なる世界から来ましたが……」

「我々の世界では、医学や医療学こそが、正当な学問で、魔術や錬金術なんてのは、それこそ、鼻で笑われてしまうようなものなんです」

世界が変われば、価値観すらも逆転してしまう。そういうことなのであろう。

「あなたの研究が、もし、この世界に認められていたら、間違いなく、多くの人達の命が救われていたことでしょうね」


「私は、あなたに敬意を表しますよ、ドクター・アツキガリ」

マサの言葉に感嘆する、アツキガリ博士。

「……ドクター」

「そうか……そうであったのかっ……」

「その言葉だけで、長年に渡る、私の研究が、無駄ではなかったと思える……感謝するぞ」


「ただ、一点だけ、あなたの間違いを指摘するならば……結局、医療も金がかかります」

「ですので、金の無い、貧しい者達が、治療を受けられないというのは、セーフティネット、社会構造上の問題なんですよ」

「……なるほどな……では私は、革命家を目指すべきだったのだな……」

アツキガリ博士は、清々しい顔をして笑った、ゾンビであるにも関わらず。

「これで、もう何も思い残すことはない……」

「早く、私を殺すがよいっ……」


「だがっ、その前に、聞かなきゃならねえことがあるっ」

石動が手にしている銃は、ゾンビである博士の眉間に向けられたままだ。

さっきからずっと、石動には、嫌な予感しかない。

「この薬は、二本あったそうだなっ?」

「まぁっ、一本は、お前が使ったとしてっ」

「もう一本はっ、今、どこにあるっ?」

「よく、そのことを知っていたな……」

「だが、もう遅い……」

「もう一つの薬は、あの男に託したのだ」

「やはりっ、クレイジーデーモン、かっ?」

「そうだっ……」

「あやつは、ちょうど今、この国の中枢である、王都エンダロウナに向かっている頃だろう」

石動の嫌な予感は、見事に的中。いや、むしろそれ以上の事態だった。


「私が生涯かけた研究を、拒絶するばかりか、私の愛する、妻と三人の娘達を、(なぶ)り殺しにしてくれた恨み、決して許せるものではないっ」

「ついに、私の復讐が、果たされる時が来たのだっ」

「この世界では、神など、何の役にも立たんっ、それを証明してみせる時がなっ」

「例え、パルビオンの教皇であっても、あれを止めることは出来ん」

「悪魔祓いも、ヒーリングも、あれには効かん、全く別の概念であり、存在なのだからな」

「まぁっ、そりゃあ、そうでしょうね、あれ、ウイルスですから」

博士の言葉に、ついつい、突っ込むマサ。

ウィルスを、霊的に干渉する術で、どうこう出来る訳がない。

「この国は、この大陸は、いや、この世界は、もう滅びるしかないのだっ」


博士の眉間に向けた銃、その引き金にかけた指に、力を入れる石動。

「まぁっ、あんたの復讐は、ちょっとばっかし、対象がデカ過ぎたぜっ」

「復讐の対象が、もうちょっと狭けりゃっ、同情してやることも、出来たかもしれねえがなっ」

眉間に弾丸を撃ち込まれて、元アツキガリ博士であったゾンビは、その場に倒れる。

以前、マサは、彼のことを、マッドサイエンティストと称した。だが、狂っていたのは、博士だったのか、それとも、この世界だったのか。マサは、そんなことを考えた。


「これで、感染源が潰せると思っていたんですが、もっとヤバい感染源が出て来るとは、思ってもみませんでしたね」

マサの言葉に、同意する石動。

「あぁっ、あの野郎っ、また、随分と、面倒なことに、巻き込んでくれたなっ」

「どうしましょうか?」

「ここから、エンダロウナまで、どんなに、不眠不休で馬を飛ばしても、五日以上はかかります、途中で馬が潰れるでしょうから、乗り換えもしなくてはなりませんし」

「まぁっ、あの野郎が関わっている以上、放っておくわけにもいかねえしなっ」


石動とマサが、思案している中、人狼のジトウはじっと空を見つめている。

「旦那、空砲を鳴らしてくれよ」

「あいつなら、それで、気づくと思うわ」

ジトウに言われて、空を見上げる石動とマサ。

遠くの空に、ハッキリとは見えないが、何かの影が飛んでいる。

「なんだっ、お前の知合いかっ?」

「いや、旦那、きっと、俺達の仲間だなっ」

「あれからは、俺と同じ収容所に捕まっていた、ドラゴンテイマーのニオイがする」

「つまり……」

「あれは、ドラゴンだぜっ」

それは、石動達の帰りがあまりに遅いため、ダークエルフの森から、探索に出された、ドラゴンとドラゴンテイマー。

石動達は、空から、王都エンダロウナを目指す。
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