極道と女スパイ

文字数 4,291文字

「…………うぅっ」

難民キャンプの掘っ立て小屋、用意された簡易ベッドに横たわって、眠り続ける石動(いするぎ)。矢傷を受けた上半身は、裸にボロボロの包帯が巻かれている。

毒矢で撃たれ、倒れてから二日が過ぎようとしていたが、まだ意識は戻っていない。

矢尻に塗られていた毒のせいで、高熱を出して、全身からは滝のような汗が噴き出している。


「早く良くなってくださいね、勇者様」

(かたわ)らには、付き添いの女の姿。例の、腐女子の娘、フラジョ・ウボウは、そう声を掛けながら、丁寧に流れる汗を拭きとった。

マジアリエンナで助けられた女達が、せめてもの恩返しにと、昼夜を問わず、交替で看病を続けているのだ。

「…………うぅっ」

時折り、うなされているかのような声を発する石動。

-

「もおっ! なんでヒーリングが使えない時に限って、こんなことになるのよっ!」

「兄貴はっ、大丈夫なんやろうなっ!?」

「あっしが付いておきながら……」

難民キャンプで、落ち着かなそうにしているサブとアイゼン、そしてケン。

「まぁ、大丈夫ですよ」
「若頭の生命エネルギーなら、これぐらいは」

しかし、マサだけは落ち着き払っている様子。

「まぁ、この世界の常人であれば、致死量の毒ではありますけどね」
「若頭の生命エネルギーは、桁がいくつも違いますから……例えるなら、人間なら致死量の毒をティラノサウルスに打ったようなもんです」
「あぁ、この世界的には、ドラゴンなんですかね」

そう言いながらも、叡智のノートパソコンで、毒に関するデータをひたすら読み倒しているマサ。

「しばらく、高熱は続くかもしれませんが……」

「それにしても、若頭が不覚を取るとは、随分と厄介な暗殺者(アサシン)のようですね……」

-

「フラジョ、少し疲れたんじゃないのか?」

石動が寝ている小屋、その出入り口にかけらている布を上げ、入って来た赤髪の女。

「あらっ、ルチアダ」

他の女達同様に、魔女狩りで処刑される筈だったところを助けらた女の一人、ルチアダ・ジャマン。

「あたしが代わろう、少し休むといい」

「そうね、じゃあ、お願いするわっ」

フラジョは、ルチアダと入れ替わり、小屋を後にする。


フラジョが出て行くと、ルチアダはすぐに部屋の入口まで行き、布の隙間から付近に人がいないことを確認した。

石動のそばに立つと、しばらくの間、ずっと様子を眺め、まだ意識が戻っていないことを改めて確認する。

「今なら、あたしでも……」

ルチアダの息遣い、呼吸音が早く、荒くなっていく。

「助けてもらったのに、すまないな……」

そう言うと、服の内側に貼り付けて隠し持っていた、刃渡りの長いナイフを取り出した。

「弟、妹達のためなんだ……」

ナイフの鞘を捨て、大きく振りかぶると、渾身の力を込めて、石動の胸にナイフを突き立てる。

「……おっ……おいっおいっ……」

だが、(いか)つい大きな手が、ナイフが胸に刺さる寸前で、ルチアダの手を強く握りしめて止めていた。

「……随分と、刺激的な女の匂いがするから……目が醒めちまったじゃねえか……」

「!!」

立ち上がって、ルチアダの手からナイフを奪うと、石動は彼女の腹に拳を入れた。

気を失いその場に崩れ落ちるルチアダ。

彼女の首根っこを掴み、引きずって歩き、アイゼン達に引き渡すと、石動はまた意識を失い、再び倒れた。

-

ルチアダが次に目を開けた時には、ボロボロの椅子に、縄で括り付けられていた。

「……んっ……んんっ……」

しばらくは茫然としていたが、意識がはっきりしてから、周囲を見回して、今の自分が置かれている状況を理解した。

目の前には、アイゼン、サブ、マサ、ケンらが立っている。

そこに石動の姿はない。再び眠り続けているのだ。

「魔女狩りから助けてもらったのに……」
「恩を(あだ)で返すようなことをしてしまって、本当にすまない……」

(うつむ)くルチアダの顔からは感情が消え去り、固まってしまっている。もうすでに諦めているのだろう。

「犯すなり、殺すなり、好きにしてくれていい……」

「ホンマに好きにしてええんかっ!?」

ガツンと、頭を拳固(げんこ)で殴られたサブ。

「ちょっと!サブは黙っててっ!」

「ガチで痛いわっ!! 冗談やっ、冗談やがなっ」


「なんで、なんでこんなことしたのよっ? ルチアダ」

信じられないという顔で、ルチアダの目を覗き込むアイゼン。

「……仮面の男と取引したんだ」

「仮面の男?」

「あぁ、深紅(しんく)のローブを着て、口元が見える仮面を着けた男だ」

「また、随分と派手なやっちゃな」

「確かに、赤いローブに仮面とは、目立ちたいのか、目立ちたくないのか、よく分かりませんね」

「おそらくは、あの時、あの場所に居た、相当に身分の高い男が、正体を隠して近付いて来たのだろう」

「あたしは、これでも元兵士でな、結構優秀な方だったんだ」
「それで、仮面の男が取引を持ち掛けて来たのさ」

どこか遠くを見ているような目で、ルチアダは語りはじめる……。

-

「あたしの家族は十三人もいてな、まさしく貧乏人の子沢山ってやつだ」

「今日を食うにも困るぐらい、家計は火の車で、そっちこちから金を借りまくって、やっと生きていけるような有様……」

「あたしは二女でなぁ、両親共に必死で働いていたから、弟や妹は生まれた時からずっとあたしが面倒見て来たんだ」

「みんな、すごく可愛くてな、今でもまだ下のチビ達は五歳と四歳ぐらいなんだよ」

「家に金が無くて、さすがにもう子供の誰かを売るしかないってなった時、あたしは自分の食い扶持を減らすのと、金を稼ぐために、兵士になることにしたんだ」

「あたしが家を出る時には、チビ達が抱きついて来て、『行かないで』って泣かれたもんさ」

「給料は全部、実家に渡していたんだが、それでもどうしても借金が返せない……もう口減らしのために、弟と妹を売るしかないと聞いてね……」

「今はどこも奉公人を雇うような金銭的余裕はないから、売られるとしたら、奴隷商か魔女狩りしかない……」

「居ても立っても居られなくなったあたしは、軍の物資をこっそり横流しして、家に金を渡し続けていたんだ……」

「それに気づいた同僚が、あたしを魔女だと密告して、めでたくあたしは捕まったってわけさ……」

「どうせなら、家族の誰かが密告してくれりゃあよかったのに……そうすれば、家にそれなりの報酬が入ったんだが……」

「で、何故か、仮面の男は、そんなあたしの家の事情まで知っていたんだ……」

-

魔女公開処刑のあの日、収容所から大聖堂前の中央広場に連行された時のこと。

魔女の処刑イベントに湧く信者達の騒乱のさ中、ルチアダだけは大聖堂の中にと連れて行かれていた。群衆がうるさ過ぎて、さすがのアイゼンもそれには気づかなかった。

「ルチアダ・ジャマン君、だったかね?」

ルチアダが密室に押し込まれると、ワインレッド色のローブを着て、フードを被った、仮面の男の姿がそこにはあった。

「誰だい? あんたは?」

触れ合いそうな距離まで顔を近づけ、ルチアダの耳元で囁くような小声で男は話す。

「すまないんだがね、さすがに私の身分は明かせないんだ」
「だが、自分で言うのもなんだが、さる高貴な身分の者、そう思っておいてくれ」

「きょう……」

そう言いかけたルチアダの口を、仮面の男は掌で塞いだ。

「そう、君が思っているような人物、それで間違いない」
「ただ、それを口にはしいないでもらえるかな?」

口を塞がれた状態で、ルチアダは頷いた。

「なんでも、君は優秀な兵士だったそうじゃないか」

「どうだろう? 私と取引をしないか?」

仮面の男は、ルチアダの口から手を離す、答えを聞くために。

「魔女として、これから処刑されるっていうあたしとかい?」

「いや、おそらく、君達は助かるんじゃないかな」
「これから、君達のことを勇者が助けようとするだろう」

アイゼンが脱出計画を立てていたことは、もちろん、ルチアダをはじめ、女達みんなに知らされていた。


「その後でいいんだがね、隙を見て、
その勇者を暗殺してはもらえないだろうか?」

「っ!!」

思わず声が出そうになったルチアダ。

「ただ、勇者も強いだろうし、返り討ちにされる危険性は高いだろうからね」
「成功報酬では、あまりに君に分が悪い……」

仮面の男は、ローブの中から小袋を取り出す。

「だからね、今この時点で約束してくれたら、
前金としてこれを、今すぐ君のご実家に送り届けさせよう」

小袋の紐を緩め、その中身をルチアダに見せる。

「っ!!」

再び思わず声を出しそうになるルチアダ。
その中には、宝石や貴金属類がぎっしりと詰まっている。

「これだけあれば、君の弟さん、妹さんも、売られなくて済むのではないかな?」

「そして、君が勇者の寝首を搔くことに成功した、もしくは、残念ながら勇者に返り討ちにあった、そのどちらかでも、残り半分の報酬は、また君の実家にお渡ししよう」

「どうだろう? 悪い話ではないと思うが?」

「あたしの命を金で買うってことかい……」

「そう思ってもらっていい」
「ただ、このまま魔女として処刑された場合でも、これは君のご家族の元に行ってしまった後だし、返してくれなんて、そんなみっともない真似は、我々のプライドが許さないからね」

自分達の身分の高さを、説得力として巧みに織り込む仮面の男。

「君にとってはまったく損はないのではないかな?」

「それじゃあ逆に、どうにも話が旨すぎるよ……
それじゃあ、あんた達は大損じゃあないか」

「確かに、そうなるかもしれないが、君が思っているような組織なのでね、我々にとっては、これぐらいの金品は大したことはないのさ」

「むしろ、これぐらいで、本当に勇者が討ち取れるなら、安過ぎるぐらいだと言っていいだろう」

「それに、君にも、救いは必要だろう?
女神様だって、そこまで無慈悲じゃあない」

その言葉を聞いて、いつの間にか、自分でも気づかぬ内に、ルチアダの瞳には涙が溢れ、頬を伝ってこぼれ落ちていた。

-

「もしそれが、すべて出鱈目であったとしても、
もうあたしには、その話にすがるしかなかったのさ」

「それしか、あたしには救いがないからね」

身の上話に出て来た弟と妹が可哀想過ぎて、思わず涙ぐんでしまったサブ。

「若頭を弓矢で狙撃したのも、あんたなんかっ?」

赤い目をこすりながら、そう尋ねる。

「いや、それは違う」
「信じてもらえるかどうかは分からないが……」

「そうねっ、それはないんじゃない」

アイゼンも神妙な顔をしている。

「そうですね、最初に若頭が狙撃された時、彼女は馬車に乗っていましたからね」

「じゃあ、暗殺者は別にもう一人居るってことよね?」

「まぁ、そうなりますかね」

「あらっ、やだぁっ、若頭モテモテじゃない」

「まぁ、全方位的に、ただ今絶賛、喧嘩売り込み中ですからね」
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