第39話 LPジャケット

文字数 839文字

 某自動車工場で働いていた時、親しくなった3人の正社員がいた。
 その1人、Aさんのアパートに遊びに行った時… もう1人、Bさんも一緒だった… キッチンと居室の間あたりに、尾崎豊のLPが立て掛けてあった。
 いかにも無造作な感じで置かれていたが、妙に存在感があって、われわれが車座になってよもやま話をしている時も、僕はその壁にもたれているLPが気になった。
 僕がその方向を見ると、そのLPもいて、じっとこっちを見て、会話を聞いているように見えた。

 それは僕だけの感じではなく、Bさんも、そしてこの居室の主であるAさん自身も、このLPの存在が気になっている様子だった。Aさんとは、特に人生的な話をしたこともなく、基本的に当たり障りのない話をする関係だったが、おたがいに好意を感じている仲だった。
 Bさんとは、多少ややこしい話をする仲だった。AさんとBさんは同期入社で、10年以上の友達。僕は彼らと知り合って、1年も経っていなかった。

「おい、何だよお前、〇さん(僕の名)が来るからって、こんなレコード出して…」笑いながらBさんが言った。
「いやぁ、〇さんが来るなら、出さんといかんやろ」Aさんが僕を見ながら笑った。
 尾崎豊について、それまで僕らは何も話したことはない。Aさんが尾崎のファンだったことも、このとき初めて知った。
 職場で休憩中、「ジプシーみたいに生きたいなあ」と僕が言った時、「もう、落ち着きましょうよぅ…」と、笑いながら言っていたAさんだった。
 Aさんは、僕を理解している、と思った。そしてBさんも…。
 だが僕は、自分に似ているらしい尾崎豊を、まったく理解していないと思った。

 そしてLPは、レコードプレイヤーに置かれることはなかった。そこにいるだけで、十分だったのだ。
 そのジャケットも、どんなものだったのか、思い出せない。妙にインパクトのあるジャケットで、尾崎の顔がドアップで、何かに向かって叫んでいるような横顔の、そんな写真。
 全面的に、濃青に加工されていたような…。
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