第27話 悪魔のありがたさ

文字数 850文字

 モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」を聴いている。
 1950年の、ザルツブルク音楽祭のライブ録音、フルトヴェングラーによる、ウィーン・フィル、及びウィーン国立歌劇場合唱団…

 古い録音の、イイかすれ具合と、モノラルなのだけど何故か生々しい、その場の当時の空気がまるでステレオみたいにイキイキと、ともかく生き生きと、実にリアルに聴こえる。

 ドン・ジョヴァンニのストーリーは、要するに「女たらし」の騎士、ドン・ジョヴァンニが主人公なのである。
 ある夜、騎士長の娘に手を出し、怒った騎士長と決闘する、そしてドン・ジョヴァンニはその騎士長を殺してしまう。
 その後も、ことごとく女とみれば女をかどわかし、甘言、美辞麗句の限りをつくした翼を広げ、女をモノにしようとしていく。それまでに落とした女の数は、召使いのレポレロが「カタログの歌」として歌っている(素晴らしいものである、それは)。

 第1幕のはじまりに、その騎士長を殺し、最後の幕の最後の場で、ドン・ジョヴァンニは、その殺した騎士長の亡霊によって、殺されていくのだ。
「悪魔は地獄に堕ちた! 万歳、万歳、」めでたしめでたしで幕となるのだが、その騎士長の亡霊の乗り移った石像とドン・ジョヴァンニとの最後の対話が、何としても圧巻である。
「今までの行ないを悔い改めよ」と石像がドン・ジョヴァンニに迫る。
「いやだ!」
「悔い改めよ!」
「いやだ!」
 堕ちようとする地獄の業火に焼かれながら、どこまでも「ノー!」「ノー!!」と拒否を続けるドン・ジョヴァンニ。
 あっぱれではないか、その生きざま。

 そして、貫き通したその挙句の、しっかりと、ちゃんと地獄に堕ちる死にざまたるや。
 やはり何か、生きていく上での「勇気」にも似た、何か目に見えない、だいじな必要であるべき何かが、その舞台では展開されているのだ、確固として。
 もちろん、各場面で常に川のように流れているモーツァルトの清水のような旋律には、心を洗われ続けられなければならないのも、聴く者に課せられた宿命であるとして。
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