第42話

文字数 637文字

満足してたんだ。
毎月、月末には借金の支払いがあるけど、あきは何も聞かなかった。
あきが居てくれれば、大丈夫。
僕はただ、良い曲を作って良いうたを乗せて上手に演奏して、たくさんの人に聴かせて。
ただの僕。
その存在を受け入れてくれる誰か。
それは、疑いようのない、希望そのものだった。
そんな4年間。
しかし、バンドはうまくいかなかった。
もう30過ぎ。
僕とあき以外のメンバーは、なかなか活動に足並みを揃えられなかった。
それでもそれならあきとふたり遊びに出かけ、毎日が楽しかった。
けれど、僕。
出来損ないは、幸せをそのまま味わう事すら出来なかった。
心の何処かであきを疑い、焦って、なんとかしようと給料が入るとスロットでひと勝負、負ける事が何度かあった。
「今が自分の底だから、上しか見なくて良いんだよ」とか言い、あきの愛情を信頼して自信に満ちた様に振る舞いながら、ひとりの休み、ガタガタ震えた。
きっとあきは、いつか居なくなる。
彼女が本当の僕の姿に気付いた時。
夢から醒めたみたいに。
その時僕は生きて居られないだろう。
ならば、そんなかりそめの幸せみたいなもの、ない方が良いんじゃないか?
自信のなさ。
それは、蜂蜜を苦々しく飲み下し、進んで下水に口を付ける。
自己完結した理不尽なあきへのちいさな不信。
それは、最大の背信行為だった。
そしてそれが、彼女の表情を歪めて映し、彼女の言葉尻に棘を散りばめた。
精神異常。
僕の行き先は、濃い霧の中。
深い自意識の霧靄。
そのなかでひとり、帰る場所など、とうに見失ったまま。
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