(2)
文字数 1,379文字
「リズ、居るか」
……寒い。
それが一番に感じた感想だった。
服が濡れていた時よりも、はるかに寒い。思わず自分の体を両手で抱く。
しんと冷えた場所。シアの声以外の音は響かない。明かりすらも、見当たらない。
シアが扉を閉めた途端、シアの姿もリシュカさんの姿も見えなくなり、シアの声だけを必死に頼る。
「リズ!」
『そう叫ばずとも聞こえているよ、居ないわけがないじゃないか。アタシはここから、出られないんだから』
部屋の奥から女の人の声がした。想像していたよりはるかに若い声だ。おおばばなんて言ってたからてっきり。凛と響く、綺麗な声色。
「明かりをくれないか、この部屋でおれ達の魔法は使えない。今日はもうひとり客人が居るんだ」
『知ってるよ、きた時から感じてたからね。上手くいったようで、良かったじゃないか』
その声と共に、奥にふわりと明かりが灯った。
青い、光。
それがいくつも床から湧き上がり、天井へと昇っている。まるで海の底に居るみたいな…そんな錯覚がした。
「……綺麗」
『おや、しゃべれるんだね。人の形も上手いものだ』
声が、近付いてくる。姿はまだ見えないけれど。
「マオ、気をつけろよ」
「……? なにを?」
「リズは人ではないからな、その膨大な魔力にあてられるやもしれん」
シアの心配とは裏腹に、あたしはこの空間に不思議と心地よさを覚えていた。懐かしいような、そんな不思議な感覚。そんなことを思うわけがないのに。
それからシアが、目線をまっすぐ部屋の奥へと向ける。
「あー、まぁ、もう知ってるかもしれんが、トリティアもイディアも召喚に失敗した。代わりにこの娘が召喚の陣に現れたんだが……」
やがて部屋全体を包んだ青い光が、シアやリシュカさん、そしてリズと呼ばれたひとの姿を照らす。
部屋の奥の薄いベールの向こう。そこに人影が揺らいだ。青い光に包まれながら。
『……? 何を言ってるんだい、成功したんだろう?』
「……なにがだ?」
『何がって、海神トリティアと眷器イディアの召喚さ。アタシは先代の契約のときに立ち会ってるからね。ソイツらの気配は知ってるさ』
「……待て、リズ。何を言ってるんだ? 長く生きすぎてとうとうボケたか?」
「ジェ、ジェイド様……!」
『なんだとこのクソガキが……! あいっかわらず失礼なヤツだね、この城ごとぶち殺してやろうか』
ベールの向こうの影がゆらりと動き、部屋全体も大きく揺らいだ気がした。この部屋自体が、彼女の影響を大きく受けるように。
目の前に居たふたりが、顔を見合わせ何かを思案する。
それからシアが確認するように口を開いた。
「……リズ、もしや。……居る、のか? 海神トリティアと眷器イディアが……ここに?」
シアの声音が、変わる。ふたりの間を流れる空気も。
『ああ、お前達が連れてきたじゃないか。そこに』
何の話をしているのか、いまいち呑みこめない。理解できない。
ただそのふたつの名前は、さっき散々シアの口から聞いた名前だ。
シアが求めた存在の名前。つまりあたしがこの世界にくる要因となった名前でもある。
「……え」
シアとリシュカさんの視線が、こちらを見る。その先にはあたししか居ない。
「……えぇっ……?!」