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文字数 1,481文字
「………そうか」
「うん、ありがとう、レイズ。この船い置いてくれて。とても助かったし、命を救ってもらったことは感謝してる。恩を返しきれなくて、ごめん」
言ってレイズに向かって頭を下げる。結局あたしはこの船で、ほとんど何の役にも立てなかった。
「……バカ、頭上げろ。おまえにはこっちも助けられた」
「そう、かな……何もしてないよ」
「航海の途中で専属の魔導師を失ったのは俺の責任だ。海の真ん中で魔導師の保護を失うのは船乗り達にとって恐怖だ。おまえの存在は船員達の心を支えてくれた。おまえに出会えたのは、俺にとってもこの船にとっても幸運だった」
いつも意地悪顔のレイズが、そう言って少し表情を崩す。それを見てあたしもようやく少しだけ心が晴れた。握っていた拳と頬が緩む。
それからレイズは表情を引き締め、ルチルとレピドに向き直る。その手がバンっと勢いよくあたしの背を叩いて。
「マオの降船を許可する」
レイズの言葉にふたりは頷いた。
「サー、キャプテン」
じんと熱くなる背中。それと同時に目の奥が熱くなる。
こんなの不意打ちで、ちょっと卑怯だ。
レピドとルチルが目の前で優しく笑いかけてくれて、なんとか泣くのは堪えた。
「残念です、マオ。皆あなたを気にいっていました。ジャスパーが寂しがります」
「レイもな。ふたりのかけあいを見てるのは楽しかった。船を降りてもオレ達は家族だ、忘れるな」
この船の数十人いる船員の中ではここに居る3人とジャスパーが、一番あたしを気にかけてくれていた。いきなり来たあたしを、本当の家族みたいに。
この船の人達は皆、他人のあたしに優しくしてくれた。それが本当に嬉しかった。
「つってもまぁイベルグまではまだある。港まで気を抜くなよ、マオ」
そう言ったレイズの言葉と
『――マオ!』
あたしを呼ぶその声があたしの耳に届いたのは、ほぼ同時だった。
『何か来るぞ……!』
それは船のマストに居た白いカラスから、直接あたしの元へと届いたシアの声だった。聞き間違えることのないその声。その声はあたしに、あたしだけに聞こえている。
緊迫感を纏ったそれにひかれるように、ブリッジの窓から船の前方に視線を向ける。違う、ほぼ無意識に、吸い寄せられるように。意識がそこに向かう。
「――マオ?」
怪訝そうなレイズの声が、遠い。ビリビリと、指先が震えた。
鼓動がはやまる。こんな感覚は初めてだった。
視線の先には、快晴の空。船の柱にかかる旗が風に揺らめく。
「レイズ」
あたしの様子にレイズが何かを感じ取ったようにルチルとレピドに目配せした。ふたりはそれを受けてすぐさまブリッジから駆け出ていく。
「――くる」
あたしがそう言ったのと、外の風が止んだのが、ほぼ同時だった。
「総員、配置につけ!」
いつの間にか甲板に出ていたレイズが大声で叫んだ。いくつもの足音と物音が船の上を駆けずりまわっている。
初めてのその緊張に、ふらつく足であたしもなんとか甲板に出る。マストに居た白いカラスがほのかな光を放っていた。
「何が来る、マオ」
あたしの腕を支えながら、レイズが低い声で尋ねる。レイズの顔は見れず、あたしの視線はその空に縫い付けられたまま。
「……わ、わからない……だけど、このカンジは……」
知らず体が震えた。この船に向かってくるその存在。
それがただの人間じゃないことだけは確かだ。そしてその感覚に、覚えがあるのも――
「トリティアと、似てる――」