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文字数 1,792文字
あたしの目からは無意識に、涙が零れて落ちていた。
いろんな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って流れたそれが、握っていた拳の上に落ちる。
その瞬間カタチを変えたそれに、あたしは思わず言葉を失った。
あたしの拳に落ちた涙の滴の感触が、まるで違うものだったからだ。
「……え、な、なにこれ……」
反射的に溢れる涙を自分の指先で拭う。その指を滑るようにして手の甲を転がったそれが、今度はテーブルの上へと弾き跳んだ。
カツンと小さな個体がテーブルに弾かれ、それからころころと転がる。それは向かいに居たシアの手元まで。
突然の不可解な現象に思わずあたしの涙も止まり、茫然とシアの手元を見つめる。シアが指先で摘まみ光にかざしたそれは、今さっきあたしの目から溢れたものだった。
「……結晶化か。トリティアの能力だな」
「……結晶化……?」
「ああ。液体をこうして結晶化するこの力こそ、トリティアの持つ能力だ」
言われてはっと思い出す。
船の上でリュウに襲われた、あの時。とっさに鞘から引き抜いた短剣の刀身が、薄い氷のような長い刀身になった。あれもトリティアの力だったんだろうか。
「にしてもまだトリティアの能力を上手く扱いきれていないようだな? マオ。力が際限なく顕現してしまっている」
「そんなこと言われても……未だに受け入れ切れてないんだよ、トリティアのことは。シアと似ていて強引だし勝手だし」
「はは、仮にも海の神たるものがマオみたいな小娘にそう言われては形無しだな。なんにせよ少し制御する意識をしないと、能力がだだ漏れでは体に悪いし周りへの影響も大きいぞ」
「いいよ、そんな長く間付き合う気もないから」
「そうか。……でも、綺麗だな。マオの涙の結晶とは思えん」
「ちょっとそれどういう意味」
「もらっても構わないか?」
シアは何気なしにそう言って、指先の丸い透明な結晶に向けていた目をまたあたしに向ける。
あたしは一瞬何を言われたのか分からなくて、言葉が出なかった。
「お守り、だ。これはお前に返さなくてはならないからな」
言ってシアが懐から取り出しテーブルの上に置いたのは、あたしが再びこの世界に来た原因でもある、あたしの“お守り”――お母さんの形見の青い石だった。
「約束だ、マオ。無事もとの世界に帰れたなら、もう決してこの世界に来ようとするな。それがおれからお前への、最後の望みだ」
それは。
シアからあたしへの別れの言葉だと、無意識に理解した。
「……わかった……」
また滲んだ涙を零さないよう意地で押し込む。
これ以上シアの前で泣くのは勝手だし卑怯だ。
「……では、行け。送ってやりたいところだが、生憎と
「ううん、そんなのいい。どこか、悪いの?」
よく見るとシアの額にはうっすらと汗が滲んでいる。笑みの形を作ってはいるけれど顔色も良くない。
「この体は呪われた体だからな。術で抑えていた分、それを解いた時の反動とやらが大きいんだ」
「……!」
言う間にシアの呼吸が浅くなっていくのが分かる。思わず立ち上がったあたしにを、シアが右手で制した。
「これ以上の同情は不要だ」
きっぱりと言われ、駆け寄ろうとした衝動を抑えつけられる。
そうだ、あたしにはもう。シアに触れることも、その手を取ることも、心配することでさえも許されない。それを選んだのは、あたしだ。
「そんな顔するな、マオ。お前が行った後リシュカにまた術で封じてもらうさ。一度戻ると暫くは戻れない。最後なら尚、この姿でお前を見送りたかった」
「……シア」
「最後くらい、カッコつけたいじゃないか」
そんな弱々しく笑って言われても、説得力ない。
シアは隠し事が下手で、本心を隠すなんてできないくせに。気丈に強く振る舞おうとするその姿のどこかに、必ずと言っていいほど僅かな弱さを滲ませてしまうくせに。
堪えきれず頬を流れた涙を手の甲で拭う。手の甲からも零れたそれは、今度はそのままテーブルに吸い込まれた。
「ありがとう、シア」
できる限りの笑みを作り、テーブルの上のお守りを手に取る。
やっと、戻ってきた。
嬉しいはずなのに。これで良かったはずなのに。
何か大事なものを引き換えにしてしまった錯覚に、心が震えた。