(6)

文字数 1,678文字


「いつまでそうしてんだ」

 突如、扉の向こうから投げかけられたそれが、自分宛てだとすぐに分かった。
 レイズの声。また、不機嫌そうな。

「……っ」

 流石に、バレていた。もう十分近くも扉の前でこうしていれば当然か。
 固まっていた手を動かし、一応ノックをする。相手にバレて居ても最低限のマナーだ。

「……マオです」
「入れ」

 間髪入れずに返事は返ってきて、ドアノブに手をかける。冷たい感触に背筋までひやりとした。
 ゆっくり回して押し開ける。部屋から漏れる明かりが足元に濃い影を作る。
 部屋の中には思ったよりも薄暗かった。ドアのすぐ傍に、カンテラの明かり。

「風呂に何時間かかってんだ。ジャスパーを独占すると飯が遅れんだ、気をつけろ」

 そう言った声は、予想よりずっと近く。ドアを開いたすぐ脇に、壁にもたれたレイズが居た。

「……!」
「ぐずぐずすんな、さっさと済ませるぞ」
「えっ、な、なにを……!」

 いきなりぐいと手をひかれ、部屋の中に引っ張り込まれる。
 それからレイズはガチャリと。扉の鍵を閉めた。

「……どうして……閉める、の……」

 余計なことは訊かない方が良い。だけどあまりの恐怖に、声に出さずにはいられなかった。
 掴まれた手が痛い。振り解けない。
 蜂蜜色の髪の隙間から、またあの瞳。頭のてっぺんから爪先までその視線が這う。
 ジャラリと腕のブレスレットが鳴った。

「他のヤツらには、見られたくねぇことするからだよ」

 言ったレイズはそのままあたしの手を半ば強引にひき、部屋の奥にあったベッドに放った。ギシリと古いベッドの軋む音が、船の揺れに重なった。

「服、脱げ」

 抵抗はすべて無駄だった。
 ベッドの上に組み敷かれて、どこからか出てきた布で腕を縛られた。レイズの頬にはついさっきあたしが引っ掻いた跡が赤く走る。縛られた腕はその報復だ。
 しかめっつらのレイズは心底面倒くさそうに着たばかりのあたしの服を剥いだ。あたしは涙目で睨みながら、ぎゅっと唇を噛みしめる。

 数分前、叫んだその後でまた強引に口を塞がれて、「舌噛み切るぞ」と脅された。普通逆だと思う、その脅し文句は。
 でもあたしはレイズにとって人質でも価値のある存在でもないので、当然だった。
 平常時にされたキスは衝撃的すぎて、一瞬の隙にあたしはレイズに組み敷かれて今に至る。
 そんな場合じゃないけど。今さらだけど。本当にそんな場合じゃないことは、分かっているんだけれど。
 ――ファーストキスだった。
 海で溺れた後のやつあれこれはカウントしないと決めていただけに、ショックだった。

「手間かけさせやがって、別に痛くはねぇよ」
「……っ」

 その物言いにカチンときたけれど、言葉が出ない。文句を言ってまた強引に唇を塞がれるのがイヤだった。
 こわくて悔しくて、涙が流れた。
 ひかれるように唸るように、小さく言葉が漏れる。
 無意識に出た恨み言に近かった。睨んだ目が交差する。

「……見損なう……ジャスパーはあんたのこと、優しいって言ってたのに……!」
「は、海賊相手になに言ってんだ」

 それは、正論かもしれない。自分が、甘いのかもしれない。
 だけど理不尽だ。
 ひやりとした感触が腹を撫でる。思わずびくりと体が跳ねた。
 レイズも多くの装飾品を身に着けていて、指先や手首にもそれはたくさんあって。
 晒された肌にそれが不愉快だった。触られるのが、イヤだった。

「……何も泣くこと無ぇだろ。こんなのたいしたことじゃない。痕が残るわけでもねぇし」
「……うるさい、もうあんたの言うことなんか信じない……!」

 体の輪郭をなぞるように撫でていた手が、心臓の上で止まる。どくどくと、熱く脈打つ鼓動。自分でも痛いくらいにそれを感じた。
 ギシリと、レイズが体勢を変える気配を空気越しに感じる。固く瞑った瞼の向こうで、もう見る気はなかった。

「……ガキに興味は無ぇが、なるほどベッドの上で泣かれると、それなりにそそる」

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