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文字数 2,018文字
――約2年前の前国王急逝時、当時のジェイド殿下はまだわずかばかり戴冠の資格をもたなかった。王位継承に次いで名前が挙がったのが、ジェイド殿下の義兄、シェルスフィア・シ・エル・ジョナス殿下だ。
当時ジョナス殿下はすでに17という年で戴冠の資格は十分に満たしていた。だがジェイド殿下は王妃の嫡男で、ジョナス殿下は側室の子だ。身分も王室の中では相当下の方だったと聞く。本来なら王位を継ぐ可能性は低かった。
ジェイド殿下が15を迎えていれば何の問題も無かったが、王族が戴冠資格を無視するわけにもいかない。国王の座には国民が皆注目していた。
しかしある日突然、ジョナス殿下が国から追放された。俺たちに真実は分からねぇが、名目は臣下暗殺を企てたとされている。まぁどうせ覇権争いに巻き込まれたんだろうな。気の優しい人柄だっただけにいいように使われたんだろう。
王位も名も城も、国さえも追われた殿下が今どこで何をしているかは分からない。確かなのはもう、この国には居ないということだ。
――淡々と話すレイズの言葉はどこか感情を置き去りにしたものだった。
「……」
王位の争いに、義理のお兄さんの国外追放。そんな話はシアから聞いていなかっただけに、ショックだった。
でも考えてみれば、シアがすべてをあたしに話す必要などどこにもないのだ。あたしにだって話したくないことがあるように、シアだって口にしたくないことはある。こんな複雑で重要な内容だったら、なおさら。
「……その、式典っていうのは……?」
「ちょうど明日、現国王の生誕式典が行われる。王国公式の式典は2年前の戴冠以来だ。現状を踏まえて、国の采配が問われるだろう。時期が時期なだけに、重大な発表もあると皆噂している」
「重大な発表って?」
「さぁな、俺たちが知るかよ。まぁ一番濃厚なのは、隣国アズールフェルに関わることだろう。第一王女との婚約の話は前から出ていたしな。陛下も明日で17だ、婚姻の資格を得る。婚約発表じゃなかったとしたら、戦争開示だ。第一王女との婚約を断ったとしたら間違いなくアズールはシェルスフィアに戦争を仕掛けてくる。以前からアズールとの関係は最悪だったし、婚約自体がアズール側の最後の譲歩だったんだろう。国王の婚約か、戦争か。そのどっちかだと俺たちは踏んでる」
「――――17?」
レイズが教えてくれた内容はいろいろと衝撃的だった。
隣国の王女との婚約、もしくは戦争。
事態は最悪な方向へと近づいているのだろうか。シアはそんな状況の真っ只中に居る。
だけど何より一番に意識をもっていかれたのは、その数字だった。
「17? 17歳ってこと? シ、じゃない、国王陛下は17歳なの?」
「なんだよ急に、だから明日を迎えて17になるんだよ。正直俺は幼い頃の顔しか見たことないが、王族一の美貌だと聞く。最後に国民に姿を見せたのは2年前だが、あの頃よりも大人になっているはずだ。明日の式典の映像が広場で見られるから皆そういう意味でも注目してんだろ」
17歳?
ということは、あたしよりも年上?
あの、シアが?
レイズの口から出た名前は、確かにシア本人から聞いた名前だ。シアが偽っているとも、レイズが間違っているとも思えない。頭の中でシアの姿を思い起こす。
あたしよりも目線は低く、幼いと思った横顔。物言いこそ上から目線だったけれど、王族なのだからと思えば気にはならなかった。
あたしの目に映るシアは、少なくとも17歳には見えない。それどころか15歳にすら見えなかった、そう、もっと年下だと。11~12歳くらいの、男の子だった。ずっとそう思っていた。
「だ、だまされた……」
「? なに言ってんだおまえ」
「なんでもない……」
シアへの印象が覆されたことに衝撃を走らせると同時に、シアの言葉をふと思い出す。
『リズとリシュカのお陰で進行を遅らせる術をかけている。反作用もあったりと厄介だが、すぐには死なないさ』
そうか、確かそんなことを言っていた。シアのあの姿は、迫りくる死の呪いと、そしてそれを抑える術がかけられた後の姿なんだ。
あたしが勝手に見た目でシアを子どもだと思い込んで、勝手に同情したりして。バカだな、ホント。
それでシア自身の何かが変わるわけじゃない。その背に背負うものもまっすぐなその心も、シアだ。
「――で、おまえ、どうするんだ。港に着いたら」
ふと、レイズが話題を変える。その視線をあたしに向けながら。あたし達を残したのはその確認の為だったんだと悟る。ルチルとレピドの無言の視線も黙って答えを待っていた。
少しだけ間を置いて、だけど用意しておいた答えをまっすぐレイズに返した。
あたしの心も、決まっていた。
「船を降りるよ。もと居た場所に戻る。それがあたしにとっては、一番良いと思うから」
当時ジョナス殿下はすでに17という年で戴冠の資格は十分に満たしていた。だがジェイド殿下は王妃の嫡男で、ジョナス殿下は側室の子だ。身分も王室の中では相当下の方だったと聞く。本来なら王位を継ぐ可能性は低かった。
ジェイド殿下が15を迎えていれば何の問題も無かったが、王族が戴冠資格を無視するわけにもいかない。国王の座には国民が皆注目していた。
しかしある日突然、ジョナス殿下が国から追放された。俺たちに真実は分からねぇが、名目は臣下暗殺を企てたとされている。まぁどうせ覇権争いに巻き込まれたんだろうな。気の優しい人柄だっただけにいいように使われたんだろう。
王位も名も城も、国さえも追われた殿下が今どこで何をしているかは分からない。確かなのはもう、この国には居ないということだ。
――淡々と話すレイズの言葉はどこか感情を置き去りにしたものだった。
「……」
王位の争いに、義理のお兄さんの国外追放。そんな話はシアから聞いていなかっただけに、ショックだった。
でも考えてみれば、シアがすべてをあたしに話す必要などどこにもないのだ。あたしにだって話したくないことがあるように、シアだって口にしたくないことはある。こんな複雑で重要な内容だったら、なおさら。
「……その、式典っていうのは……?」
「ちょうど明日、現国王の生誕式典が行われる。王国公式の式典は2年前の戴冠以来だ。現状を踏まえて、国の采配が問われるだろう。時期が時期なだけに、重大な発表もあると皆噂している」
「重大な発表って?」
「さぁな、俺たちが知るかよ。まぁ一番濃厚なのは、隣国アズールフェルに関わることだろう。第一王女との婚約の話は前から出ていたしな。陛下も明日で17だ、婚姻の資格を得る。婚約発表じゃなかったとしたら、戦争開示だ。第一王女との婚約を断ったとしたら間違いなくアズールはシェルスフィアに戦争を仕掛けてくる。以前からアズールとの関係は最悪だったし、婚約自体がアズール側の最後の譲歩だったんだろう。国王の婚約か、戦争か。そのどっちかだと俺たちは踏んでる」
「――――17?」
レイズが教えてくれた内容はいろいろと衝撃的だった。
隣国の王女との婚約、もしくは戦争。
事態は最悪な方向へと近づいているのだろうか。シアはそんな状況の真っ只中に居る。
だけど何より一番に意識をもっていかれたのは、その数字だった。
「17? 17歳ってこと? シ、じゃない、国王陛下は17歳なの?」
「なんだよ急に、だから明日を迎えて17になるんだよ。正直俺は幼い頃の顔しか見たことないが、王族一の美貌だと聞く。最後に国民に姿を見せたのは2年前だが、あの頃よりも大人になっているはずだ。明日の式典の映像が広場で見られるから皆そういう意味でも注目してんだろ」
17歳?
ということは、あたしよりも年上?
あの、シアが?
レイズの口から出た名前は、確かにシア本人から聞いた名前だ。シアが偽っているとも、レイズが間違っているとも思えない。頭の中でシアの姿を思い起こす。
あたしよりも目線は低く、幼いと思った横顔。物言いこそ上から目線だったけれど、王族なのだからと思えば気にはならなかった。
あたしの目に映るシアは、少なくとも17歳には見えない。それどころか15歳にすら見えなかった、そう、もっと年下だと。11~12歳くらいの、男の子だった。ずっとそう思っていた。
「だ、だまされた……」
「? なに言ってんだおまえ」
「なんでもない……」
シアへの印象が覆されたことに衝撃を走らせると同時に、シアの言葉をふと思い出す。
『リズとリシュカのお陰で進行を遅らせる術をかけている。反作用もあったりと厄介だが、すぐには死なないさ』
そうか、確かそんなことを言っていた。シアのあの姿は、迫りくる死の呪いと、そしてそれを抑える術がかけられた後の姿なんだ。
あたしが勝手に見た目でシアを子どもだと思い込んで、勝手に同情したりして。バカだな、ホント。
それでシア自身の何かが変わるわけじゃない。その背に背負うものもまっすぐなその心も、シアだ。
「――で、おまえ、どうするんだ。港に着いたら」
ふと、レイズが話題を変える。その視線をあたしに向けながら。あたし達を残したのはその確認の為だったんだと悟る。ルチルとレピドの無言の視線も黙って答えを待っていた。
少しだけ間を置いて、だけど用意しておいた答えをまっすぐレイズに返した。
あたしの心も、決まっていた。
「船を降りるよ。もと居た場所に戻る。それがあたしにとっては、一番良いと思うから」