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文字数 2,162文字


 アクアマリー号へ戻ると、船の周りは随分賑やかだった。
 既にそれぞれの船員配備命令がなされ、荷物を移動したり航海の準備にとりかかっているようだ。
 船の外に見知った顔は見当たらない。ジャスパー達やレイズは、中なのだろうか。
 他の船員達からの視線が痛い。視線の的となっているのはイリヤだ。やはりみんな目に留めずにはいられないのだろう。

「帰ったか、マオ」

 アクアマリー号の甲板から降ってきた声に顔を上げると、そこにはレイズが居た。あたし達の姿を確認し、少しだけほっとしたような表情を見せる。

「……ってなんで増えてる。誰だそいつは」
「あ、あのレイズ。実はこの子について相談というか、話が……」

 しどろもどろと言ったあたしに、レイズが心底呆れたように表情を崩した。なんとなく察しがついたようだった。

「ったく、次から次へと……まぁいい。俺もおまえに話がある。ひとりで俺の部屋に来い。ついでにおまえの話とやらも聞いてやる」
「わ、わかった……」

 既に叱られたような気持ちで返事し、乗船用の梯子へと向かう。その後をクオンがついてきてるのに気付いて、慌てて足を止めた。

「クオンはイリヤについててあげてよ。まだレイズの許可もとってないし、なんとかお願いしてみるけど……」
「私の役目をお忘れですか」
「え、あたしの師匠?」
「いいえ。ジェイド様より個人的に受けた命です。私は貴女の護衛を任されています。貴女の側を離れるわけにはいきません」

 僅かに声音を落としたまま言うクオンに、あたしは思わず頭を抱える。
 そういえばそうだった。クオンにとってシアの命は絶対なのだろう。

「だからって、本当に四六時中側にいるわけにはいかないでしょう? 乗船すれば船の上でそれぞれの役割があるんだよ。クオンにとって最重要任務は別でしょう? その為にはレイズの協力と信頼を得なきゃいけない。危ない時はちゃんと助けを呼ぶ。だからあたしのことも信頼して欲しい。レイズとふたりで話をさせて」

 あたしを見下ろすクオンの目を見つめ返したまま、なるべく気持ちを込めて説明する。クオンは暫く思案した後、どこかまだ不本意さを滲ませたまま頷いて見せた。

「……分かりました。ですが、ひとつだけ。あのレイズという男は信頼できる人物ですか」

 これから自分が身を置く船と船長だ。だけどあたしと違ってクオンにとってはまだ信頼できる場所ではないのだ、ここは。
 自分の配慮が足らなかったのだと反省する。それから安心させるよう、笑って答えた。

「信頼できるよ。見ず知らずのあたしのこと、助けてくれたの。あたしはこの船の人たちのこと、心から信頼してる」

 あたしの言葉にクオンは黙って頷いた。
 それを見届けてから乗船用の梯子を上り、あたしはレイズの待つ船長室へと入っていった。
 船長室のドアをノックし、合図を待って部屋に入る。
 部屋の奥のベッドに腰掛けたレイズが、視線だけをあたしに向けていた。
 相変わらず不機嫌そうだ。あたしに対してだけ。原因はあたしにあるので仕方ない。
 ゆっくりとドアを閉めて、レイズの前に歩み寄る。足を組んでその上に肘をついたレイズは、あたしがその目の前まで来て漸く口を開いた。

「先にこっちの話からだ。船の船員配備についてだが……」

 その内容に思わずドキリとする。ずっと気になっていた内容だ。

「もう船員通達は終えてそれぞれ移動や準備を始めてる。決定が覆ることはない。それを踏まえて、一応お前の意見も聞いとこうと思ってな。お前、女の船員とジャスパーだったらどっちが良い」
「……え……」

 そんなことを訊かれると思ってなかったので、意外だった。あたしの意見を聞いた所でもう今さらだろうし。だけど訊かれた以上答えなければ。本心を。

「あたしは、ジャスパーが良い。ジャスパーが一緒に行ってくれるのならだけど」

 確かに船に女の人が居ればいいと思ったことは何回かある。レイズにもそう言った記憶があるから、それにも関係しているのかもしれない。だけどどちらかと問われるならジャスパーを選ぶ。例えそれがワガママでも。

「……ここまで乗船してきたメンバーで今回の航海に連れていくのは、10人だ」

 ――10人。全体で何人になるのかは分からないけれど、その内の10人というのはどうなんだろう。
 ここに来るまでアクアマリー号に乗船していた船員は約40人だ。そう考えると少ない印象だった。それ以外は他の分船からのメンバーが補充されるということになる。

「じゃあ次だ」
「えっ終わり?! 結局どうなったのかは……」
「出港時分かる。船員達に出航の目的とおまえ等のことは一応言ってあるが、顔合わせは今夜だ。どうせ今夜は宴になるだろうしな」
「そ、そっか……その、本人に聞いたりとかは……」

 思わず小さくなる声で尋ねたあたしに、レイズが「勝手にしろ」と瞼を伏せる。
 許可が出たのでそうさせてもらうことにする。直接ジャスパーに聞いてみよう。
 もしここでお別れならたくさんお礼を言いたい。あの船で多くの人と言葉を交わしたし名前だって覚えた人はたくさん居る。
 だけどやっぱり、ジャスパーは特別だった。

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