(8)

文字数 2,124文字


 そんなの、重すぎる。いきなりこの船の全員の命を背負わされるなんて。
 今さらながらに魔導師だなんて嘘をついたことを後悔する。だけどここまで来て撤回できる空気じゃない。
 この世界に来て魔法や魔力には何度か触れた。自分の中に居るというその存在も、感じることはできる。だけどそれはあちらから接触がある時のみだ。自分から望んで関わろうとしたわけではない。すべて不可抗力だ。

「……別に、おまえひとりにそこまでの責任を負わせようとは思ってねぇよ。船長は俺だ。この船の責任はすべて俺にある」

 言うのと同時に鎖骨にまで伸びていたレイズの指が肌から離れる。「少し乾かすから動くなよ」と言われ、あたしはまだ動けない。

「多少の失敗は譲歩してやる。まだガキみてぇだし。ただ、努力はしろ」

 レイズの言う通りだ。ここまでのすべてが、不本意だったわけではない。少なくともここに、シェルスフィアにもう一度来ることを望んだのは自分だ。
 ジャラリと頭の上で音が鳴る。頭の上で縛られた腕の、ジャスパーにもらったブレスレット。魔除けのお守りだ。
 ジャスパーもレイズも、少なくともこんな見ず知らずのあたしに守りをくれている。あたしにはそれに報いる義務がある。

「……わかった。努力する」
「いいだろう。それから、この船で特別扱いはしない。船の見張りに加わってもらう。交代制だ、最初はジャスパーと一緒にやれ。だが、ある程度の処遇は考える。ガキとはいえ女だしな。部屋はこの部屋を使え。ここなら内から鍵がかかる。ただし変なマネしたら即海に投げ捨てるからな」

 また物騒なことを言いながら、腕をしばっていた布を解いてくれた。流石にもう抵抗しないと判断したのだろう。

「わかった。そのかわり、レイズ。あたしはもう15だよ。ガキ扱いしないで。それと今後許可なく、触れたりしないでほしい」

 体を起こしながら剥がれた衣服を集めて、見よう見まねで体に巻きつける。いまいち着方が分からない。後でジャスパーに教えてもらうか、制服が乾いていたら着替えたい。
 胸元に視線をやると、肌に咲くような青い色。
 心臓から延びる蔦のように、青い文様が鎖骨あたりまで描かれているのが布の隙間から見える。

「……ほう、言うな。確かに15は立派な成人だ。だがこの船に居る以上、おまえは俺に従う義務がある。それに触るなと言われると触りたくなるな。この船の男共は皆女には飢えてる」

 言ったレイズの目が細められ、あたしを見据える。また、獲物を見るような目だ。彼の放つ空気がそう見せる。

「キスも肌に触れるのも、信頼の上に成り立つものよ。あんたと恋人になりたいとは思えない」
「は、俺だっておまえみたいなガキは願い下げだ。どこ触ってもつまらな過ぎるし」
「だからガキじゃないってば! とにかく、キスは好きな人としかしたくないの!」

 叫んでから、思わず口に手をやる。
 自分でも意外だった。たかがキスに、そんなにこだわるだなんて。
 だけどあたしは今まで彼氏も好きなひとも居なかった。別にいつか王子様がなんて夢見ているわけはないけれど、それでも。
 恋に憧れている気持ちがないわけじゃない。好きなひとがいい。許すひとは、選びたい。
 だって大事なものでしょう?

「キスなんて挨拶代わりだぜ?」
「あたしが育った場所では違う。そんなカンタンに、触れていいものじゃない」

 言いながら唇を噛みしめる。
 言葉にすると、どうして。ひどく子どもじみた理由に思えた。

「……くっ、面白いなおまえ」
「そんなの求めてない、笑われるようなことを言ってるつもりもないし」

 じろりと睨むと、レイズは今までみた中で一番小馬鹿にしたように、至極楽しそうに笑っていた。それが余計に幼稚だと言われているようで腹が立つ。

「キスは検討しよう。ただ船乗りにとって腕の中に抱いた女にキスをするのは流儀だ。ただ肌に触れるなというのはな……船員の刺青は船のルールだ。誰かにやってもらわなくちゃならない。まぁ〝触れられてもいい相手″とやらを見つけて、やってもらうんだな」
「じ、自分でやっちゃダメなの?!」
「守りの(まじない)は他人にやってもらうことに意味がある。俺が毎日、やってやってもいいが?」
「だったらジャスパーに頼むからいい!」

 なんて厄介なルールだろう。だけど集団生活や特別な場所に置いて、それは最も重視しなければならないことだということは、学校でも学んでいることだ。その場所にはその場所のルールがある。

「まぁせいぜい3日の付合いだ。気を付けるんだな、いろいろと」

 ひどく意地の悪い笑みを向けたレイズはベッドから立ち上がり、それからぐしゃりとあたしの頭を乱暴に撫でる。触るなって、言ってるのに。
 睨むけどちっとも効かない。絶対面白がって、わざとやってるんだ。
 環境が違い過ぎるのだ。そこはもう、どうすることもできないだろう。ましてやあたしは拾われの身だし。
 あたしもそこまで気にしない努力をしながら、自分の身を守るしかない。
 そしてこれからのことを考えなければいけなかった。


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