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文字数 1,713文字
足元も、ついた背中もギシギシと揺れていた。
ようやく呼吸を取戻しつつある体と思考で目の前の相手を見る。ついさっき随分と乱暴に水を与えてくれた人だ。
蜂蜜色の長い髪を、片側で細い三つ編みにしていて、頭や体には布が巻かれている。隙間に光る装飾の石。目元までかかる前髪にその瞳の色はよく見えない。だけど自分を射るその光は鋭い色をしている。
何より目をひいたのは、、青い刺青だった。紋様のようなそれは、頬や二の腕や胸元などの露出した部分から存在を主張する。少し日に焼けた肌にありありと、青い警告が走っている。
――海賊。
ここは海の上で、そしてここは海賊船の中。逃げ場は無い。
ぐるりと囲まれたいくつもの視線の先に自分は居る。呑み込むように理解した状況に眩暈がした。
最初に来た時より最悪の状況だ。
「――どうした、話せるんだろ?」
威圧ある声がさらに重く向けられる。視線の鋭さも増して、どくんどくんと心臓が早鐘を打つ。
なんて答えるのが良いのか。自分の身を守る為には、どんな回答が一番最善か。頭の中でぐるぐる考える。
シアは話を聞いてくれた。だけどリシュカさんは、容赦なくあたしを斬り捨てようとする人だった。
相手にとって大事なのは、自分という存在が敵か味方か。有益か不必要かだ。
「……あたし、は……」
反射的にすがった胸元に、お守りの石はない。その事実を思い出してじわりと涙が滲んだ。
ここに来たいと願った理由。ちゃんと、覚えてる。カンタンに殺されたりなんか、してやるもんか。
「今、修行中の、魔導師なんです……!」
精一杯叫んだあたしの言葉に、あたりがしんと静まりかえる。
気まずい沈黙。だけどこちらからしたら真剣そのもの。命をかけた、はったりだ。
「……魔導師だと……?」
「……」
怪訝そうな目が距離を詰める。あたしはなるべく視線を逸らさずにこくりと頷く。
あたしが知るこの国の情報は、シアから聞いた情報しかない。その中で目の前の海賊たちにとって有益になるもの。自分をここで殺してはまずいと思わせるもの。
『精霊は神官や魔導師達が言葉を交わすことができ、生きていく上での知恵や力を借りるんだ』
『だけど誰でも、ってわけじゃない。魔法や術や儀式には必ずルールがあり、素質と資格が要る』
そう、きっとこの国でそういった類の人たちは、希少な存在のはずだ。この世界の人間でないとはいえ、自分にそういった力があるとは思っていない。
だけどここに、このシェルスフィアに自分の意志で来た以上、何も持っていないとは思わない。不本意ではあるけれど、自分がもうただの普通の女子高生とは思えない。
何よりここで殺されるわけにはいかないんだ。
沈黙を破ったのは、すぐ目の前のレイズと名乗ったこの海賊船の船長だった。
「……なぜこの海域に?」
「……そ、そう、示されたから」
「……所属は?」
所属?
そういったものに属しているのが普通なの?
やはりあたしにはこの国の情報が足りな過ぎる……!
ヘタな嘘は命取りだ。相手を騙すなら真実を上手に混ぜなければいけない。何よりこれ以上の嘘はもう出てこない。
「……な、ない……!」
また、沈黙。
やはりムリがあるだろうか。信憑性は乏しいし何より怪しいのは自分でもわかる。
その時、すぐ目の前でふ、と息を吐き出す音が聞こえた。
「――いいだろう。ちょうどこの船の魔導師がつい先日欠けたところだ。港に着くまでは、置いてやる」
レイズの言葉に周りの船員であろう男たちがざわついた。思わず息を呑んで顔を上げる。
「港に常駐の魔導師に視させりゃ本物かは分かる。実際の判断はそれからすりゃあいい」
「いいのかよ頭!」
「イベルグで補充しようと考えてたんだ、金出さずに済むならこしたことは無ぇ」
「でも見習いつってたろ、海で溺れるようなヤツじゃ逆にお荷物じゃねぇか」
「いいさ、女の魔導師も貴重だしな。最悪――」
その目が細められまっすぐ射抜かれる。本能的に感じる、値踏みするような目。
「生娘は高く売れる」