(5)

文字数 1,195文字

 そんなことを言われたのは生まれて初めてだった。そんなにも必要とされたのは。そしてそれを、言葉で示されるのは。
 だからこれは、仕方ない。不覚にも少しだけ心が揺れたとしても。

「……でも、あたしは、……ただの、人間だから……そうだ、また術か何かで、そのナントカって神様をあたしの中から取り出せないの?」
「……人間の中に神が入り込むなんて聞いたことが無いからな……術のリワインドなんておれはやったことが無い。リシュカ、お前は?」

 シアの少しだけ傾げた頭の奥で、相変わらずフードと薄闇に紛れたリシュカさんが少しだけ月明かりの下に姿を晒す。

「私もありません。ただそういった内容の文献を読んだことはありますが……確証はありません。対象が異なります」
「どの道後が無いんだ、やってみよう。ではマオには方法が分かるまで協力してもらおう」
「ねぇ、だったら……! 他の神様や武器じゃ、ダメなの……? わたしじゃなくて……っ」

 あたしの中に何かが居るとしても、今の所実害は感じられない。実感も沸かないし、まだ半信半疑なのだ。
 いっそもう諦めてくれないだろうか、あたしごと。神さまの力をあたしが使えるとも思えないし。

「……おれはもう、一度言ってる」
「……え……」

 まっすぐ、目の前でシアがあたしを見つめる。子どもらしくない頬杖をついて、大人みたいな声音で。

「おまえじゃないとダメだ」

 シアは決して、視線を逸らさない。

「さっきも話した通り、我が国は代々神や精霊を従えることによって国を守り築いてきた。それは建国王がこの国を築いた証であり、永く王族の血に刻まれた契約だ。おれが召喚し契約できる対象は、この血によって決められている」
「……どんな神様も、ってわけじゃ、無いんだ……」
「元々神々はおれ達人間と争っていたぐらいだからな。しかし中には気まぐれで気分屋でモノズキな神も居る。なぜかおれ達人間に、手を貸すものも。だけど誰でも、ってわけじゃない。魔法や術や儀式には必ずルールがあり、素質と資格が要る。この国で神々の召喚と契約ができるのは、王族だけだ」

 そう話すシアは、伏せ目がちに窓の外を見つめた。その理由を、その哀しげな理由を、あたしは知らないけれど。
 その青い瞳が僅かに揺れていた気がして何故だが胸がちくりと痛んだ。
 言いたくないことを、言わせた気分だ。

「契約は……今じゃないと、ダメなの……?」

 訊いたあたしにシアが視線を向ける。月明かりに濡れた目にあたしをしっかりと映して。
 いつの間にかリシュカさんはまた後ろへと下がり暗がりの中気配を消していて
 まるで世界にふたりきりのような不思議な錯覚がした。
 月明かりの下の切り取られた世界にふたり。

 シアが少しだけ笑った。泣き笑いみたいなへたくそな笑みで。


「戦争が起こる。この国で」

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