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文字数 2,498文字

―――――――…


 買い出しから戻るなり、船員の招集がかかった。全船員が、アクアマリー号前に集合している。
 こうして見るとアクアマリー号の船員が一番多かったらしい。以前ジャスパーが言っていた通り、ちらほらと女のひとの姿も見える。あたしよりは確実に年上で、やはり露出した肌には青い刺青。やけに美人揃いなのは気のせいだろうか。

 船員配置には大いに興味があったので、その発表だろうとあたしも人だかりの後方で様子を見ていたら――

「お前とクオンは暫く席を外せ。後で諸々含めて呼ぶ」

 と、レイズにあっさり追い出されたのだ。
 なのであたしとクオンは暫く手持無沙汰になり、結果クオンの本来の使命のひとつである“指南”を全うすることになってしまった。
 あたしの力に関することやトリティアに関わる事象は一通りシアに聞いていたらしく、ひとまずできることを見せてみろということになったのだ。

 そうしてあたし達は今、イベルグの東海岸に来ている。
 その場所を指定したのはクオンだった。

 あの不思議な歌声はまだ聞こえている。その声は気になったけれど、流石にあのままジャスパーを連れてここに来るわけにはいかなかった。奴隷として売買された過去のあるジャスパーを、こんなところへは。

「すごい人……まだその競りってのが、やってるのかな」
「競りにかけるような商品は、そうそう簡単に入手できませんから。本来競り自体が行われるのも数か月に一度と聞きます。ある程度商品を確保し、充分に告知して人寄せをしなければ彼らも儲けが得られないのでしょう」
「……じゃあ、“この海で最高の商品”っていうのも……」
「本当に目玉商品でしたら一番最後でしょう。まさに頃合いかもしれませんね」

 先ほどまでと違ってあたしの前をすたすたを歩きながらクオンは冷静に答える。
 この人混みで不思議なくらいに人を避けるのが上手い。あたしはさっきから数歩歩くたびに人にぶつかっては頭を下げるの繰り返しなのに。

「……聞いていい?」
「なんですか」
「……不法売買なんでしょう……? 国が取り締まったり、しないの……?」
「現状できません。国がそう公約を交わしてしまっています。制約はありますし兵士が監視につきます。ですがその中でのことであれば、現状我々は口出しできません」
「国が人身売買を認めてるっていうの?!」

 思わず上げた声に、クオンがちらりと振り返りまた前を向く。気に留める様子もなくまた早足で。

「ここでの“売買”はある種の“保護”と同義になります」
「……保護?」
「彼らが値を釣り上げる為に商品だと触れまわる所為でそういうイメージがあるのは認めます。ですがここでの競りの対象となるのは、例えば領土を追われた希少種族、血統、移民等の特異な人種です。そういった人種は一般の人に紛れて生きていくのが困難な為、人の助けを借りなければいけません。ここは住処を失ったある特定下の条件における人間とその身を請け負う人間との仲介所というのが国での認識です」
「……い、意味がよく分からない……」

 頭を抱えながら呟いたあたしに、クオンは今度は振り返らず続ける。

「貴女はこの国の……この世界の人間ではないと聞いています。ある程度の歴史や分化や風習、人種の違いは理解できますか」
「……少しは、理解しているつもりだけど……」

 そもそも魔法だとか精霊だとか神さまだとか。そういったものとはかけ離れた世界に居たのだ。
 だけどこの世界で過ごしていく中で、そして自分の身を持って体験する日々の中で、それはもうあり得ない話でも無関係なものでもないと理解している。

「例えば魔力を食わねば生きていけない者。精霊と人の間に生まれた者。陸では生きていけない者。この世界にはそういった人種が存在します。殆どの人種は長い歴史の中で特定の住処を追われ数を減らしたり、身勝手な人間によって狩られたり、もしくは歴史上において抹消されたりしてきました。ですが不思議なことにそれらの種族は、絶えることはありません。時折長い歴史の節目にふと息を吹き返すのです。しかしその時彼らには適した住処も環境もありません。ですからそれらを用意でいる人間が、彼らを引き取るのです」
「ならどうしてお金をかけるの? 保護だっていうなら、無償で引き取って守ればいいじゃない」
「まず第一に、彼らを保護する上では莫大な資金が必要になります。なので引き取り手は貴族や富豪に限られてきます。そして第二に、彼らは例外なく特出した能力を持つ者ばかりです。生まれ持つ容姿や力は、それこそ希少価値の高いものでしょう。そして数が限られてくる。だからこそ連中は、欲しがる。結果いつの間にかこういったシステムが生まれ根付いたようです。不法として名がつこうが、大元で国が許可している以上、我々に口出す権利はありません。国が彼らすべてを引き取り養うことは、現状できないのですから」

 クオンのひたすら淡泊な説明は、なんだかひどく他人事に聞こえた。それに余計に胸がこじれる。

 “仕方ない”で済む問題なの?
 例えば安全や保障を手に入れたとして。
 そこに“自由”は、あるものなの?

「おそらくジャスパーが売買されたのはこういったギルドの商人ではなく国外の略奪船でしょう。女子供は彼らの対象となります。海上における目の届かない出来事に、国は保証できません。少なくともここで奴隷として売られる者は居ません。彼が認識している不法売買とは少し違いますよ」
「バカ言わないで。違うわけないでしょう」

 少なくともジャスパーは、違うなんて思ってない。じゃなかったらあんな表情をするわけない。
 どんなにイイワケめいた理由があったって、それがこの国の国民なら、守るべきじゃないの? 等しく同じ条件で、生きる権利があるはずだ。

 クオンの振り返る気配を感じたけれど、あたしはその顔を見たくなくてわざと俯いて歩いた。
 しばらく歩くといつの間にか人混みを抜け、目の前には海岸が広がっていた。


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