ミッドサマーロワイアル2 アナザーストリー~子会社へ。雌伏でなく武者修行編~

文字数 2,000文字



これは五輪正式種目になったeスポーツの初代金メダリストが、その稀有なる才能を、覚醒そして爆発させたあとの物語である。

第22話
『決戦前夜。師匠から授かる最後の教え。そして最愛のあの子と迎える夜明け』


*******



 師と仰ぐ老人が顔をあげた。焔に照らされたような眼差しを、姿勢をただす俺へ向ける。いつものくだけた顔立ちに戻る。

「人生も所詮はさもないゲームだよ。だから訓にも、ネット上のお遊びに通じ得るものがある。たとえば甘酸辛苦」

 四つの味覚をeスポーツに活かせと? ……その真意は人生の妙味かも。勝負の結果だけを求めるな。それを伝えたいのだろう。齢二十六の俺には難しすぎるな。

「雑念を捨てて、明日の戦いに挑みます」

 予想外に注目を浴びた社内eスポーツ大会。あれから一年が過ぎた。祝賀パーティーでの俺の席は一番上座で隣に専務がいた。そこで出向を命じられた。修行という言葉を使われた。
 そして素晴らしい人々と巡り会えた。

「僕のジョークを真面目に受け止める堅苦しい宮沢君に、もうひと文字さずけよう。『(カン)』だ」

「『しおけ』ですね」

「さすがだね。それを『甘』と結びつけられたなら、あの男を怖がる必要ないかもな」

 甘みと塩味の融合。甘ったれた俺を指しているのは分かるけど、もう一文字が意味することはなんだろう。

「なにに困惑している? 分からないなら囚われない。ここを囲む山脈のように泰然としよう。そして明日に備えて休みな」

「ありがとうございます。自室に戻らさせていただきます」

 名残惜しいけど、いつまでもここにいてはいけない。明後日には名古屋に出張だしな。今回は社用車で向かうにしても、右寄りの俺はリニア開通賛成派だ。
 二階を社員寮として借り上げた築五年の低層マンション。カジュアルなメンズデザインのパンプスを履き、一階にある家主の部屋を辞去する。もう宵だと冷えるぐらいだな。エレベーターのボタンを押す。
 ゲームにおける心技体を磨くのはゲームに他ならない。一時間だけは研鑽を積もう。だけど部屋の前にあの子がいた。




チュンチュン、チュンチュン

 これがネットスラングの朝チュンって奴か……。
 ライバルであった女の子と、こんな関係になると思わなかった。

「再来年のオリンピックにeスポーツが正式種目で追加される噂がある」

 ひと晩に何度かクライマックスを迎えた、裸のままの彼女が言う。
 そんなの眉唾だ。開催期間が六月中旬だから二年を切っている。準備が間にあうはずない。文字数制限ある小説でタイトルに関わるエピソードを書けぬような、手際の悪さをさらすだけだ。

「それよりも、甘と鹹を結びつけるってどんな意味かな?」

 朝日差しこむベッドで、彼女の髪をさすりながら尋ねる。

「なんだか私たちみたい。甘いのが私で、しょっぱいのが宮沢君」
「逆だろ、ははは。……そろそろ出かける準備を始めないとね」

 本社が望むだけの無益な戦いへ。不遜な言いようかもしれないけど、現地で調達した十代女子との時間が消化されていく。こんなにだらけた俺だけど、優勝はいただく。

当意即妙、千変万化、鬼出電入、そして熛至風起。

 はなむけに四字熟語を並べてくれた、遠く離れた恩師に報いるためにも……。
 たったいま気づいた。俺は、ゲームへの心構えが甘いと言われ続けてきた。そんなのが一昼夜で治るわけない。だったらやわな心のまま、塩対応で相手してやれ。
 甘と鹹をつなぎ合わすの真意――師匠が俺に伝えたかったことは、まさにこれだ。

 彼女に続いてシャワーを浴びる。人として最低限のエチケットだ。ムダ毛も剃る。
 会場は平日だろうと休日だろうと、小学生以下とお年寄りを入場禁止している。観客にだって見た目とエチケットは必要だ。すべてに塩対応だ。
 大型バイクのカバーをはずす。方々から聞こえた雀が、まだまださえずっている。この町が動きはじめる。俺も彼女を後ろに乗せてアクセルをまわす。犬の散歩のお姉さんが手を振ってくれた。朝練で早出の女子高校生の一団も。ヘルメットをし忘れたけど、今日だけは警察も大目に見てくれるよな。軽くクラクションを鳴らして返事する。女性には甘対応だ。
 準決勝のネット配信がバズッたと、専務の甥からメッセージがあったな。……通りすがりの人さえ味方にできるのかと、部長が驚愕していたな。また会場は整理券が必要になったりして。応援は、俺にしがみつくこの子だけで充分なのに。

 九月の空。あの男の妬みが怖いけど、本社の顧問弁護士へ事前に相談して塩対応済みだ。全国大会への推薦出場が決まっている消化試合が始まる。



次回、第二部最終回
『内陸部のあれらの県はまだ猛暑らしい。俺はキャパオーバーの長野市オリンピック記念アリーナに満ちる熱狂をあとにして、彼女の涙に唇をつける。それは死闘のあとの甘じょっぱい契り……。一連の激闘で俺が得たものは地産地消の愛。そしてついに静岡県知事が――』
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