ミッドサマーロワイアル2~子会社の子会社へ。辺境での雌伏編~
文字数 2,105文字
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これは五輪正式種目になったeスポーツの初代金メダリストが、その稀有なる才能を、覚醒そして爆発させる手前の物語である。
第22話
『決戦前夜。師匠から授かる最後の教え。そして最愛のあの子と迎える夜明け』
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蠟燭の向こうで、師である老人が顔をあげた。蚊の羽音だけの薄闇。焔に照らされた眼を、うちわを仰ぐ俺へ向ける。
「人生も所詮はさもなきゲーム。それゆえ訓にも、ネット上の遊戯に通じ得るものがある。たとえば甘酸辛苦」
四つの味覚をeスポーツに活かせと? ……師匠が告げたいのは人生の妙味だ。よく分からないが勝負に必要なのだろう。だったら世知辛さを現在進行で体験中だ。苦労もだ。リアルな恋愛経験こそないが、甘く酸っぱく切ない系――幼なじみと義理の妹は大好きだ。齢二十六の俺は甘酸辛苦をすでに極めている。
「その四字熟語を胸に、明日の戦いに挑みます」
「うむ。だがクラムポンにもうひと文字を授けよう。『
容姿が過去の誰かに似ているらしき俺のあだ名は、この地でも浸透している。それよりも甘酸辛苦鹹。そんな日本酒をスーパーで見かけた気がする。俺がこの島の内陸部でくすぶる原因のひとつだから買いはしなかった。
安く知名度を上げるために、古い土壌の会社が無理して開催した社内eスポーツ大会。あれから一年が過ぎた。祝賀パーティーでの俺の席は一番上座で隣に専務がいたけど、宴の後半を覚えていない。そうだとしてもだ。
「ここの地酒をまだ口にしていません。景気づけでコップに半分だけなら」
「それは甘酸辛苦渋だ。七賢の謹製だ。そもそも私は宝焼酎の2.7リットルしか買わない。『鹹』とは『しおけ』。それを『甘』と結びつけること叶えば、あの男とて恐るるに足らず」
甘みと塩味の融合。鳥もつ煮を思い浮かべてしまう。ビールに合うが自腹で食うには高い。……発泡酒が早くも切れかけていたな。消費量が半端ない。というか急ぎ冷やすため冷凍室に入れた二本。出し忘れてないか?
「なにに困惑している? 相反する二文字に見える。糖分も塩分も控えめにしろ。斯様なことにお前は囚われぬはずだが……。どちらかに片寄ってもよい味がでる。それが戸惑いのもとか? たしかにそれも然りだ。例えるなら、ここを囲む山脈の、右の果てから眺めれば神羅万象全てが」
「教えを賜りありがとうございます。奥義をつかむため、夜を徹して研鑽を積みましょう。自室に戻らさせていただきます」
もはやここにいてはいけない。急いで立ち上がる。蠟燭のか細い炎が俺の影を揺らす。左寄りの師匠は節電を心掛けている。
二階を社員寮として借り上げた築昭和のアパート。サンダルを履き、一階にある独居老人の部屋を辞去する。宵だけは涼しくなってきた。錆びついた階段をきしませる。
ゲームにおける心技体を磨くのはゲームに他ならない。今夜だけは発泡酒を我慢しよう。
コケコッコー
東天紅の刻。
息抜きのつもりで始めた甘酸系R18新作を、まだネットに情報なき裏シナリオまでクリアできると思わなかった。代わりに『甘』と『難しい漢字』の神髄をつかむこと叶わなかった。これも卑劣なあの男の差し金だろうか……。おかげで、あの子を堪能できた。俺のボルテージは何度目かのクライマックスを迎えている。
勝とうが負けようが査定に反映されない無益な戦い。有給休暇だけが消化されていく。本社に帰れるのはいつだろう。だとしても優勝は俺がいただく……。
臆するな! 鬱になるな!
臨機応変、変幻自在、神出鬼没、そして電光石火。
遠く離れた先生から教わった、対戦ゲームの極意。それを心に戦うだけだ。
そりゃ俺は、ゲームへの心構えが甘いと言われ続けてきた。そんなのが一昼夜で治るわけない。だったらやわな心のまま、しょっぱく闘い抜いてやる。甘と塩をつなぎ合わすの真意――師匠が俺に伝えたかったことを、つかめないままだとしても。
どうせ会場へ着くころには汗だくだから、シャワーを浴びない。平日だと観客は、農家の爺ちゃん婆ちゃんが涼みにきて、たまに拍手をくれるだけだし。休日は子どもが飛び跳ねてうるさいし。俺のパフォーマンスに喜んでくれるけど。
自転車のチェーンロックをはずす。方々から聞こえた鶏の鬨が、知らぬ間にやんでいた。リニア工事がどこぞとの県境で止まったままの盆地が動きはじめる。俺もペダルに体重を交互にかける。犬の散歩のお兄さんが手を振ってくれた。朝練で早出のJKも……。
なんだか俺、有名人になってる? 準決がネット配信されたと、課金さんからメッセージがあったな。……観客を味方にできると、部長が唯一ほめてくれたな。だったら会場が満席になったりして。ありえねーけど。
九月なのに夏みたいな空。全国大会へのチケットをかけたファイナルが始まる。
次回、第二部最終回
『キャパオーバーのJA会館に満ちる葡萄と汗の酸っぱい香り。際限なく続く苦闘。限界に達した指が辛い。だけど甘美な戦いの時間。涙はこんな味だったんだ……。死闘とは、男同士の縁を取りもつ甘じょっぱい契り。激闘の末に俺が得たものは友情。それと割れんばかりの喝采。そしてついに静岡県知事が――』