RPC

文字数 2,000文字


 旅先の温泉で出会った院長の推薦を受けて、私はあるセンシティヴな団体に入会した。今日はその江戸川区支部の者と、駅前のカフェで会うことになっている。おそらく会則を口伝されるだろう。
 予想に反して、副支部長は妙齢の女性であった。挨拶をかわしたあとに私から質問する。

「入会まもないのでRPC(R16.5 Promotion Councilの略称)の全容を知りません。国内そして江戸川支部の会員数はいかほどですか?」

「会員総数はセンシティヴなのでお答えできません。当支部の人数でしたら五名。あなたが加われば六名です」

 なるほど。そういうことか。

「私はまだ準会員ですね。いまから試験が始まる」
「すでに始まっていますよ」

 背後から声かけられた。振り向くと白髪の老人が座っていた。

「私が支部長です。あなたが彼女と対座する際にどこを見るか。申しわけないが観察させてもらいました」

 私は思い返す。顔も胸も二度見するほどでなかった。……ショーパンで露出した部位は幾度かチラ見したかもしれない。

「無意識でしょうけど、あなたは私の太ももをひたすら凝視しました」
 副支部長が言う。「何より感じたのは膨らます妄想。たどり着けない最深部。つまり」

「つまり、あなたは一次試験を突破しました」
 支部長である老人が言葉を引き継ぐ。「露骨でなき表現を補うは、作者の筆力でありません。R16.5には読み手の技量こそが求められます」
「……技量とは?」
「想像力です」

 すなわち妄想力。
 背中に冷や汗を感じた。彼らこそ絶妙な塩梅の担い手だ。紙からネットへ――半世紀をフランス書院と生きた私だが、この組織に加わるはなおも烏滸がましかったか。

「二次試験は論述です。このプリントには口にすると問題あるかもが記されています。それへのあなたの意見をオブラートに包んで述べてください」

 オブラート……。秘密結社には昭和の香りが似合う。

 ***

『投稿サイトとR18』

星の数ほどある小説投稿サイトにはR18に特化したサイトもあるし、エロも非エロも仲良く共存する場所もある。そんな中で、過疎っていようが真面目な人たちが素敵な小説を発表する場があるとして、そこは比較的自由だから何を書こうが自己責任だけど、しばらく流されることなく衆人が環視するファンレターで、わざわざR18の感想をやり取りするのはいかがだろう? よそのサイトでコミュニティー作る方が発展的


「なぜ声にして読む!」

 支部長の怒声で我に返る。私は官能小説だろうと音読してしまう癖があった。
 客の入りが八割のカフェに沈黙が漂う。

「ちなみに私の意見ですが、エロ小説だけを度外視すべきでないと思います」
 それだけは伝えておく。

 副支部長がため息をつき足を組み直した。

「あなたは我々組織にふさわしいと感じました。それは致命的な過ちでした」

 ……終わった。内々定が取り消されてしまう。

「福祉部長、簡単に言うな。それだと院長の顔を潰すことになる。彼はあの地域やあの業界やあの投稿サイトの顔だ」

 副支部長でなく福祉部長だったのか。支部長が福祉部長を咎めたあとに、私に顔を向ける。

「救済のため追試をしましょう。小説をお題に添って二千字以内で書いてください。もちろんR16.5でです。……そうですね、お題は」
 支部長が窓の外の江戸川に目を向ける。「忘れられない、もしくは忘れたいセックスフレンドです」

 過ぎ去った異性あるいは同性が、もう一度脳裏を通り過ぎるスタンドバイミーなお題。期待に応えてみせよう。

 ***

『俺サカモトだけどケツアナをまだ引っ張られるってマジ?』

 今日も負け試合。俺の活躍なし。こんな夜に憂さを晴らすのは、あの女のケ


「ブラボー!!!!!」
 支部長が立ち上がった。「忘れたいのに忘れられない。まさにお題にジャストミートです。これぞショートストップなファインプレイです。だが別のものを切望させてください」

 支部長に頭を下げられる。ならば。

 ***

『異世界で無能と罵られパーティーから追放されたので昔のセフレとズコバコやりまくったら、俺のスキルは()れるたびに相手が若返るってのが発覚。気づくとまわりは幼女だらけ』

「マジかよ。またお前とやるのかよ」

 サチの赤らんだ顔が月明かりに照らされる。俺は、俺が見たことあるはずない十代の彼女の髪をさする。

「やさしくするなよ。恥ずかしい」
 サチが目をつむる。「で、でもだよ。たぶん私ヴァージンだから、やっぱりやさしくね」

 俺は記憶よりずっと小振りなサチの胸をさわる。彼女は演技みたいにびくりとする。だけど演技であるはずない。

「かわいいよ」

 若くなりすぎたサチへとささやく。でも……アラサーのサチを思いだす。くたびれ始めた彼女こそ忘れられるはずないけど。

「では挿れるよ」

 こっちのがいいに決まっている。



 二千字の朗読を終えると、カフェの誰もが涙していた。私は正会員になれた。
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