ミッドサマーロワイアル3~北欧での夏至の祭典。道のりは険しくなるばかりだけど編~

文字数 2,000文字



これは五輪正式種目になったeスポーツの初代金メダリストが、その階段を登る手前で、越えられない壁を知る物語である。

第33話
『誰が為に戦うって自分の為だ! まず最初の頂点へと、うずきまくる心と指先 』


*******



 静岡県知事がわざわざ控え室を訪ねてくれた。

「君と対戦することなく敗れて目が覚めた。……桜エビとハシビロコウが夢にでてきて、『それよりのぞみを静岡に停車させてよ』と叱られた。リニア反対……考え直してもいいかな」
「申し訳ないですが精神統一の邪魔です」

 俺は素気なく答える。誰にもそばにいてほしくない。

「……モンスターを倒すのを君に託したい」

 言い残して知事が退室する。どうせあいつの部屋も訪ねるだろう。eスポ全国大会決勝の地が伊豆だから仕方ないにしても。

「宮澤君なら余裕だよ。あの間抜け面なんか、甲信越親善大会で蒸し茄子にしてるし」

 麻琉莉がドアへ舌を突きだす。人の心を読まない彼女は出ていかない。

「あいつはあの時と別人だよ」

 西日さす控え室で俺は言う。
 窓の外は大荒れだ。どこからかの隙間風が、おざなりの観葉植物を揺らしている。二月初めの信州に比べれば楽園だけど……煙草を吸いたいな。学生時代に半年だけ吸って、キャラでないとやめた紙煙草。

「アジア大会の出場権はゲットしているだから気楽にいかね? ダブルスは残念だったけど」

 麻琉莉こそがお気楽に笑う。誰のせいで初戦敗退したか忘れたのか。不遜でお約束ぽい言葉だろうけど、胸に養分をすべて吸われた脳みそスカスカ女め。
 ……二人だけの今が切りだす頃合いだな。

「今回をもってマ☆リとのペアを解消したい」
「はあ? 勝手に決めれるわけねーよ。スポンサーとの契約が残ってから事務所が激怒るし。ていうか宮澤君は、とにかく優勝するしかねーだろ」
「俺は民間人だ。困るのは女優の麻琉莉だけだ」

 ゲームがうまいだけのグラドルを売りだすための口車に乗った俺が悪かった。麻琉莉のナチュラルな巨乳にしか目がいかなかった俺が愚かだった。そのために長野で仕入れた十代女子を地産地消したうえに捨ててしまった。……さもない栄光が遠のくのは早かった。

「……難しい話はやめよ。しかし誰も来ないね」
「俺が断ったから」
「ふうん。そうだとしてもさあ……まあいいか」
「麻琉莉はeスポをどう思っている?」

 それだけは知りたい。答えによっては肉体関係だけ続けたい。
 ジェンダー差別なき理想の競技として祭り上げられたeスポーツ。シングルスもダブルスも男女が境界なく戦うけど、実際は囲碁や将棋と同じく男が優位だ。俺達のが闘争本能で勝るのだから仕方ない。群れて狩りをする本能が摺りこまれているから……。弱者を追い込み強者にへつらう情けない輩だから。

「オタっぽい連中が金髪にしていきがったりして、正直キモい。引きこもりそのまんまのおどおどデブもいたし、中学も高校も苛められてましたみたいな女が脚光浴びてるし」
 eスポーツの女王に成り損なったマ☆リが笑う。「でも決勝の相手はありかな。見た目はパスなのにオーラがある。ハンドルネームも笑える」

「だろ? あいつは天才だ。気取らないのもかっこいい。じきにあいつは井上や大谷と並ぶ」
「ははは、宮澤君の目が、男子がスポーツのスーパースターを見るのになっている。そう言いながらまたも公開ライブ処刑するんじゃね?」

 ダブルスの決勝を見てないのかと怒鳴りたくなる。

「だから格が違うって言ってるだろ!」

 やっぱり声を荒げてしまった。だって奴は破格だ。実質一人で二人相手に勝ち抜いた化け物だ。そして俺は勇者ではない……。

――甘えている君では勝ち進めない。彼と相棒になれるのは、ともに切磋琢磨できる強い人だけだ

 あいつと組んでいたノーメイクな女の子。じきにeスポ人気を沸騰させそうな子。怒涛の注目に気づかず一人しか見てないあの子は、俺の言葉を勘違いしてないだろうな。俺があいつと組みたいからって意味で告げたのではない。
 だけれども……北欧での夏至の祭典。ミッドサマーロワイアルに俺だって参加したい。できるならその頂点に、怪物を補佐する身分だろうと。もう驕り高ぶることはないからさあ。

「フォロワーが減るのも当然だね。私もあんたのセコンドやめるわ。じゃあな」
 麻琉莉がベンチシートに寝転がる。

「ここまでありがとう」俺はドアを開ける。

 ネット配信のスタッフたちが一丸の動きでカメラを向けてくる。ハズレ契約になったのに、経営企画室よりずっと美しいや。

「スカンジナビアで共同開催される五輪の選手選考の件ですが」
「マ☆リの事務所に聞いてください」

 賞味期限切れのネタをどこかで仕入れた雑誌記者を振り払い、一人で廊下を歩く。
 この身で奇跡を味わうか、それとも現実を知るか。たとえ泥まみれになっても俺はリスタートできる。
 スタジアムの重たく低い音響は近づこうが、無機質な靴音を消してくれない。
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