ミッドサマーロワイアル・アナザーストリー~嚆矢の社内eスポ大会編~
文字数 2,000文字
これは五輪正式種目になったeスポーツの初代金メダリストが、期待すべき自分の未来が潤沢で、ひとつに絞れないころの物語である。
第1話
『死の組の会場は屋上。勝ち抜けるは一人。ボルテージいきなりクライマックス!』
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千里の道も一歩から
波濤万里へ出帆せん
「えっ?」
クーラーの室外機が強まりだして我に返る。なんで、あんな言葉が浮かんだのだろう。……籠もった熱の吐き出し口。ここは焦熱地獄だな。
会議室や食堂では報道まで激戦を見守るというのに、本社ビル屋上は男が三人だけ。日陰はどこにも見当たらない。汗が背なかをつたう。帽子は忘れなかったけど……。みずからここを選んだだろ。みんなのために犠牲になったのだろ。この二人と同じく。
「午前だからまだ救われる。はやく終わらせましょう」
センスいいゴルフキャップの部長が、ハンカチで汗を拭いつつ言う。ファミコンを知る世代。3D酔いしないかと心配してしまう。
「内陸部より多少はマシですけど、このままビーチに向かいたいですね。風に乗って湘南へと。部長も若いころに行ったのではないですか? あ、もちろん今だって」
「ユーモアのセンスがない。苛立たせる」
カジュアル服の三十代前半に言われる。制汗スプレーのかすかな香り。モンベルの日傘をひろげて、プレミアリーグクラブチームのタオルを肩にかけている。
部長は扇子を仰いで苦笑い。
「だったらお手本を見せてください」
思わず口にしてしまう。二十四歳はまだまだ研鑽が足りない。
「もういい。第一試合は君と僕だ。始めよう」
横柄な態度が続くこの人は社内SE。業務上で接点ないので、名前を失念してしまった。だから強くでられない。なおも在宅勤務が多いのはネット環境の整備が主だからだろう。経営企画部の俺も週に三日のリモートが続いているけど。
彼はネットゲームにつぎ込むと悪意ある噂を流されているが、焼けた肌と引き締まったボディ。明らかにアウトドア派だ。
「では電源を入れますよ。うわっ、あちち」
俺は平静を装って、熱した器材を掴んでしまう……学習しないとな。失態は繰り返さない。
「君は営業のが向いているかもね」
部長がぽつり言う。……営業部が俺を欲している。その噂は本当かも。
俺も社会人だ。炎天下だろうと飛び回るし、上司の言葉は絶対だ。だけども。
「やめてくださいよ。部長にずっとついていきます」
あなたが会社を去ったあともずっと。尊敬できる人に師事するなんて、そう滅多にあるはずない。
「……君は甘く見ている」
長い沈黙のあとに部長が告げた。
「どういう意味ですか? ぜひご教示ください」
俺は頭を下げる。どんな叱責でも受け止める。
「eスポーツをだよ。見込みあると思い、君を選んだ。でも君の心はそこに向かおうとしない」
社内のレクレーションで本気になれるはずないだろ。
「お言葉ですが、俺……私はたいていのことに一生懸命です。それを評価されて、この素晴らしい会社に入社できたと自負しています。ネットで『昭和の気概を残したたまま新しいことにチャレンジする』と称賛される企業にです。……たしかにゲームで遊んだことはほとんどないですけど」
「彼が待っているよ」
むきになった俺を、部長がやんわり押しとめる。……また自分語りをしてしまった。恥ずかしい。情けない。傲慢さを隠しきれない。
「不得手なものにチャレンジする。それで見つけられることもある」
独り言のようなつぶやきへと、俺は顔を向ける。
「SEさん、お待たせしました。扇風機は首を振らせて均等に向かせます」
三十度ほど彼の席に傾けて強風ボタンを押す。その風に陽炎が消える。焼けたパイプ椅子に座るのを躊躇してしまう。
「やはり僕の名前を忘れていたか。心外だし悲しい。そんな失礼な君を、伯父である専務はよく存じているよ。おじさんは、有望な若手に課金することを望んでいる。宮沢君はまだここしか知らないよね、旅立つことも必要だよ。……なぜだかこっちの席のが風通しが良いようだ。これを椅子にかけな。次からは忘れないように。いろいろとね、ははは」
不遜な例えかもしれないけど、ドキュンよりも大所帯な本社ビル。それなのに下っ端の俺の名前が知れている。俺の失態を笑い飛ばしタオルを貸してくれた専務の甥へと、かけるべき言葉を見つけられない。
ゲーム画面が立ち上がり、それぞれの思惑をはらんだまま戦いが始まった。容赦なき太陽だけが見届けて――屋上の扉が開いた。総務部の女子たちが応援に来てくれた。にっこりと手を振ってあげる……。
君の心はそこに向かおうとしない
君の心はそこに向かおうとしない
君の心はそこに向かおうとしない……
適当なはずの俺の心が、部長の言葉を反芻しやがる。
次回
『ロビーでの敗者復活戦を見守る俺。あきらめず戦う彼らを見て決意する。俺はもっとランキングをあげなければいけない。そのために、俺がとった秘策とは?』