ドン・キホーテを継ぐ者―LIE―

文字数 5,000文字


「応答しろったら! してくれよ……」

 煤だらけの白が端末に叫ぶ。泣き声に変わっていく。森は焼け野原と化していく。
 羽根があれば逃げられただろうに、弱い生き物は取り残されるだけだ。樹木と同様に燃やされるのを待つだけだ。
 けれど俺たちは、そこまで弱くなかった。ゆえに、まだ生きてはいる。

「赤と黒がやられたな」
 コードネーム青である俺が防護壁(バリア)を消す。もはやチームのダブルエースに頼ることも叶わない。

「灰も紺も、黄ジジイもね」
 桃が答える。手で押さえる右肩のシャツが赤く滲んでいる。
「この三人が最後みたい」

 賢くて頼りになった緑も、エロかった紫も、酔うとすぐに殴る茶も、酔うとやらせてくれた紅も、シラフでもやらせてくれた橙もとっくに死んだ。
 ついに正体を現した敵四天王は――この手の連中は各個撃破されるのが筋なのに、顔見せ後も四人一緒に行動しやがった。よって十五人からなる特殊部隊の生き残りは、青白桃の若い男三人だけになった。

 北のジャングルと呼ばれた一帯は黒煙と一酸化炭素で覆われている。圧巻だった自然も見る影がない。あの四人は、十五人を殺すためだけにホッカイドを焦土にしやがった。

「勝てるはずないわ。逃げよう」
 ゲイの桃がまたも言う。

「逃げきれるはずない。降伏しよう」
 へたれの白がまたも言う。

「拷問が待っている。その後に殺される。みんなと同じく戦って散ろう」
 クールな青であるはずの俺が言う。

「ひひひ、奴らがどこにいるかも知らないくせに?」
 死霊になった藍が言う。
「お前らも死ねよ。この世に未練を残してくたばって、俺に付き合えよ」

 こいつは鬱陶しい。だとしても殺されて魂だけになろうが、成仏しない限りは仲間だ。

「誰でも霊になれるわけない。藍の特性である怨念のおかげだ」
 俺が言う。

 藍は生前役に立たなかった。今後は多少使えるかもしれない。ちなみに俺の特性はイケメンだ。戦闘以外でこそ重宝した。

「てふてふがダッタン海峡を渡っているわ」
 ゲイの桃が現実から逃避しだした。

「俺たちはツガル海峡を越える」
 敗残兵と幽霊をまとめるのが俺の役目だ。
 俺は感じている。奴らはミサワ基地にいる。

 ***

「ははは、のこのこと現れるとはな」
「お前たちを倒せば私たちの役目は終わり。また謎に満ちた存在に戻れるわ」
「はあ? 混浴なんてバーカじゃないの? で、でもだよ……やっぱいい」
「カルルス炎上」

 まさかノボリベツで四天王が待ちかまえているとは思わなかった。
 強い敵に機先を制される最悪の展開。あいかわらず四人勢ぞろいだし。

 唯一の男が長い髪をなびかせる。

「生き延びた三人よ。温情で我々の名を教えてやる」

 背後霊の藍を無視して、四天王が横に並ぶ。

「私がすべての敵を説き伏せる『温情ロングヘアー』だ」
 男がおのれの長髪をかき上げる。

「私がすべての敵を魅惑する『フェロモンミステリアス』よ」
 妖艶な女が足を組み直す。彼女だけは短いスカートで座面の高い椅子に座っていた。

「ほ、ほんとは自己紹介したくないんだから。そこに青い君がいるから特別なんだよ……。私はすべての敵をつんつんと刺し殺したうえにデレデレに溶かす『刺殺溶解』!」
 制服姿のツインテールJKが頬を赤らめる。

「そして僕がすべてを燃やす『違法だけど合法のふりをしたロリの真似』だよ」
 年齢性別不詳の幼女ぽい何かが無邪気に笑う。

 四人目がヤバいと、俺の直感が訴えた。
 こいつがホッカイドを焼き尽くした。一般人もヒグマもエゾシカもエゾリスもキタキツネもサラブレッドファームも乳牛も熊牧場も他諸々が巻き添えにならなかったのが幸いだ。
 だが樹木を燃やしたではないか。この世界だと十日で大樹に育つから、こまめな伐採が推奨されているとしてもだ。
 おそらく俺たちは負ける。だけどこいつらを道連れにする。

「霊もカウントしてやってくれ。そしたら四対四だな」
 だから不敵に笑ってやる。
「タイマン四連発で決着をつけよう」

「温情で付き合ってやろう」
 温情ロングヘアーがうなずく。
「対戦相手は以下の通りで文句ないな」


第一試合:桃VSフェロモンミステリアス
第二試合:白VS温情ロングヘアー
第三試合:藍VS違法だけど合法のふりをしたロリの真似
第四試合:青VS刺殺溶解


「異論ない」
 三人と死霊を代表して俺が説き伏せられる。

「い、一対一だからって変な気を起こすなよ。刺し殺して骨まで溶かしてやるからな」

 刺殺溶解が照れたようにそっぽを向く。……きつい眼差しだけど、この子は笑ったらかわいいだろうな。それを見る機会はないだろうけど。


 一試合目

「ぎゃあああ……」桃の悲鳴が途絶える。
 彼はフェロモンミステリアスのミステリアスな攻撃を受けて力尽きた。


 二試合目

「うわあああ……」白の絶叫が途絶える。
 彼は温情ロングヘアーの非情な攻撃を浴びて絶頂して果てた。


 三試合目

「ふふふ、私はすでに死んだ身です」
 死霊である藍が笑う。
「私を消し去ることは不可能……うぐえぷ!」

 彼は、違法だけど合法のふりをしたロリの真似のカタストロフィな攻撃により、ノボリベツごと消滅した。藍は死んでも役に立たなかった。


 四試合目

「君とは戦いたくない」
 刺殺溶解へと告げる。
「俺が倒したいのは、違法だけど合法のふりをしたロリの真似だ!」

 本隊のために、いやニホンのために、あいつを倒す。最後まで生き延びた俺の使命だ。

「仕方ないな。だったら私も……はっ」
 俺の言葉に刺殺溶解が頬を緩めかけて、きつい表情に戻る。

「そんなに死にたいのか」
 温情ロングヘアーが枝毛を探りながら言う。
「違法合法ロリ真似よ、相手をしてやれ」

「僕の名前を省略するな!」

 幼女ぽい何かがいきなりキレた。火炎放射器ぽい何かを仲間へ向ける。

「あちちち!」
 温情ロングヘアーが長い髪を振り乱しながらクッタラ湖へ飛びこむ。

「いまのうちよ」

 俺の手を誰かがつかむ。……これは時空ワープ。俺は強制的に退避させられる。

 ***

 アスファルトの上に落ちる。痛いが、ここは……この植生はギフか?

「あなたを助けるために、みんなを裏切ってしまった」
 すぐ横で女性の声がした。
「グジョーハチマンで籠城しましょう」

 フェロモンミステリアスが腰をさすりながら、上気した目で俺を見つめていた。

 あいかわらず俺は女にモテるけど、てっきりJKの刺殺溶解に救われたと思っていた。フェロモンミステリアスはミステリアスなフェロモンに満ち溢れていようが、三十路折り返しだ。

「違法だけど合法のふりをしたロリの真似だけは倒さないとならない。君とお(こも)りする訳にはいかない」
 きっぱり告げる。

「ならば仲間を求めましょう」

 フェロモンミステリアスが、爺さんが運転する軽トラックをヒッチハイクする。彼女は助手席に、俺は荷台に乗せてもらう。

 ***

「ここはトクヤマ湖です。味方になってくれるものが隠れています」
 トラックから降りたフェロモンミステリアスが言う。俺たちの眼下には広大なダム湖がひろがっていた。

「半端な力では、幼女ぽい何かを倒せない」

「分かっています。四天王が常に一緒に行動していたのは、幼女ぽい何かを牽制するためでもありました。……ロングヘアー、ミステリアス、ツンデレ。三種の神器と呼ばれるキーワードが揃えば、違法だけど合法のふりをしたロリの真似さえも倒せたのです。
もちろん組織はそれを望みません。リーダーの温情ロングヘアーもでした」

「つまり寝返った君と組んだところで、あとの二人がいないと意味ない……。ここに三種の神器の所有者がいるのか?」

「はい。そして私は呼びだせます。――お母さん、ただいま。ユカリが帰ってきたよ!」
 フェロモンミステリアスが向かいの山へと叫ぶ。

「おかえりなさい」
 二十メートルはありそうな巨大類人猿が現れる。

 ***

「いつもユカリがお世話になっております。私はキソ三川のひとつであるィヴィ川の奥深くに生息するので、ヴーと呼ばれています」

 巨大類人猿に挨拶されたが……なるほどな、これ以上にミステリアスな存在は滅多にいない。しかも全身を覆う白く長い毛。さらにこいつはツンデレなのか?
 それよりもだ。

「君の名前はユカリだったのか」
 違う。動揺して聞くことを間違えた。
「君はUMAの娘だったのか」

「もともと母は単なる人でした。でも、遠く離れて一人暮らしする私を心配し過ぎて異形と化しました。……ヤンデレの変種です」

 ツンデレでないではないか。

「なんであれ君の母親を戦いの場に連れだすわけにはいかない」

「私は望んでいます」
 ヴーが病んだ目で俺を見る。
「代わりにあなたはユカリと、ここでひっそりお過ごしください」


四天王に襲撃されたけどUMAな母親に助けられて、ミステリアスなお姉さんと山奥でスローライフ始めました。ヒダギュー? ホオバミソ? ギフの飯テロが俺を襲う~~


 無理だ。エタるに決まっている。

「まだ俺は戦い続ける。だが、幼女ぽい何かを倒すにはツンデレが必要だ。刺殺溶解を仲間にしよう」
 彼女とだったら陸の孤島で二人きり過ごしてもいい。

「奴をですか? ここは圏外なので連絡取れません。オーガキ市まで行く必要があります」

 待たせていたトラックに乗り、ユカリだけが渋々去っていく。
 俺と巨大類人猿が取り残される。

「……あなたは若いですね」
 ヴーが病んだ目で俺を見つめる。
「娘をもらっていただけないでしょうか」

 回答によっては握り潰されそうだ。ならば話を逸らせ。

「ご主人はどうされましたか?」
「私が斯様な姿になり去っていきました。ヴヴヴ……」
「そうでしたか」

 どこかで鹿が鳴いている。夫に捨てられた巨大類人猿とのキツすぎる一刻。
 ユカリが戻ってこないまま夕方になってしまった。

「月を見ると暴走しますか?」
 そんな漫画があった気がする。念のため尋ねる。

「はい。端から食い殺したくなります」
 巨大なヴーが病んだ眼差しで答える。
「本来ならば県境を越えて朝までフクイに潜むのですが、娘が心配で心配で眠れそうもありません。ヴヴヴ……」

「ユカリを探してきます」
 俺は山道を逃げるように駆け下りる。

 ***

 仲間が十四人もやられたのを忘れかけていた。だが四天王を二人味方に引き込み一人倒せば差し引きゼロだ。俺はクールな青だ。
 ツインテール女子である刺殺溶解だけでもいいが、フェロモンミステリアスを邪険にすると、娘が婚期を逸したヴーがさらに病む。
 というか彼女はどこに消えた?

 深夜のオーガキ市内を探しても見つからない。だったら青春18きっぷで夜行に乗って帰京しようと思ったら、廃止されているではないか。
 ん? ひさしぶりに電波のよい場所に来て通信端末が鳴った。本隊からのメッセージがたまっていた。

『カラフルアーミー十四人の生命反応が途絶えた』
『敵四天王は仲間割れにより、温情ロングヘアーが死亡』
『青が裏切った。発見次第抹殺せよ』
『フェロモンミステリアスと刺殺溶解が同士討ちにて共に死亡』
『ギフ県山中で巨大なUMAが暴れている。ただちに退治せよ』

 なんてことだ。あっという間に生き延びているのは、青である俺と幼女ぽい何かとヴーだけではないか。しかも俺は誤解されているし。
 また端末が鳴る。

『違法合法ロリ真似と略称を用いた本部が壊滅した。敵はカンサイ支部を目指しナカセン道を西進中。現在オーガキ付近と思われる』

 轟音とともに、スノマタワンナイト城が瓦解した。幼女ぽい何かが宙に浮かんでいる。オーガキ市を破壊していく。

「ヴォォォ……」
 ィヴィ川からヴーまで現れた。幼女ぽい何かとにらみ合う。

「ヴーよ、ユカリを倒したのはそいつだ!」
 俺は嘘を叫ぶ。
「俺とともに戦え! 正義のUMAとなれ!」

 ヴーはロングヘアーとミステリアスを持っている。三種の神器で足りないのはツンデレ。
 だったら俺がツンデレればいい!

「私を追ってここまで来たの? べつに嬉しくなんかないし」
 俺は上目遣いになる。
「で、でも二人きりになりたいな」

「うわあああ」幼女ぽい何かが苦しみだす。

「とどめよ」
 巨大類人猿が吠える。
「ミステリアスロングヘアー!」

 ヴーの長い体毛がミステリアスに輝く。

「ぎゃああ……」
 違法だけど合法のふりをしたロリの真似が消滅する。


 戦いは終わった。
 俺とユカリの母はオーガキ市の名誉市民となった。ドンキの創業者以来だそうだ(嘘)。
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