ドンキでGO!
文字数 2,000文字
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今回のアシスタントは彫り深く美人で、きつい眼差しだ。
「二分も遅刻です。すでに貴殿を信用できなくなりました」
青である俺が時間に遅れるわけない。イレギュラーへの反応も含め、彼女を観察させてもらっただけだ。
「文学賞の結果発表を下旬と明記しながら翌月までスルーした投稿サイトがある。通知なしでだ。それに比べればかわいいロスだ」
俺の反省なき言葉に、彼女が眼鏡の縁を上げる。
「有名な事例なので存じてます。被害者の一人は月末に二十回もサイトを覗いたそうです。しまいには過去ログまで漁りだした。……たしかにあの件よりは許容かもしれません。しかし佳作に選ばれたのを後日ファンレターで知ったなんて格好いい人がいたのも事実です」
「寸評をもらえぬ者たちには関係ない話さ」
「ふっ」と彼女は笑みをこぼしかける。「私は大井川アプト。父親はドイツ人です。早速ですがホームへ向かいましょう」
「入国審査は?」
「偽造ビザで行商人を装いますので、イミグレーションは車内で済まされます。……言葉が通じようと異国であることを忘れずに」
俺とアプトは、国境の町と呼ぶべきオーミヤからシンカンセンに乗りこむ。北関東連合共和国の盟主であるグンマへ潜入するため。
***
グンマの数少ない産業は観光と傭兵。戦闘民族であるグンマ県人は、ニホン各地の諍いで重宝された。イバラギとトチギと組んで独立を果たすまではだ。
俺たちはタカサキ駅で降りる。空気の味はニホンと変わらない。だが半年前の紛争の跡が生々しく残っている。ニホン政府が送りこんだ工作員と露見したら、ただでは済まされないだろう。
アプトは手ぬぐいを頬かむりし、もんぺ姿で籠を背負っている。行商人に化けているつもりだが不思議な白人にしか見えない。
「ウスイ峠を目指します。あそこは廃線とされていますが、実際は軍用路線として生きています」
アプトが声を潜める。「そこに化け物がいます。今回のターゲットです」
「分かっている」
ネットオークションで北関東連合共和国が競り落とした、旧ドイツ帝国の列車砲『グスタフ』。それは改良を重ねられて、最大射程距離150キロメートル、爆薬重量1000キログラムのモンスターになった。その砲身の先は常にトーキョーへ向いている。
それを破壊するために、青である俺が送りこまれた。
「前回の武力衝突で、グンマは我が国に徹底的に打ちのめされました。トチギとイバラギへの求心力も低下した。……トリデ市でニホン国へ復帰を求めて暴動が起きた。例により力で鎮圧されましたけどね」
彼女の言葉の節々にグンマへの怒りを感じる。純粋な戦いならばかまわない。だが潜入という任務では、その感情は負になる。
俺はアプトの緑色の瞳を見つめる。
「いつまでも目立つ姿でいる必要ない。ここからは観光客を装おう」
「いいえ。移動が制限される」
「ご当地紹介のユーチューバーの振りをして温泉巡りする。シマ、クサツ、マンザと徐々に核心へ近づく」
「……やっぱりあなたはカラフルアーミーの生き残りですね」
アプトが悪そうな笑みを見せる。「そうそう、あの母娘とはどこで合流する予定ですか?」
巨大類人猿であるヴーと、その娘であり四十代近い独身女性でありただの人であるユカリのことを言っている。
「今回は自分の力量だけを頼る」
婿養子を交換条件にされたから仕方ない。
「ならば湯につかり鋭気を養いながら進みましょう。……手始めはイカホですね。経費で露天風呂付の部屋を予約します」
アプトが妖艶な眼差しで上唇を舐める。俺はイケメンすぎる青だ。
***
「黒幕がいるかもしれない。純朴なグンマ県人だけだったらここまでしない」
汗のひいたアプトが和モダンなベッドでささやく。
「だけど君はグンマを憎んでいる」
「……私は子どもの頃を父の祖国で過ごした。巨大な列車砲をいつも眺めていた。グスタフは私たちの村の誇りだった。しかしある日行方不明になり、グンマが手に入れた」
つまり盗品が出品された。
「これは、とてつもない巨悪が糸を引いている。おそらく――」
「おそらくアマガサキ」
露天風呂から男の声がした。アプトが悲鳴を上げて体にシーツを巻く。
「迎えに来ましたよ。『幼女ぽい何か』様がお待ちです」
初老の男が姿を現す。その背後には若い男が十人近く。
俺は無言のまま両手を上げる。
「しかし早くも二千字。話をまとめる必要もある。登場人物の一人として恥ずかしいかぎりですが、唐突なバッドエンドなんていかがでしょう」
男が下卑た照れ笑いを浮かべる。
彼らの銃口は俺たちに向けられたままだ。
「ま、待て。第6回文学賞まで待ってくれ。次こそ寸評を授かるために!」
立ちあがり必死に叫ぶ……全裸でないか。
面映い。笑ってごまかせ。
「てへぺろ」
「古いよ。こっぱずかし」
アプトがはにかんだあとに「次回後半も読んでくれるかな?」
「いいとも!」男たちが赤面で答える。