ミッドサマーロワイアル~灼熱の社内eスポ大会編~
文字数 2,107文字
![](https://img-novel.daysneo.com/talk_02/thumb_433253182fc4a5e787e6a6ac85994860.jpg)
これは五輪正式種目になったeスポーツの初代金メダリストが、期待すべき自分の未来の存在に、まだ気づかぬころの物語である。
第1話
『死の組の会場は屋上。勝ち抜けるは一人。ボルテージいきなりクライマックス!』
*******
上司ニモマケズ
課金ニモマケズ
炎天下ニモマケヌ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
ブオオン、ブオオン
「はっ」
強まりだしたクーラーの室外機の音で我に返る。……宮沢賢治に憑依されていた。もしかすると俺の魂が六道を彷徨ったのかもしれない。そして焦熱地獄へ戻ってきた。
会議室や食堂では女子社員が激戦を見守っているというのに、観客も審判もなき本社ビル屋上に男三人はいる。日陰はどこにも見当たらない。脇汗が白ワイシャツを染めていく。帽子を持ってくればよかった……。くじを引いたのは俺だ。おのれを恨め。
「しかし午前から暑い。はやく終わらせましょう」
ダサいゴルフキャップでバーコードヘアを隠した部長が、ハンカチで汗を拭いつつぼやく。ファミコンを知る男。時代がネトゲーに移ろうと、誰よりも侮りがたい。
「おっしゃる通りですが内陸部よりはるかにマシです。あの県やあの県やあの県やあの県は人の住む場所でないです。で、さわやかな部長はタトゥーの見本市と化したビーチが似合います。まさに部長は湘南の風です。若いころは、濡らしまくっていかせまくったっすか? 遠い栄光ですね」
「露骨なおべっかは気色悪い。余計なひと言が苛立たせる」
カジュアル服の三十代前半デブに言われる。母に借りたような日傘の下で、魔法少女系イラストタオルで汗を拭いている。
部長は扇子で首もとを仰ぐだけ。あの懐メロをネタにしたため心証を害したか。部長には新しく、こいつには古すぎたというかアニソン以外に興味なさそうだ。二十四歳の俺はまだまだ研鑽が足りない。
「余計なひと言ってタトゥーですか? 湘南乃風ですか? 心のうちでは『乃』を『の』と表記してました」
「もういい。第一試合はクラムポン君と僕だ。始めよう」
デブは横柄だ。だからデブになるんだ。『得体が知れない』からとつけられたニックネームを把握していやがるし。持参したペットボトルのコーラを早くも飲み干したこいつは社内SE。業務上で接点はあるが、どういう仕事なのかよく知らない。なおも在宅勤務が多く、幻の男と呼ばれている。総務部の俺はリモートゼロだったのにだ!
だが給与の半分を課金につぎ込むとも噂される。今大会の優勝候補に数えられる難敵だ。
「そうっすね。ではでは電源を入れますよ。うわっ、あちち」
俺はそそくさと動きだす。サービスのオーバーアクションは忘れない。
「君は営業のが多少は向いているかもね」
部長がぽつり言う。……俺の勤務態度を鑑みての言葉ではないよな。戦いを前にしてイニシアティブをとるための策謀だ。さすがは百戦錬磨のつわもの。
俺も社会人となり『引く、媚びる、省みる』を覚えはした。だが炎天下に外回りするためでない。上司にへつらうためだ。
「やめてくださいよ。俺は部長の式神です。眷属です。しもべ妖精です。ゲットされたポケモンです。カプセル怪獣です。部長が定年を迎える日まで、ずっとついていきますよ。再来年でしたっけ? 嘱託で残っても肩書は
「……君は甘く見ている」
ずいぶん長い沈黙のあとに部長が告げた。まさかの説教モードではないか。
「それは部長をですか? 人生をですか? ぜひご教示ください」
俺は頭を下げる。どんなパワハラでも受け止める。目玉焼きが作れるどころか蒸発しそうなコンクリートの上だろうとだ。
「ゲームをだよ。見込みあると思い、君を選んだ。でも私の勘違いだった」
そうだったのか。総務部の誰も挙手しなかったから仕方なくと思っていた。
「お言葉ですが、俺はすべてにほぼほぼ一生懸命です。それを評価されて、この『なんちゃって上場企業』の数少ない新卒採用枠に残されたのだと思います。辞めた人らしきにネットへ『昭和体質のブラック。新しいことに勘違いして飛びつく脳筋会社』と書き込まれた企業にですが、ここしか知らない俺は判断しかねます。――課金さん、お待たせしました。扇風機は首を振らせて均等に向かせます」
二十度ほど俺の席に傾けて強風ボタンを押す。その風に陽炎が消える。焼けたパイプ椅子のビニールがスーツパンツに貼りつく。
「やはり社内でそう呼ばれていたか。心外だし悲しい。それを本人に向かって口にできる君を、伯父である専務に紹介しておくよ。子どもがいないおじちゃんは昭和のブラック脳筋気質だけど、僕を溺愛している。……ここしか知らないんだ、ふふふ」
次期社長候補筆頭ゴリラの甥へと、俺はかけるべき言葉を探る。なのにゲーム画面が立ち上がる。それぞれの思惑をはらんだまま戦いが始まった。容赦なき太陽だけが見届けてくれる。
クラムポンは死んだよ
クラムポンは殺されたよ
クラムポンは瞬殺されたよ
クラムポンは虐殺されるんだよ
また幻聴が聞こえやがる。
次回
『正午スタートの敗者復活戦はまたも屋上。熱中症で力尽きる課金さん。抜けだすにはランキング上位に居座り続くしかない。俺がとった秘策とは?』