ミッドサマーロワイアル4~タイフーンもサイクロンもモンスーンも荒ぶアジア大会編~

文字数 2,117文字


これは五輪正式種目になったeスポーツの初代金メダリストが、ユーラシア大陸の反対側へ旅立つために、公私に苦闘しながらも戦い続ける物語である。



第44話
『得たいものと失いたくないもの。友よ義烏の夜の喧騒よ、俺は選びたくない!』


*******



「こんばんわー」

 ドアを叩いたのはオージーのキャシーだった。厚化粧を落としても同じ歳に見えないぞ、なんて俺は女性に言わない。二度と口を滑らさない。

「遅いんだよ。ジェフの隣に座れ」

 俺の部屋なのに宮澤が仕切りだしやがった。安ホテルの無駄に広い一室。四人いようが狭く感じない。

「This country is noisy horns day and night」
「Yiwu is very special」
「Oh, first time I heard Jeff's voice」
「hahaha」

 三人が英会話しだすと俺は隅っこぐらしだ。岩手弁のがまだ理解できる。

「この部屋は日语オンリー。宮澤は煙草を咥えるな」
「中国の禁煙室は灰皿がないだけで喫煙オーケーだけどな。――ジェフ、这房间禁止英语、禁止烟草」

 宮澤は一流企業だっただけあって三か国語を喋れる。スーツ姿で連盟のウェブに載ったこともある。いまはひげを伸ばして日焼けして、パキスタン人に間違えられそうな服装だ。こいつと歩いていると、粗悪品を買い付けて売り逃げするために義烏へ来た日本人バイヤーみたいに俺まで見られる。でも伊豆で対戦したころより生き生きしている。
 ジェフだけ日本語を喋れないが、彼は観葉植物より無口だ。やはり再びスマホをいじりだし自分の世界に入る。

「誰かビール買ってきて」

 店員に中国語で話しかけられる恐怖症の俺は言うけど、キャシーが顔をしかめる。

「今夜は明日の前だからやめなさい。私は日本の漫画で日本語も友情も鍛えました。だからここにいる私のためにです。しかしこの部屋は暑い」
 
 いきなり上着を脱ぎだしたぞ。ルーズなタンクトップ姿……やはりでかい。互いが押し合い隙間さえない。スミカは谷間どころか盆地……?

「クラムポン」

 ジェフがスマホを突きだしていた。俺は小柄で髪の毛べったり中国人からも日本的謎存在類似名称で呼ばれているが、画面にはeスポの試合……スミカだ。

「ジェンダー枠のダイジェストか。……残念だったな。恋人同士で争わず分かちあえたのに」
 宮澤が覗きこみながら言う。

「これぞ眉目秀麗な喜怒哀楽……。女子の私も試合より左下に吸引される」
 キャシーが嘆息する。

 俺だってよく知った人を見つめてしまう。眼鏡をはずし口を開けて懸命に操作する彼女が、小さい画面だからか他人に見える。

「クラムポンは応援で行きましたか?」
 そっちにでるのをよしとしなかったキャシーが聞いてくる。

「ノー。彼女が来るなと言うので」
「あの件やあの件で喧嘩ですか?」

 さすが白人。直球で押してくる。……二重ガラスの向こうのどこかにスミカもいる。そりゃ何度も喧嘩したけど、いまは静かなままのすれ違い。

「スミカちゃんは自分だけの力を見せたかったんだよ。こいつが内職で民間主催大会に参加したのがばれて、マカオに行けなかったのが理由ではない。慣れない英語で海外メディアを怒らせて、次の大会のシングルスだけ辞退したのもだ」

 俺に迷惑かけられまくりの相棒が、知らぬ間に吸っていやがった煙草を紙コップに落とす。またみんなを見渡す。

「期待されているのに呆れた行為だけど、こいつは傲慢ゆえじゃない。ただ単に馬鹿なだけだ。自分の心に忠実なだけ。……けれども、誰だって本当にいいことを見たら、一番幸せなんだよ。だから、みんなはクラムポンをゆるしてくれると思う。琦もそう思うだろ?」

 本名で呼ばれたジェフは言葉が通じないのにうなずき、見惚れる指の流れでスマホを操作しだす。受けとった宮澤が「没关系」と苦笑いして、俺に手渡す。翻訳アプリが日本語を並べていた。

『明日の対戦相手はあなたより強い。満十八歳になったあの子を、北朝鮮は最終兵器として最後の選考大会に送りこみました。しかしシングルスこそ本当の頂点。ストックホルムでその(ロイヤル)になるあなたを、私は見たい。そのために天津へ帰らずこの部屋にいます』

「谢谢」とジェフにスマホを返す。俺だって四か月後の祭りのため浙江省なんかにいる。キャシーとジェフだって、スミカだってそのためだったけど……いつ帰国するのだろう。そんなことも聞けてない。

「互いが自分を不釣り合いだと思う。そんな謙虚な美徳は忠実に遠い。でも始めましょう」
「ああ」

 キャシーが俺の前にモニターを置く。宮澤が残りを並べる。

『ここにいない人のためでもあります。私は粗チンです』

 宮澤のチェックが入らなかったジェフの言葉は危ういが、それでも心は通じる。

 立ち上がったのは、仲間のミスショットもダメージで加算される奴だ。つまり俺は一対三で戦う。味方である宮澤にスタートするなり真横から攻撃される。

「これをクリアできないと決勝など…………」

 誰にも当てられず十八秒でかよ。……舌なめずり。すげー楽しくなる予感。

「負けるまで付き合って」

 宙で殲滅の構図を描く。シナプスたちが豹変しだす。
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