16.5歳の話
文字数 2,000文字
![](https://img-novel.daysneo.com/talk_02/thumb_42ff4d8a67e6bb413b3e87aa13974514.jpg)
駅をでると雨はやんでいた。私はビニール傘を手に新小岩の繁華街を歩く。客引きにやる気はまだ見当たらない。南岸低気圧の吹き返しが強く、桜は終わるだろう。
雑居ビルの一階には、“十八時まで貸し切り”と手書きされた紙が貼られていた。構うことなく引き戸を開ける。
「らっしゃい。お揃いです」
六十代ほどの店主が、まな板に目を落としたまま私に声かける。
「乾杯はしない。……ある場末の投稿サイトで『16歳半の話』というお題の文学賞が開催された」
支部長はホッピーのグラスに目を落としたままだ。「これは我々に対する挑戦だ」
「私達の参加が実質強制されました。そして必ずや寸評を勝ち得ないとなりません。もちろんR16.5で」
院長がおしぼりで拭いた顔を私に向ける。「それを、新鋭であるあなたに委ねたい」
「16歳半ばの話をR16.5でですか……」
「飲み物は何にします?」
「とりあえず生……ハイボールにしてください」
私はお通しである菜の花の酢味噌和えに手をつけることなく、16歳の自分を振り返る。R18な行為には疎遠だったが、憧れてはいた。同級生女子の夏服の透けたブラ紐を眺めながら、想いを膨らませたりもした。フランス書院の麗しき書物達を立ち読みしたのもその頃だ。
だけどそれくらい。17歳18歳と、高校時代はR15のまま過ぎ去った。
「私には荷が重すぎます」
R15以上18未満の、露骨でなき卑猥な青春物語。不適切を程よく書きあげるのは至難だ。
「いまのあなたが昭和の16歳に戻り、おとなの知識と性技で男女を問わず征服していく」
支部長の提案はベタすぎる。そもそも私はビニ本のビニールを破ったことなき軟弱な若人だった。当時の性風俗に疎い。まして現在の16歳の性行動などワームホールの先だ。健全な秘密結社の一員だから仕方ないが。
「私はある地域や業種の小ネタなら豊富に持っています。何百話でも書けるほどですが、力になれませんね」
院長がコップの冷酒を飲み干す。「若き日の妄想……。大将、おかわりをお願いします」
大将か……。男はみんな大将、嵐のように生きろ……
着想の神が舞い降りた。その前髪を手離すわけにはいかない。
私は立ちあがる。
「即興ですが披露させてください。それでよろしければ2000字にまとめてみせましょう」
*****
『ギンギンギンにさりげなく』
目覚めたら
これから毎日ミーハーな女どもにキャーキャー言われるのか。めんどくせえな。だったらアキナもセイコもアウトオブ眼中。俺の狙いは学校一マブいスケ番の
「その話はいただけない。すでに問題が見受けられる」
支部長に押し止められた。
「コンプライアンスは場末の酒場にさえ求められてますよ」
大将がぼそり言う。だが私のイマジネーションは暴走しだしている。ならば、
*****
『十六夜の十六歳と十六茶』
「今夜の月は、いざよいって呼ばれる」
塾の帰り道。幼馴染の
僕は夜空を見上げる。丸い月が浮かんでいた。
「満月のことかな?」
「その翌日だって。十五夜プラス一夜で十六夜」
たしかに右がちょっとすり減っている。なんだかアンバランスで僕たちみたい。大きくなるほどきれいで利口になっていく葵。保育園の頃からモブのままな僕。
「
「自分で買う。……なんで、いざよいって呼ばれるの?」
今夜の月はどうして? 僕は財布から小銭をだしてボタンを押す。
「またそのお茶? 進歩なし……。いざようはためらう。満月のあとのじれったい月の意味」
葵がペットボトルの蓋を開けながら僕を見つめる。
「ためらいがちに昇る月だから。既望とも呼ばれる。既に望月は過ぎたってさ」
「望月?」
「満月の別名! こんなのも知らないなら、ポケモンを全部言えても意味ない」
「いつの話だよ」
「申し訳ないが時間です。常連さんが来ますので」
カウンターの向こうで大将が言う。「R15以上の朗読はお控えください」
***
三人は二軒目を求めて新小岩をさ迷う。
「期待できる話です」
すでに赤ら顔の院長が歩きながら言ってくれた。
「もちろんR16.5になるよう肉付けします」
私も酒がまわって饒舌だ。
「たしかにそうだが」
ずっと黙っていた支部長が立ち止まる。「これは別の賞に応募すべきかもしれない」
「……三題噺に?」
先頭を行く院長が振り返る。「あれはたしか」
「ええ。ひとつは妖精。ひとつは探偵」
支部長が私を見つめる。「そして最後のひとつは、
後半へ続く