16.5歳の話

文字数 2,000文字




 駅をでると雨はやんでいた。私はビニール傘を手に新小岩の繁華街を歩く。客引きにやる気はまだ見当たらない。南岸低気圧の吹き返しが強く、桜は終わるだろう。
 雑居ビルの一階には、“十八時まで貸し切り”と手書きされた紙が貼られていた。構うことなく引き戸を開ける。

「らっしゃい。お揃いです」
 六十代ほどの店主が、まな板に目を落としたまま私に声かける。

 R16.5推進協議会(  R・P・C  )の江戸川地区メンバーに非常招集がかかった春の日の夕べ。シンパである居酒屋のカウンターには、支部長と本部から派遣された院長がいた。……私を含め三人だけ? いまは十七時半。三十分で済ませる話なのだろうか。

「乾杯はしない。……ある場末の投稿サイトで『16歳半の話』というお題の文学賞が開催された」
 支部長はホッピーのグラスに目を落としたままだ。「これは我々に対する挑戦だ」

「私達の参加が実質強制されました。そして必ずや寸評を勝ち得ないとなりません。もちろんR16.5で」
 院長がおしぼりで拭いた顔を私に向ける。「それを、新鋭であるあなたに委ねたい」

「16歳半ばの話をR16.5でですか……」
「飲み物は何にします?」
「とりあえず生……ハイボールにしてください」

 私はお通しである菜の花の酢味噌和えに手をつけることなく、16歳の自分を振り返る。R18な行為には疎遠だったが、憧れてはいた。同級生女子の夏服の透けたブラ紐を眺めながら、想いを膨らませたりもした。フランス書院の麗しき書物達を立ち読みしたのもその頃だ。
 だけどそれくらい。17歳18歳と、高校時代はR15のまま過ぎ去った。

「私には荷が重すぎます」

 R15以上18未満の、露骨でなき卑猥な青春物語。不適切を程よく書きあげるのは至難だ。

「いまのあなたが昭和の16歳に戻り、おとなの知識と性技で男女を問わず征服していく」

 支部長の提案はベタすぎる。そもそも私はビニ本のビニールを破ったことなき軟弱な若人だった。当時の性風俗に疎い。まして現在の16歳の性行動などワームホールの先だ。健全な秘密結社の一員だから仕方ないが。

「私はある地域や業種の小ネタなら豊富に持っています。何百話でも書けるほどですが、力になれませんね」
 院長がコップの冷酒を飲み干す。「若き日の妄想……。大将、おかわりをお願いします」

 大将か……。男はみんな大将、嵐のように生きろ……

 着想の神が舞い降りた。その前髪を手離すわけにはいかない。
 私は立ちあがる。

「即興ですが披露させてください。それでよろしければ2000字にまとめてみせましょう」


 *****

『ギンギンギンにさりげなく』


 目覚めたら(あさ)勃起(だち)がギンギンだった。俺は前屈みのまま浴室に向かう。鏡を覗くと、俺はマッチになっていた。
 これから毎日ミーハーな女どもにキャーキャー言われるのか。めんどくせえな。だったらアキナもセイコもアウトオブ眼中。俺の狙いは学校一マブいスケ番の

「その話はいただけない。すでに問題が見受けられる」
 支部長に押し止められた。

「コンプライアンスは場末の酒場にさえ求められてますよ」

 大将がぼそり言う。だが私のイマジネーションは暴走しだしている。ならば、


 *****

『十六夜の十六歳と十六茶』


「今夜の月は、いざよいって呼ばれる」

 塾の帰り道。幼馴染の(あおい)が自販機にスマホを当てる。
 僕は夜空を見上げる。丸い月が浮かんでいた。

「満月のことかな?」
「その翌日だって。十五夜プラス一夜で十六夜」

 たしかに右がちょっとすり減っている。なんだかアンバランスで僕たちみたい。大きくなるほどきれいで利口になっていく葵。保育園の頃からモブのままな僕。

悠斗(ゆうと)はどれ? おごるよ」
「自分で買う。……なんで、いざよいって呼ばれるの?」

 今夜の月はどうして? 僕は財布から小銭をだしてボタンを押す。

「またそのお茶? 進歩なし……。いざようはためらう。満月のあとのじれったい月の意味」
 葵がペットボトルの蓋を開けながら僕を見つめる。
「ためらいがちに昇る月だから。既望とも呼ばれる。既に望月は過ぎたってさ」

「望月?」
「満月の別名! こんなのも知らないなら、ポケモンを全部言えても意味ない」
「いつの話だよ」
「申し訳ないが時間です。常連さんが来ますので」
 カウンターの向こうで大将が言う。「R15以上の朗読はお控えください」

 ***

 三人は二軒目を求めて新小岩をさ迷う。

「期待できる話です」
 すでに赤ら顔の院長が歩きながら言ってくれた。

「もちろんR16.5になるよう肉付けします」
 私も酒がまわって饒舌だ。

「たしかにそうだが」
 ずっと黙っていた支部長が立ち止まる。「これは別の賞に応募すべきかもしれない」

「……三題噺に?」
 先頭を行く院長が振り返る。「あれはたしか」

「ええ。ひとつは妖精。ひとつは探偵」
 支部長が私を見つめる。「そして最後のひとつは、不健全性的行為(不純異性交遊)


     後半へ続く
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