ミッドサマーロワイアル3~北欧での夏至の祭典。道のりはまだ遠いけど編~

文字数 2,111文字



これは五輪正式種目になったeスポーツの初代金メダリストが、そこへの階段を登る過程で、かけがえなきパートナーを知る物語である。

第33話
『誰が為に戦うって二人の為だ! まず最初の頂点へと、うずきまくる心と指先 』


*******



 静岡県知事がご丁寧にも控え室を訪ねてきた。

「準決勝で君に完敗して目が覚めた。……カモシカとオオタカが夢にでてきて、『おらおらでしとりえぐも』と告げられた。岩手弁だったが、リニア開通……反対を続けたい」
「そうっすか。頑張ってください」

 俺は素気なく答える。ゆるキャン△の最新刊を読むのに邪魔だ。

「……いつか一緒に会食しよう。経費でなく私持ちでだ」

 重複表現を残してようやく出ていった。しかし冬の伊豆は風が強い。窓が割れそうだし、屋上露天風呂なんて苦行だったし。

「三十分を切った。クラムポンはマジで緊張しないね」

 パイプ椅子に座ったスミカが呆れ笑いを向けてくる。俺は恋人にさえアレで呼ばれたりするが、いろいろあって無職な俺は必死なだけだ。
 今夏のアジア大会でベスト8に入れば、五輪出場を一発で決められる。そして世界で戦うプロのeスポーツプレイヤーになる。箔つけにメダルを胸にかける。
 そのための踏み台で足を震わせてどうする。

「賞金の使い道は?」
 スミカこそ勝利を確信しきっている。「ダブルスのもあるし」

「生活費。アジア大会も自腹で参加かもだから節約する。でも豪華なホテルにしよう」
「一緒に泊まって倍高い部屋にする?」
「絶対勝つ」
「冗談だよ」

 マカオの一流ホテルでも四百万円あれば、ユニクロ以上の服を持たない二人でも泊まれるだろう。……しかし賞金が安い。そのくせ五輪代表資格を持つ選手は民間主催大会への参加を自粛要請って意味不明すぎる。

「知り合って五か月か。正直言うと、貞子婆ちゃんの腱鞘炎はそこまででなかった。でも私は絶対に君と組みたかった。だってJA会館決勝戦での君は、何より輝いていたから」
「ダブルス決勝のスミカも光っていたよ」

 人生初めてかつ三歳下の彼女なのだから、地味系貧乳かつ山梨出身眼鏡女子だろうとおべっかを使う。最近やけにきれいだし。
 地方予選を勝ち抜いたダブルスのメンバーを入れ替えてもOKなど、混乱しまくりの大会だったが今日で終わりだ。俺が幕を閉じる。

「クラムポンのぐええはどうで? へえ時間ずら。ぶっかっておらんで、ええ加減立てし」

 げっ、貞子ババアがやってきた。この人は何言っているか分からないので苦手だ。孫であるスミカよりゲームがうまくて、俺に奥義を教えてくれた達人だとしても。

「お婆ちゃんは早く立ちなさいと言っているよ。部屋の外は報道だらけなんだから、ファイナリストらしくしゃんとしよう」

 口うるさくなったスミカが手を差し伸べてくる。俺はハイタッチの真似をしてベンチシートから起き上がる。読みかけのコミックに折り目を付けかけてやめる。スミカの本だ。

「ゆるキャン△のおかげで山梨通になれた」
「だったらずっと笛吹にいる?」

 それには返事しない。夏と冬は地獄だし、春と秋も昼夜の寒暖差が地獄だし、ただ単に出向で赴いただけの場所だし、そもそも俺はその会社を……?

「関係者として入れさせてもらったよ」
「部長!」

 以前の上司が尋ねてきてくれた。相変わらずのバーコードヘア。

「君の最初のライバルとして僕も鼻が高い」
「よいか。私の教えを忘れるな。継続が力なりだ」
 柿井さんと師匠もやってきた。

「おじちゃんが後悔していた。クラムポン君が望むなら、お互い水に流して戻ってきてほしいそうだ」
「ゴリラみたいな社長のことだな。ゴルフで訪れた際にたまたまお会いしたような」

 ゴリラを怒らせた原因であるアル中師匠は、俺を巻き込んだその後のことを覚えてないようだ。

「俺は進む道を決めました。でも皆さんには感謝しています」
「……君も大人になったな。世界に送りだして恥ずかしくなさそうだ」

 頭を下げた俺を、部長がしみじみ見ている。たしかに歩みが遅かった俺もようやく大人になれた。彼女もか。

「リベンジの時間だ」

 セコンドを買ってでたスミカが言う。俺はうなずき、みんなへもう一度お辞儀する。拍手を背にする。
 ……アジア大会にダブルスでの参加も確定している。そのパートナーはすごく大切な人だけど、正直に言って力不足だ。俺の技量だけでアジアの猛者ども二人組に勝てるはずない。そうだとしても少しでも長く一緒に戦い続けたい。そう思っている。

 ドアを開けるなりフラッシュが出迎える。女子アナがマイクを押しつけてくる。

「夕食は静岡で済ます?」
 光と喧噪を浴びながら、俺は隣を歩く人に聞く。

「どこでもいいけど食事中はゆるキャン読まないでね……。二人きりがいいかな、試合中みたく。その時に告げたいことがある」

 スミカが何を言いだすか分かっている。俺がそれを拒否しないことも。

「レンタカーの追加料金が発生ぎりだったから、パーキングエリアで素早く済まそう。ついでに師匠を乗せてやって奢らせる」
「みみっちいね」
「マカオにとっておく」

 ペアだった二人は笑いながら歩く。無機質な靴音を飲みこみながら、スタジアムの重たく低い音響が近づいてくる。
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