ドン・キホーテを継ぐ者―MIE―(後)
文字数 3,000文字
「センリ新町にようこそ。みごとな変装だが残念だったな、青」
背後から声かけられる。
「ヨド川を難なく突破したのはさすがだけど、ここまでみたいね」
女の声も続く。安全装置をはずす音もした。
「オーガキ市長の手下か?」
俺は両手を上げながら尋ねる。
「このニュータウンの平均年齢は八十五歳を越えている」
男が言う。
「ふふふ、嘘よ。つまり私たちはあなたの質問に答えるつもりはない。抵抗はやめてね、痛い目に遭わせたくない」
女が笑う。
俺は手錠をかけられて軽トラックの荷台に乗せられる。
***
「目を覚ませ」
手荒く起こされる。快適な運転で熟睡してしまった。
「ここは……」
俺は感づく。鳥の鳴き声、林をそよぐ風……、バケツで顔にかけられた水はおいしかった。つまり、ここはロッコー山だ。すなわち俺を拉致したものはコーヴェ……。
「おゆるしください、埋めないでください」
俺は器用にも後ろ手に縛られたまま土下座する。
「なにかの勘違いです。私は真面目で純朴な堅気です」
反社にさらわれる覚えはない。
「その行為は推奨されていない。頭を上げろ」
年老いた男の声がした。
「この地が分かるとはたいした奴だが、我々も健全だ」
「そしてミエの力になりたいと思っています」
老女の声もした。
俺は顔を上げる。その二人は白い玉を首に連ねていた。……なるほど。
「やはりコーヴェのものだな。シマとウワジマの元締めである真珠屋だ」
「観察眼は認めてやろう。だが正体まで認める前に尋ねたいことがある」
老人が言う。
「佳作の発表が復活した。お前の手腕によるものか?」
ファー!
近隣のゴルフ場から絶叫が響く。老人たちは気にもしない。
佳作の復活は、オーガキ市長が中央経由で圧力をかけたからだ。俺は何もしていない。だとしても。
「たしかに俺の手柄だ」
俺は嘘を告げる。
沈黙が漂う。心拍数が上がる。
「私たちの究極の望みは、応募作品すべてへの寸評」
老女が言う。
「あなたなら、それも認めさせられるかしら」
それは市長も執拗に迫った。
“馬鹿にした
彼らは
「難題だな」
俺は平然を装う。
「だがコーヴェがアマガサキを抑えられる程度には、可能性はある」
「なんだとおら」
「しばくぞこら」
俺の言葉に取り巻きたちが気色ばむ。
「落ち着け」
老人が言う。
「お前はアマガサキの黒幕の正体を知っているか? 知っていてその言葉を吐くのか?」
「その慌てようで気づいた。幼女ぽい何かだな。何度でも蘇る妖魔。だが俺は奴を二度も倒している」
「分かりました。協力しましょう」
老女が立ち上がる。
「『違法だけど合法のふりをしたロリの真似』とのタイマンをセッティングします。場所はニシノミヤの野球場。日にちは今日。ナイターです」
***
コーヴェからの果たし状を、幼女ぽい何かは二つ返事で受け入れたらしい。非常にまずいことになった。三種の神器を探さないとならないが、奴は同じ攻撃を二度受けない。生き延びているヴーや珍月だと力にならない。
近所のおばさんと特養ホームのお爺さんと昭和の小学生……。いずれもミステリアスだがロングヘアーとツンデレではない。
「タカラヅカ過激団に協力を要請した。あいにくショートヘアしかいないが、それでもツンデレを貸してくれる」
「アニマル王国(旧花鳥園)のワタボウシタマリンは、ブサかわいくてロングヘアー。それもレンタルしましょう」
さすがはコーヴェだ。これで神器がそろった。タイマンではなくなったが仕方ない。勝者こそ正義だ。
夜が訪れた。
ごおおおお……
アルプススタンドが瓦解していく。幼女ぽい何かめ、力を誇示するために高校球児の聖地を破壊するとは。ワタボウシタマリンが怖がって逃げてしまったではないか。
「ぎゃー」
「ぐえー」
「ひえー」
なんてことだ。過激団のショートヘアがツンデレ不足で、近所のおばさんと認知症爺さんがミステリアス不足で倒された。宿の浴衣と足跡ブランドの半纏を残してだ。
「お兄さん、機会だよ。それで二塁ベースを隠して」
昭和の少年が叫んだ。
俺は言われるままにする。
「五時はとっくに過ぎている。さあ出ておいでよ」
少年の声とともに一塁と三塁に透明ランナーが現れる。実体化していく。
「一塁走者はツンデレ、三塁走者はロングヘアーだ!」
「ぐわあ!」
入れ替わるように、幼女ぽい何かが透明化していく。
「昭和の少年よ、とどめを刺せ。さすれば君は成仏できるかも」
俺は根拠なきを口にする。
「うん。サヨナラ手打ちホームラン!」
「ぎゃああ……」
少年が三角ベースを一周する。本塁上で笑いながら、その体が消えていく。
気づけば『違法だけど合法のふりをしたロリの真似』も消滅していた。
***
後ろ盾を失ったオーガキ市は撤退し、ミエ県知事は解放された。そして仲裁を買ってでたシガ県知事が、ナラとワカヤマに停戦ラインを認めさせた。ミエの領土は随分と減ってしまったが、餓狼のごとき連中を相手に滅亡しなかったのだからよしとしよう。
「文章が二千字をオーバーしたのも仕方ないわね。寸評は期待できなさそうだけど」
ミエ県知事が笑う。彼女の二つ名は『胸もとに隙がある服装で園児たちの世話をする、父親受けする保育士さん』だ。
「あなたのおかげでミエは生き延びた。県民を代表して私がお礼をする。ここの知事室にもシャワールームがあるわ」
「夜になったらお邪魔するよ。明るいうちに立ち寄りたいところがある」
俺はそう言って彼女と別れる。一人で向かった先はアイチ領となってしまったスパーランドだった。
「あなたの地位は剥奪された。あなたはもう上級ギフ県民ではない」
観覧車のなかで、変装したオーガキ市長に教えられる。
「俺には不要だった。でもみんなを復活させるのだけは頼むよ」
生き返った奴らは俺にも謝意を示してくれる。とりわけJKの刺殺溶解は熱烈に感謝してくれた。若さをぶつけてくれた。
「若い奴を優先しよう。女子高生とか」
「そうね。まず中学生男子を復活させるわ」
市長がうなずく。
「あなたはやさしい男ね。悲惨な戦いを繰り返しても、それが消えることはない」
「すり減る一方さ。だから慰めが欲しい」
俺の言葉を最後に、しばらく沈黙が流れる。観覧車は頂点に近づいていく。市長は景色でなく俺を見つめていた。
「ただの一兵卒に戻るけど、あなたにはそれが似合う」
市長がサングラスとつけ髭をはずす。
「あなたにはまたオーガキ市のために働いてもらいたい。……その件を今夜話し合いたい。市長室で。二人きりで」
「急すぎだよ」と俺は苦笑いを浮かべる。「俺なりに今後を決めてから会おう。二人きりで。市長室で」
それを聞き市長が微笑む。俺は海へと流れるキソ三川を眺める……。
ヴー母娘はトクヤマダムに戻っただろうか。俺を待っているかもしれないが、しばらく会うつもりはない――次の戦いが始まるまでは。つまり、どうせまたすぐに顔を突き合わせるってことだ。
遠く離れた山の雫が川となり、イセ湾でひとつになる。それなのに人間は認めあおうとしない。無益な戦いを繰り返すだけだ。
そして俺は戦いでしか生きていけない人間だ。哀しいけど、これからも見栄を張らずに生きていこう。
「オチがそれ? ちょっと苦しいね」
青空から三角ベース少年の笑い声が聞こえた気がした。
完