ミッドサマーロワイアル5~スカンジナビアオリンピックの伝説編~

文字数 2,069文字



これは五輪正式種目になったeスポーツの初代金メダリストの、沈まない太陽のもとでの物語である。

最終話
『白夜にサンキャッチャー』


*******



 おいしい水。針葉樹。でっかい白人。隣を歩く人。

「終わっちゃうね」

 ストックホルム郊外の新しい遊歩道で、俺の飲みかけのペットボトルを手にスミカがつぶやく。

「終わるね」

 オウム返しの俺。ようやく慣れた白い夜。お土産に買ったサンキャッチャー。……あれは義烏でも見かけたような。メイドインチャイナかも。

「……ごめんね」

 終わらない夕暮れの中で、スミカが立ち止まる。

「俺こそごめん」

 スマホを向ける日本人。スルーしてくれるでっかい白人。肩を組んで酔っぱらうラティーノ。終宴をせかす花火。

「君はなにがごめんなの?」
 スミカが見つめてくる。

 ……オウム返しだったのがばれてしまう。一番に大切だった人と会場の外で二人きりになれても、なおも放心状態だった。

「スミカと同じかも」

 黒いままの長髪。大きな黒目がちの瞳。紅い唇。急いでやり直したメイク。半日前の涙のあとはもうない。
 彼女は呆れ顔だけど、俺の包帯まみれの右手にまた目を落とす。

「疲れているのにボロボロなのに、呼びだしてごめんね」

 何度でも涙声になりそうな気配。

「そんな理由じゃ同じにできない。それに疲れてなんかない。なのでごめん禁止」

 何度も泣かせたスミカがぷっと吹きだす。

「だったら私は頭をさげない」
 でも彼女は歩きだす。「謝る相手は宮澤君だった」

「チーム宮澤は金メダルだ。あいつがスミカに感謝すべきだ」
 俺はスミカを追いかける。

「報道の影響だ。その呼び方は団体戦(5vs5)の残りの四人に失礼だよ」
 スミカは白夜を見上げて歩く。

 出来たてのスタジアム。戦いを終えたスタジアム。嘘みたいに静かな、そこから遠ざかる遊歩道。たそがれない広い小道。
 俺は二度と離れないように彼女のあとを歩く。

「そろそろ帰らないと」
 だけど彼女は来た道を戻りだす。

 代表ユニフォームの俺。私服のワンピースなスミカ。

「銅で終わったのは、四年後も二人で戦うためだ」

 俺の言葉に彼女は振り返る。

「次は宮澤君とてっぺんを目指して」
「あいつは俺に愛想を尽かしてダブルスを解消した」

 俺の言葉に彼女は笑みを浮かべてくれる。

「その割には一番仲良くて尊びあう二人」
「それはない」
「宮澤君は賢治君を私に譲った。なのに私は勝てなかった」

 クラムポンの由来が自分の名前にあったと最近気づいた俺だが、スミカが唐突に俺を名で呼ぶのは戦闘開始(ゲームスタート)の合図だった。二度と口論したくない。

「俺は宮澤にしっかり謝る。そんで大阪オリンピックで、日本はeスポーツを完全制覇する」
「よし。気兼ねなく帰国できる」

 フィンランドの湖畔。ノルウェーの海岸。記憶にないぞ。転戦の日々だけ。
 でもその半分を一緒に戦ってくれたのは、北欧の自然なんかより純粋できれいな……手を差し伸べかけるなよ。

「気にすんなよ」
 握手なんかしたくない。左手だって痛い。「リハビリ込みで全治一年らしい。それだけで俺はカムバックできる」

 ヘリコプターの音。遠慮したような街灯。彼女の目から涙がこぼれだす。

「誰よりも、私が君を尊敬している。そんな手で戦い抜ける人は、これからミレニアムを過ぎても絶対に現れない。君のパートナーだったことを誇りに思う」

 閉会式なんか。世界レベルで有名な二人の共有時間はちょっとだけ。
 最後にかける言葉なんて。

「新潟の親善大会で宮澤にボロ負けしたあと、ダブルスを組んでと声かけてくれてありがとう。あれがなければ、あの時eスポをやめていた」

 彼女は手の甲で涙をぬぐう。

「私こそありがとう。あの時がなければ臆病で卑屈で、親しい人には横柄で泣き虫な、お婆ちゃん子のままだった。……二十四年で一番の勇気だったよ」

 夜は来ないのに、小川は流れるままなのに、二人の終わりが近づいている。
 お別れの握手をできない俺の手。一番大切な人にかける言葉なんて。

「俺と結婚してください。一年無職だけど」

 スミカはきょとんとする。何を言いだすのみたいに頬を赤らめて、周りをきょろきょろして、「ちょっ時間、あ」スマホを手から滑らしかけて、深呼吸してもう一度俺を見る。詰んじゃう至急ヘルプと俺を見上げてくる。

「隅っかなんかが金メダリストの奥さんになれないら」

 抱きしめたいのに。

「クラムポンなんかがスミカのパートナーになりたい。ならせてください」
 俺は泣きそうだ。

 ミッドサマーロワイアル。白夜の祭典が終わろうとしている。

「やめてよ、どうせ喧嘩……を乗り越えよ。ずっと一緒に朝ご飯を食べよう」
 澄湖香(すみか)が俺の腕を気にしながらもたれてくる。

 花火の音。マット・ウーのヒットポイントが紙一重でゼロになった瞬間より、安堵する俺。

「やっぱり宮澤とは組まない」
 全治が一年三か月に伸びようと、彼女を抱きよせ宣言する。

 待ってましたと茂みからフラッシュ。我慢できず俺たちを囲む人たち。はやしたてる青い目の子どもたち。ずっと沈むな太陽(ソール)
 祝福を慌ただしく抜けだして、二人のすべてが再起動する。
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