1-1. 1615年のハッピーバースデイ

文字数 1,715文字

「魔女の作り方」
 ピクニックに持っていくお弁当の作り方――とでも言うように、紅衣の男は涼しげに声を弾ませた。

「とってもカンタン。誰にでもできます。バカでも大丈夫です。教皇(パウルス)でも、がんばればできます。あっ、でも英国王(ジェームズ)には難しいかもしれませんね」
 薄暗い部屋で、男は足音でリズムを刻む。小気味良い残響が、蝋燭の微かな炎を揺らした。
 床には、一人の少女が仰向けに寝かされている。年の頃は十ほどの、幼い娘。艶やかな黒髪と透けるような白い肌を持つ少女だった。
 少女は裸で、両手両足を固縛されている。猿轡を噛まされ、涙と鼻水を垂れ流しながら懸命に身を捩っている。
 手足は大の字に開かれ、局部を隠すことも許されない。股の間にはとうに水溜りが出来ていた。

「ではさっそく作っていきましょう」
 少女が恐怖に目を見開く。
 紅衣の男が、愛おしげに腰の長剣を抜いていた。金細工の装飾鍔から伸びる刃には、精巧な紋様が幾重にも彫り込まれている。美しい剣だった。

「まず腕を斬ります」
 絶叫。声にならない叫び。長く長く、しかしその声は誰にも届くことがない。
 芸術品の如き刃は、然るに、切れ味に劣った。少女の細腕とはいえ、骨ごと断ち切るには、それなりの手間を要する。
 男はその作業を、汗をかきながら、しかし楽しんで、ゆっくりゆっくり行った。乱雑な傷口からは血が止め処なく流れ、床は赤黒く染まる。
「……次に。首を掻き切ります」
 肩で息をしながら、男は、満面の笑みで長剣を逆手に構え直す。
 その切っ先は、片腕を失いぐったりと動かなくなった少女の首元に向けられる。
「出来るだけ深く、けど死なない程度に切るのがポイント。血をいっぱい出すのがコツです」
 びくん、と少女が跳ねた。
 血泡の混じった息が、抉られた首元から噴き出る。

「最後に――聖遺物(レリクス)を、少々」
 男は、何か小さな包を懐から取り出して、少女の胸の上にそっと置いた。包からは、鈍く輝く光が洩れている。灯火の光とは異なる、この血腥い場には不釣合いな、淡く優しい光だった。
「仕上げに、聖遺物を穢すことを忘れないこと♪」
 ぽたり、と一滴。紅衣の男は、長剣を濡らす血液を光る包に垂らした。
 淡く輝く白い光が、じわじわと赤黒く染められていく。それは、血の色よりも濃く、深く、重たい昏冥の色。
 ぶくぶくと、泡立つように。
 昏い赤黒が、少女の身体を浸していく――。

 いたいけな少女がおぞましい何かに犯されていく。その様に、紅衣の男は眼を眇める。
「……おめでとう、我が娘。おめでとう、ラサリナ。おめでとう。君は今、産まれる。本当の意味で、産まれるんだ。おめでとう、本当におめでとう」
 両腕で己を抱き、感動に打ち震える彼の目は、神の奇跡を目の当たりにした者のそれだった。
「おめでとう! おめでとうおめでとうおめでとう! おめでとうおめでとうおめでとうおめでとう! ハッピーバースデイ、ラサリナ!」
 感極まって、男はその場でくるくると踊り始める。でたらめに喚き散らされる祝福の声が、めちゃくちゃに暗闇に残響する。
「ハッピーバースディ、魔女(メハシェファ) ! 神様ありがとう! 神様ありがとう! ハッピィィィィィィバァァァァァァスデェェェェェイ!!」」
 踊る男の赤い足音は、薄暗い部屋に楽しげにリズムを刻んだ。足元に拡がった筈の血溜まりは、もう無くなっていた。

「なぁ英国王(ジェームズ)東インド(ここ)は良いところだよおおおおおおおお!!」

 17世紀。後に大航海時代と称される時代。
 魔女狩りによってヨーロッパを追われた人外たちは、東へ東へと落ち延びた。
 人外たちが流れ着いた先は、欲望渦巻く東インド――そこは奇しくも、大航海時代の新境地。ヨーロッパ中の冒険商人たちが恋い焦がれる、香辛料の一大産地である。
 ヨーロッパ商人たちの欲望と抗争。落ち延びた人外たちの跳梁。そして東インド元来の呪術師たち。

 金と魔と呪。

 それら全てが絡み合い、今や東インドの地は、世界に類を見ない、混沌の坩堝と化していた。
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登場人物紹介

伊織介

日本人奴隷。武家の出。宣教師に騙されて、奴隷としてオランダに売却されるが、初陣で死亡。次に目覚めた時は、魔女の奴隷となっていた。


穏やかそうに見えて、少々こじらせており危なっかしい性格。その正体は、魔女ル=ウの自律型魔術兵装。

ル=ウ

本名:ラサリナ=ユーフロシン・フィッツジェラルド。英国出身。強欲にして傲慢、悪辣かつ傍若無人な魔女。殖肉魔法の使い手。性格が悪いので友達が居らず、実は極度の寂しがり屋。ドヤ顔裸マントだが魔女団の中では相対的にまともなのでトップの座に収まっている。

フラン

本名:フランセット・ド・ラ・ヴァレット。フランス出身。予言と占いを生業とする解呪師《カニングフォーク》。金にがめつい生臭シスターで、相棒はキモい眼球付きの十字架。趣味はアナル開発。

リズ

本名:リーゼル・マルクアルト。ドイツ出身。妖精の血を引く白魔女《ヴァイスヘクセ》。剣術や銃の扱いから医療の心得まである器用な傭兵。仕事は真面目に取り組むが、私生活では酒とアヘンと愛する放蕩者。放尿しながらストリーキングする癖がある。

リチャードソン

本名:リチャード・A・リチャードソン。ビール腹、髭面の四十代。東インド会社所属の商人であり、同時に帆船メリメント号の艦長。魔女団の後盾兼共犯者として、莫大な利益を上げている。一見気さくな趣味人だが、密貿易と賄賂で現在の地位に成り上がった、油断のならない大男。

フザ

本名:志佐付左衛門=アルフォンソ。傭兵。隻眼、身長2メートル弱の偉丈夫。スペイン人とのハーフ。死生観の崩壊したヤバい人。

メリメント号

魔女団の艦。350トン、砲数14門の軽ガレオン。東インド会社の船でありながら、リチャードソンが横領して魔女団の活動に役立てている。艦齢は20年を数える老婦人だが、小回りに優れる歴戦の勇士。

グリフィズ卿

本名:ルウェリン・アプ・グリフィズ。英国生まれの猫水夫。魔女の使い魔とかでもなんでもない、ただの猫。鼠狩りを職務とし、船の食料を守る。艦長に継ぐ役職(主席士官)の席を与えられており、船員たちの尊敬を集めている。

神父

アイルランド人。英国東インド会社を騙し、大金を奪ってオランダ側に付く。その首には莫大な懸賞金がかけられている。英国ぜったい滅ぼすマン。

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