7-1. 朝日を浴びるとなんかやりきった感が出る

文字数 2,194文字

「まさか、イオリノスケくんがル=ウを上回る変態だったなんてね……」

 遠い目をして、リズが呟いた。

「よもや贄神なんてモノの依代だったとはね。奇特な性癖を神様に認められるなんて、そうあることじゃない。とんでもない変態だ。美味しい訳だよ」
「おとなしそうな顔してそんなにもハイレベルだなんて、正直ちょっと興奮しますわ」
「フランは棒状のモノなら何でも興奮するでしょ、低レベルな変態だね」
「あの、フランさん。生きててくれたことに関しては本当に嬉しいんですが、それはちょっと見境がなさすぎて引きます」
「ちょっと! (わたくし)だって挿れるモノくらい選びますわ!」

 顔を赤くして反論するフランだが、手はだけはしっかりと(オール)を動かし続けている。

 魔女団(カヴン)は、小さな(はしけ)を海に浮かべていた。
 船の残骸が無数に浮かぶ波に揺られて、バタヴィア城の無残に崩れた瓦礫の山が一望できる。そしてその上には、今もゆっくりと傾いでいく(バベル)、あるいは竜だったモノが浮かんでいる。
 竜は儀式核である〝神父〟を失い、その活動を停止した。伊織介が打ち込んだ〝根〟によって上から下までびっしりと緑に覆われたまま、急速に腐り落ちていく。やがて良い肥料になることだろう。

 西に目を向ければ、水平線は白い輝きを湛え、空が白み始めていた。
「……夜明けだ」
 リズがひとりごちた。
「本当に、一晩で決着(ケリ)をつけたね。大したモノだよ、ボクらの魔女頭(ミストレス)さまは」
 ね。と瞑目(ウインク)しながら、リズは伊織介の肩に左手を回す。

 その右腕を永久に失った彼女とは対照的に、今の伊織介はすっかり五体満足だった。
 融合していたル=ウと分離した後も、伊織介の身体は欠損なくいつもどおり。ただ、どういう訳か右眼だけが金色のまま残ってしまった。
 当のル=ウ自身も、肉体的にはことさら傷などは残っていない。伊織介にとって、ル=ウの肉体を吐き出す(・・・・)という行為は文字通り吐き気を催す体験ではあったが、とにかく彼女は無事だ。

 生まれたままの姿に拾い物のボロ布を羽織って、ル=ウは静かに竜の残骸を眺めている。

「ヘイヘーイ、華々しい凱旋だというのに、テンション低いですわよー? あっ、もしかして船酔いですの? かっこわるいですわー」
「ちょっとフラン。デリカシーなさすぎ」
 ル=ウに絡もうとするフランを、リズが押し止める。そんな二人のやり取りにも、ル=ウは無反応だった。

「ルウ」
「――ん? ああ……」
 伊織介の呼びかけにようやく応じたル=ウの反応は、似つかわしくないほどに鈍い。
「ルウ、大丈夫ですか」
「ああ……悪いな。心配かけて」

 ずっと憎んでいた相手とはいえ、実の父親をその手で殺したのだ。思う所があるのだろう。

「帰ったら報奨金ですわよ、報奨金! ナニを買いましょう!? お洋服も欲しいですしー、美味しいモノも食べたいですしー、貯金もしたいところですわ!」
「ボクはお酒が欲しいな。あとクスリ。余ったお金で義手でも買うかな」
 艀の後部では、早くもフランとリズが金の使い途で盛り上がっている。
 オランダ艦隊を蹴散らし、バタヴィア城を崩し、お尋ね者の神父をすら倒したのだ。奇跡みたいな大戦果であることは間違いない。守銭奴(フラン)ならずとも、昂揚するのはわけないことだ。

「報奨……報奨か。そうだな、たとえばイオリ。イオリは、何が欲しい?」
 はしゃぐフランたちの声を聞き流しながら、ルウが穏やかに問いかける。
「何が欲しい、イオリ。なんでもいってみろ」
 その青い瞳が、まっすぐに伊織介を見つめる。強欲な魔女のそれとは思えない、澄んだ瞳だった。
 
 ――憑き物が落ちたかのようだ。

 だから、伊織介の返答はとっくの昔に決まっていた。

「服を」
「?」
 ル=ウのきょとんとした表情。

「服を着て欲しいです」

 リズは半裸であった。フランも半裸であった。そしてル=ウも、ボロ布の下は全裸であった。本来見えてはならぬ部分が、朝日に照らされて全部見えていた。
 リズは失った右腕の治療のためであり、フランは激しい戦闘のためであり、ル=ウは一度伊織介に融合したためであったが――武士道には毒であることに、間違いなかった。

「ふ」
 破顔。噴き出したル=ウの涎が顔にかかって、伊織介は眉根を寄せる。
「ふはははははは、あはは! あっはははははは!」
 当のル=ウは貞淑のかけらもなく、腹を抱えて笑い転げていた。
 そんな彼女の様子を見て、伊織介どころか、リズにフランまでが互いに目を合わせて呆気にとられている。
 脚をばたつかせてひとしきり笑い終わると、目に涙すら浮かべたル=ウは、今度は伊織介の肩をばしばしと叩く。
「まったく、イオリはおかしなやつだよ。ハイヌウェレを降ろすほどに歪んでるくせ、そういうとこだけまじめなんだ。この、むっつりすけべ!」
 年頃のおてんば娘がそうするように。魔女としての威厳などかなぐり捨てて、白い歯を見せるル=ウの笑顔が眩しかった。

「反論したいところですが」

 まあ、いいか。
 伊織介は嘆息する。己の主人の、こんなにもいい表情を見せてもらえたのだから。



 ――魔女団は、勝ったのだ。
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登場人物紹介

伊織介

日本人奴隷。武家の出。宣教師に騙されて、奴隷としてオランダに売却されるが、初陣で死亡。次に目覚めた時は、魔女の奴隷となっていた。


穏やかそうに見えて、少々こじらせており危なっかしい性格。その正体は、魔女ル=ウの自律型魔術兵装。

ル=ウ

本名:ラサリナ=ユーフロシン・フィッツジェラルド。英国出身。強欲にして傲慢、悪辣かつ傍若無人な魔女。殖肉魔法の使い手。性格が悪いので友達が居らず、実は極度の寂しがり屋。ドヤ顔裸マントだが魔女団の中では相対的にまともなのでトップの座に収まっている。

フラン

本名:フランセット・ド・ラ・ヴァレット。フランス出身。予言と占いを生業とする解呪師《カニングフォーク》。金にがめつい生臭シスターで、相棒はキモい眼球付きの十字架。趣味はアナル開発。

リズ

本名:リーゼル・マルクアルト。ドイツ出身。妖精の血を引く白魔女《ヴァイスヘクセ》。剣術や銃の扱いから医療の心得まである器用な傭兵。仕事は真面目に取り組むが、私生活では酒とアヘンと愛する放蕩者。放尿しながらストリーキングする癖がある。

リチャードソン

本名:リチャード・A・リチャードソン。ビール腹、髭面の四十代。東インド会社所属の商人であり、同時に帆船メリメント号の艦長。魔女団の後盾兼共犯者として、莫大な利益を上げている。一見気さくな趣味人だが、密貿易と賄賂で現在の地位に成り上がった、油断のならない大男。

フザ

本名:志佐付左衛門=アルフォンソ。傭兵。隻眼、身長2メートル弱の偉丈夫。スペイン人とのハーフ。死生観の崩壊したヤバい人。

メリメント号

魔女団の艦。350トン、砲数14門の軽ガレオン。東インド会社の船でありながら、リチャードソンが横領して魔女団の活動に役立てている。艦齢は20年を数える老婦人だが、小回りに優れる歴戦の勇士。

グリフィズ卿

本名:ルウェリン・アプ・グリフィズ。英国生まれの猫水夫。魔女の使い魔とかでもなんでもない、ただの猫。鼠狩りを職務とし、船の食料を守る。艦長に継ぐ役職(主席士官)の席を与えられており、船員たちの尊敬を集めている。

神父

アイルランド人。英国東インド会社を騙し、大金を奪ってオランダ側に付く。その首には莫大な懸賞金がかけられている。英国ぜったい滅ぼすマン。

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