3-1. おやつ気分で体液交換
文字数 2,847文字
息が苦しい――そのせいで目が覚める。
「ん……んん……?」
声が出ない。身体が動かない。それも当然だ。
「ん……!? ンン――!!」
伊織介は自身の置かれた状況に気付くと、身を捩って抵抗する。だがそれも両腕を抑え込まれて、
仰向けに寝かされた伊織介の上に跨ったル=ウが、伊織介の
狭く薄暗い小部屋に、二人の荒い息遣いだけが響いていた。
* * *
「ひどい……」
そこは小さな部屋だった。ル=ウが背筋を伸ばせば巨大な
「犯された……」
「お前そんな、
机の上に腰掛けて、頬を膨らませているのはこの部屋の主、ル=ウだった。不満げに両腕を組んで脚をぶらぶらさせている。
「僕は武士です!」
伊織介は
「だからなんだよ」
「武士は女淫を犯さぬのです!」
「サムライの
ル=ウはひょいと机から降りて、窓にかかった
「な……何ですか! また何か始める気ですか」
伊織介が後ずさって、身を固める。
「そうだよ」
怯えて縮こまる伊織介に、ル=ウは舌舐めずりして笑顔を向けた。
「イオリ――どうやら勘違いしているようだから、教えてやる」
底意地の悪そうに表情を歪めて、子供に言い聞かせるように優しく語りかける――その様は、まさしく子供を太らせては食らう魔女そのもの。
「――〝動くな〟」
びくり、と伊織介が震えて動きを止める。自分の意志に自分の身体が従わなくなる。
「ひとつ。イオリはわたしの
ル=ウは
「ひとつ。さっきのアレは遊びや酔狂じゃない」
言いながら、ル=ウは赤子を寝かせるように優しく伊織介を
相変わらずル=ウが身につけているものは
「
伊織介は、自身の口の中に異物感が無いのを思い出す。昨晩の戦いで、確かに伊織介はル=ウの舌を口内に埋め込まれていた。魔女の舌が好き勝手に喋るものだからひどく気を揉んだものだったが、今はそれが無くなっている。ル=ウの言う通り、確かに
「それにだ。イオリの身体は
「……っ!」
どうして失念していたのだろう。ル=ウの言うとおり、昨晩伊織介の身体から伸びた顎は、化物の頭部を丸呑みにして腹の中に引っ込んでしまったのだ。であれば、腹の中に化物の頭が収まっているのも道理だろう。自分の身体の内側にとんでもない化物が棲んでいるような気がして、伊織介は今度は顔を青くする。
「このままでは、腹を壊すぞ、イオリ。だから……」
不安な表情を浮かべる伊織介の頬を、ル=ウは愛おしげに撫でた。
「吸い出してやる。
言って――ル=ウは伊織介の首筋に
「あ、あ、あああああっ――」
吸われる。血を吸われているのが解る。恍惚とした喪失感とぞっとする快感に、伊織介は声が漏れるのを抑えられなかった。
ル=ウが鋭い犬歯を突き立てて――血を啜っている。まるで
「あむ……ん……ふふふ、大丈夫だ。わたしは船喰らいの魔女、そして闇鍋の魔女。どんな
一旦口を離して、ル=ウが笑顔を作った。口から血を滴らせて目を眇める様は、ぞっとするほど美しくて。
「ああ、おいしい。やっぱりおいしいよ、イオリ……三年もかけて作った甲斐があった」
薄闇の中、伊織介はル=ウの青い瞳が徐々に金色に変わっていくのを見た。その色は夜闇に浮かぶ月にも似て、その怪しい輝きは人ならざる者の眼であることを雄弁に語っている。
「どうだイオリ? 血を吸われるのは、気持ち良いだろう?
上体を起こして、ル=ウはにひひと意地悪く笑う。
「そんなの……卑怯です……」
「可愛いやつだ」
言って、ル=ウは再び伊織介の首筋にかぶりつく。
「わたしが美味しいと思える血は、世界で一人だけ。イオリだけだ。だから、だからな、どうか――」
ル=ウは、その後に言葉を紡ぐことはしなかった。
じゅるじゅる、じゅるじゅると、下品な水音と、伊織介の微かな喘ぎ声だけが薄暗い室内に響いている。
伊織介の身体はいつの間にか動くようになっていたが――動くことなどできようもない。そんな勇気は、伊織介にはなかった。
* * *
奴隷とは、人間でありながら、所有される存在のことを指す。
所有物に過ぎない以上、その扱いは所有者によって様々だ。道具を大切に扱う主人もいよう。道具を使い潰す主人もいよう。長く大事に使った方が良い道具もあれば、さっさと使い潰して新しいのを買ったほうが良い道具もある。
では、伊織介の場合は――
大切に扱うか粗末に扱うかは別として……少なくとも、魔女は奴隷を簡単には手放さない。それこそ、あらゆる手段を尽くして。