7-2. 人形ですが魔女団に就職しました
文字数 1,824文字
魔女団を乗せた艦は、帰路に就いていた。メリメント号は燃え尽きてしまったが、頂いた船の乗り心地は悪くない。オランダ側の追撃もなく、波も穏やかだ。
「イオリの奴隷契約書、無くなっちゃったな」
伊織介は、いつも通りの真っ白な
「……そんなもの、あったんですか?」
伊織介は、不思議そうに尋ねた。実際、奴隷の契約書などあってないような物。いくらでもでっち上げらる書面に過ぎない。
「一応、あったよ。神父が……あの男が持ってた」
となれば、それはバタヴィア城と共に燃え尽きてしまったことを意味する。胡乱な品物だが、二度と人の手に渡ることはないだろう。
「つまりだ、イオリ。きみの正式な所有主は、死亡したことになる」
ル=ウは甲板上をそわそわと歩き回る。妙に言いづらそうな語り口だ。
「……僕は自由の身、ですか?」
「そういう、ことになる」
不安げな顔で、ル=ウは頷いた。
「で、だイオリ」
意を決したように、ぐっと拳を握るル=ウ。
「我が
(なんだ、そんなことか)
思わず吹き出しそうになるのを慌てて隠す。この寂しがりの魔女は、妙なところで生真面目だ。あるいは、それは自信のなさの裏返しなのだろう。
「今回の件でな、会社から結構な額の報奨金が出る。だからな、この資金を元手に商会の規模を拡張しようと思って」
わたわたと必死に説明を続けるル=ウが可笑しくて、微笑ましかった。
「でな、安定的な労働力の確保の為に、年季奉公人を雇いたいんだ」
年季奉公人――つまり、住み込みの従業員のことだ。別名、年季奴隷。あるいは年季強制労働。ル=ウなりに、一生懸命考え抜いた理屈なのだろう。
ただ一言、〝わたしの奴隷でいろ〟と言えないのが、この魔女なのだ。
もちろん、伊織介の答えは決まっていた。
「ええ、ルウ。では、その年季奉公人……僕が志望しても宜しいでしょうか?」
その言葉に、ル=ウの顔がぱっと明るくなる。
「あ――ああ! もちろん、就職希望者は大歓迎だ。安心して欲しい、我が
伊織介はル=ウの言葉をにこにこしながら聞いていると、ル=ウが急に真剣な顔つきになる。
「こほん。……では、イオリ。聞かせて貰おう。君を雇った場合、我が商会にどんなメリットがある?」
如何にも真面目くさった事務的な口調で、ル=ウが問う。
ここまで来ると、ごっこ遊びだ。もちろん、付き合ってやる程度の甲斐性は伊織介にもある。
「――はい、ルウ。僕は、魔女の奴隷として、捨て駒にも食料にもなれます。いざという時には、魔女の代わりに戦うことも出来ます」
伊織介は言葉を区切った。リチャードソンやル=ウほど、長台詞をうまく喋る才能は無いらしい。
「殺したり、殺されたりするのは得意です。与えられた責務をしっかり果たし、貴方の業務を陰ながら支えていくことができると思います」
言い切って、思わず吹き出した。
するとル=ウも破顔した。
「めちゃくちゃな売り込み文句だな。でも、それがイオリらしい。採用!」
ル=ウは満面の笑みを浮かべて、伊織介を抱き寄せた。
「よし! 今日も、明日も、これからずーっと、イオリはわたしのモノだ!」
ル=ウは無邪気に頬ずりする。いつか見た、幼い彼女の姿のように。
「――ええ、ルウ。僕のいのちは、貴方のものです」
自身より少し背の高いル=ウに抱きしめられて、伊織介は少し照れくさそうに身を捩った。
二人で一つの魔女を載せて、船は海を進んでいく。
こうして伊織介は、改めて、魔女の下僕になったのである。
(了)