7-2. 人形ですが魔女団に就職しました

文字数 1,824文字

「そういえば」
 艦尾甲板(クォーターデッキ)で海風に吹かれるル=ウが、思い出したかのように切り出した。羅紗(キャスケット)帽からはみ出た黒髪が、涼しげに風に波打っている。

 魔女団を乗せた艦は、帰路に就いていた。メリメント号は燃え尽きてしまったが、頂いた船の乗り心地は悪くない。オランダ側の追撃もなく、波も穏やかだ。
 
「イオリの奴隷契約書、無くなっちゃったな」
 伊織介は、いつも通りの真っ白な上衣(ダブレット)で、ル=ウの傍に控えている。腰には愛用の小太刀。リチャードソンがきちんと保管してくれていた物だった。

「……そんなもの、あったんですか?」
 伊織介は、不思議そうに尋ねた。実際、奴隷の契約書などあってないような物。いくらでもでっち上げらる書面に過ぎない。
「一応、あったよ。神父が……あの男が持ってた」
 となれば、それはバタヴィア城と共に燃え尽きてしまったことを意味する。胡乱な品物だが、二度と人の手に渡ることはないだろう。
「つまりだ、イオリ。きみの正式な所有主は、死亡したことになる」
 ル=ウは甲板上をそわそわと歩き回る。妙に言いづらそうな語り口だ。

「……僕は自由の身、ですか?」
「そういう、ことになる」

 不安げな顔で、ル=ウは頷いた。

「で、だイオリ」
 意を決したように、ぐっと拳を握るル=ウ。
「我が魔女団(カヴン)としては、従業員を絶賛募集中なんだけど」

(なんだ、そんなことか)

 思わず吹き出しそうになるのを慌てて隠す。この寂しがりの魔女は、妙なところで生真面目だ。あるいは、それは自信のなさの裏返しなのだろう。
「今回の件でな、会社から結構な額の報奨金が出る。だからな、この資金を元手に商会の規模を拡張しようと思って」
 わたわたと必死に説明を続けるル=ウが可笑しくて、微笑ましかった。
「でな、安定的な労働力の確保の為に、年季奉公人を雇いたいんだ」
 年季奉公人――つまり、住み込みの従業員のことだ。別名、年季奴隷。あるいは年季強制労働。ル=ウなりに、一生懸命考え抜いた理屈なのだろう。

 ただ一言、〝わたしの奴隷でいろ〟と言えないのが、この魔女なのだ。
 
 もちろん、伊織介の答えは決まっていた。
「ええ、ルウ。では、その年季奉公人……僕が志望しても宜しいでしょうか?」
 その言葉に、ル=ウの顔がぱっと明るくなる。

「あ――ああ! もちろん、就職希望者は大歓迎だ。安心して欲しい、我が魔女団(カヴン)は、現在急成長中の商業組織だ。仕事は危険で、たまに死んだりするが、やり甲斐があるぞ。アットホームな職場で、活躍すれば報奨金(ボーナス)も出る。それに、戦傷保障もあるぞ。タダで治療が受けられる……ちょっと性格が歪んでるけど、同僚も腕の良いのが揃ってる」

 伊織介はル=ウの言葉をにこにこしながら聞いていると、ル=ウが急に真剣な顔つきになる。
「こほん。……では、イオリ。聞かせて貰おう。君を雇った場合、我が商会にどんなメリットがある?」
 如何にも真面目くさった事務的な口調で、ル=ウが問う。
 ここまで来ると、ごっこ遊びだ。もちろん、付き合ってやる程度の甲斐性は伊織介にもある。
「――はい、ルウ。僕は、魔女の奴隷として、捨て駒にも食料にもなれます。いざという時には、魔女の代わりに戦うことも出来ます」
 伊織介は言葉を区切った。リチャードソンやル=ウほど、長台詞をうまく喋る才能は無いらしい。

「殺したり、殺されたりするのは得意です。与えられた責務をしっかり果たし、貴方の業務を陰ながら支えていくことができると思います」

 言い切って、思わず吹き出した。
 するとル=ウも破顔した。
「めちゃくちゃな売り込み文句だな。でも、それがイオリらしい。採用!」
 ル=ウは満面の笑みを浮かべて、伊織介を抱き寄せた。

「よし! 今日も、明日も、これからずーっと、イオリはわたしのモノだ!」

 ル=ウは無邪気に頬ずりする。いつか見た、幼い彼女の姿のように。

「――ええ、ルウ。僕のいのちは、貴方のものです」

 自身より少し背の高いル=ウに抱きしめられて、伊織介は少し照れくさそうに身を捩った。

 二人で一つの魔女を載せて、船は海を進んでいく。

 こうして伊織介は、改めて、魔女の下僕になったのである。


 (了)
                          
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登場人物紹介

伊織介

日本人奴隷。武家の出。宣教師に騙されて、奴隷としてオランダに売却されるが、初陣で死亡。次に目覚めた時は、魔女の奴隷となっていた。


穏やかそうに見えて、少々こじらせており危なっかしい性格。その正体は、魔女ル=ウの自律型魔術兵装。

ル=ウ

本名:ラサリナ=ユーフロシン・フィッツジェラルド。英国出身。強欲にして傲慢、悪辣かつ傍若無人な魔女。殖肉魔法の使い手。性格が悪いので友達が居らず、実は極度の寂しがり屋。ドヤ顔裸マントだが魔女団の中では相対的にまともなのでトップの座に収まっている。

フラン

本名:フランセット・ド・ラ・ヴァレット。フランス出身。予言と占いを生業とする解呪師《カニングフォーク》。金にがめつい生臭シスターで、相棒はキモい眼球付きの十字架。趣味はアナル開発。

リズ

本名:リーゼル・マルクアルト。ドイツ出身。妖精の血を引く白魔女《ヴァイスヘクセ》。剣術や銃の扱いから医療の心得まである器用な傭兵。仕事は真面目に取り組むが、私生活では酒とアヘンと愛する放蕩者。放尿しながらストリーキングする癖がある。

リチャードソン

本名:リチャード・A・リチャードソン。ビール腹、髭面の四十代。東インド会社所属の商人であり、同時に帆船メリメント号の艦長。魔女団の後盾兼共犯者として、莫大な利益を上げている。一見気さくな趣味人だが、密貿易と賄賂で現在の地位に成り上がった、油断のならない大男。

フザ

本名:志佐付左衛門=アルフォンソ。傭兵。隻眼、身長2メートル弱の偉丈夫。スペイン人とのハーフ。死生観の崩壊したヤバい人。

メリメント号

魔女団の艦。350トン、砲数14門の軽ガレオン。東インド会社の船でありながら、リチャードソンが横領して魔女団の活動に役立てている。艦齢は20年を数える老婦人だが、小回りに優れる歴戦の勇士。

グリフィズ卿

本名:ルウェリン・アプ・グリフィズ。英国生まれの猫水夫。魔女の使い魔とかでもなんでもない、ただの猫。鼠狩りを職務とし、船の食料を守る。艦長に継ぐ役職(主席士官)の席を与えられており、船員たちの尊敬を集めている。

神父

アイルランド人。英国東インド会社を騙し、大金を奪ってオランダ側に付く。その首には莫大な懸賞金がかけられている。英国ぜったい滅ぼすマン。

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