その二十三

文字数 1,235文字

「やめろっ!」
 気付けば私は駆け出し、ツバキと島木の間に割って入っていた。叫んだ後で冷静になれば自分でも訳が分からない。しかし彼の表情を見た瞬間、咄嗟に身体が動いていたのだ。そうすればどんな目に遭うか、分かっていたにも関わらず。
 振り払おうとした私の右手に、鋭い痛みが走った。
「いっ……!」
 声を上げようにもそれ以上の言葉が出てこなかった。島木は刺した相手が私と分かり驚いたのか、思わずナイフを床に落とす。
 独特の金属音が、店内に鳴り響いた。
「サクマさん!大丈夫ですか!」
 歌姫がすぐさま私の元に駆けつけた。床にあったナイフをすぐさまマスターに渡し、そして私の右手を見て彼は「ああ」と嘆いた。
「すぐに包帯を持ってきます!そこで待っていてください!」
「ありがとう」と言い終わる間もなく、歌姫はスタッフルームへと引っ込んでいった。とりあえずその場でしゃがみ、左手で出血を押さえたが大した傷ではない。私は一先ず安堵した。
 そして振り返ればツバキが、灰色の瞳で私を見つめていた。ぽかんとしていて、それは先程と同様に私がこれまで見たことの無い表情だった。
「……いったい何をしているんだい」
 責めるでも心配するでもなく、ただただ彼は戸惑っていた。眉をひそめて「馬鹿なのか」とでも言いたげな様子だ。
「馬鹿なのかい、君」
 ほとんどそのまま言いやがった。
「失礼な奴だな。こっちは助けてやったんだぞ」
「頼んだ覚えはないさ」
「これまた酷い言い方だな。俺だって、お前を助けるつもりなんてこれっぽっちもなかった」
「それならどうして、僕と彼女の間に入ってきたのさ」
「知るか、勝手に体が動いたんだよ。……それよりお前はどうなんだ」
「何が」
「怪我はないのか」
 私が尋ねるとツバキはぷいと横を向き、そしてため息をついた。
「……別にない」
「そうか。良かったな」
「……突然君が目の前に現れて驚いたよ。君こそ、一大事にならなくて良かったね」
 まるで他人事のようである。しかし抑揚を抑えた声色から、彼がそれなりに負い目を感じているのは明らかだった。なので私は、それ以上ツバキに文句を言わないようにした。
 一方で私の目の前にいる島木は荒い呼吸を繰り返し、小さな目で私を鋭く睨んでいた。
「何よ……何よ何よ!みんなで私の邪魔をして!挙句の果てには歌姫まで!いったいなんなのよ!」
 島木はまだ私達に反抗する気でいた。覆い被さるように彼女は近付き、そして大きな両手で今度は私の首を締めようとした。「いい加減にしろ」とツバキが私を後ろへ逃がし、声を荒らげる。
 すると次の瞬間、店の扉がガランガランと音を立てた。勢いのついた音で、思わず扉の奥の人影に目を向けた。
「サクマ、待たせてごめんね!君の友達についてなんだけど…」
 なんとそこに現れたのは紫帆だった。
 私を含め、全員が予期せぬ人物の登場に唖然とした。
「……え、何この状況。皆何があったの」
 紫帆も目の前の光景に驚いたのだろう。ありのままの疑問を、彼女はそのまま口にした。
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