その四

文字数 2,528文字

 ……一旦持っていた首を元の場所に慎重に置き、私はできる限りのことをしようと決意した。まずは警察に電話だ。
 まさか二十数年生きてきてバラバラ死体を目にするとは思ってもみなかった。ニュースや架空の小説で「バラバラ」の言葉はよく見るが、正直に言えば言葉の意味を表面的に捉えるのみで、その重みを感じたことは一度もなかったのだ。
 私は携帯電話を取り出し、すぐさま一一〇番を押した。しかし繋がらない。プルルルといった着信音も聞こえない。すぐに手元の携帯電話を見返した。
「あ……」
 画面をよく見ると電波が圏外となっていた。こんな初歩的なことにも気付かないとは。冷静に振舞っているように見えて、私はかなり動転していた。しかしそれも仕方のないことだ。死体を見ても冷静にいられる者など、探偵か刑事か、はたまた多くの不運に見舞われた未亡人ぐらいだろう。
 私は改めて辺りを見渡した。砂浜を掘り起こしている間に、通行人が一人でもいなかったか確かめるためである。しかしこれも思うようにいかなかった。早朝でまだ島民は寝静まっているのか、遠くの果てまで注視したが人影すらない。
 途方に暮れた私は、深呼吸をしてしばらくしたあと――気分を落ち着かせ、覚悟を決めて――そろりと死体に近付いた。
 また悲鳴を上げないよう、ぎりぎりの薄目にして首を持ち上げる。先程慌てて下ろしたため、ほんの少し身体との距離が離れていたからだ。それを元に戻すだけだ。恐れることはない。
 首だけでもこれ程の重さなのかと初めは思っていた。しかしまじまじと見つめているうちに、私の胸の内には別の感情が沸き起こった。
 私とほぼ同年代だろうか(少し若くも見える)。性別は男性。だから今目の前にあるのも勿論、男の顔立ちだ。しかしやけにそれは美しかった。
 目鼻などの顔のパーツが整っており、その位置関係も完璧なバランスで保たれていた。一方で血の気のない肌の色は良くも悪くも人形のようである。砂を被っていたにも関わらず、緩くウェーブの入った焦げ茶の髪は艶やかで、西洋の絵画に描かれていても決して不思議がないほどの出来映えだった。しかしそのせいで死体と思うには違和感がある。
 だがしかし、これは死体なのだ。先程から避けていた数々の身体の断面に目を向ければ明らかでないか。
 私はチラリと視線を動かそうとしたが、やはり無理だった。気分が悪くなってしまう。すると突然。
「うわ、これは酷い」
 背後から声がした。振り返ると女が立っているではないか。十代から二十代だろうか。死体の様子を見て思わず発言したようだ。
 いきなり人に遭遇し、私は驚きのあまり体制を崩しそうになったが、なんとか持ち直した。死体に対してあれやこれやと考えを巡らせている場合ではない。
「すみません!ここの人ですか?すぐに警察を呼んでください。バラバラ死体を発見して……」
 私はすぐに訴えたが、彼女はまじまじと私の顔を見るばかりだった。まさか、私がこの死体を殺した犯人だとでも思っているのか?確かに今の私の状態は…死体の首を持った状態で屈んでいたのだから、そう思われても仕方がなかった。
「ご、誤解です!これは私がやったことじゃありません!信じてください!」
慌てて首を下ろして私はこれまでのことを釈明する。目が覚めたらこの浜辺にいたこと。人を探そうと浜辺を歩いた矢先にこの死体を見つけたことを。
「……ふふっ」
 ところが女は不意に笑いを漏らした。
「ごめんなさい。あまりにあなたが慌てるからつい、可笑しくて」
 そう言いながら彼女はしばらく笑ったあと、私の元へと近付いてきた。
「あなたが殺しただなんて微塵も思ってないですよ。私、誰がこの死体を埋めたのか、知っていますから」
「え、……そうなんですか?」
「二年前のことで、……まあいろいろ修羅場の果てにみたいな」
「はあ、そうですか。……これを見てもやけに冷静なんですね。当時の状況を知っているとはいえ、ここに死体があるんですよ?」
 私は素直に問いかけた。男の私でも、と言ったら失礼だろうか。思わず腰を抜かしたのに、女は死体に近づいても平然としている。
「だって昨日私、埋め直したもの。彼を」
「は?」
「だからそれ、そこのバラバラ死体。私が昨夜掘り起こしたあと、もう一度埋めたの」
 私は改めて振り返り、死体を見つめる。だから砂の下でもこんなに綺麗に保存されていたとでも言うのか?しかし昨日掘り起こしたとはいえ、二年前の死体なのだろう?
「どうして死体を掘り起こすようなことを?いえ、そもそも掘り起こしただなんておかしい。二年前の死体がこんなに綺麗なはずがないでしょう!」
「それは確かに正しいけど、死体が腐っているはずだというあなたの指摘は……本来なら……」
女はしどろもどろになるが、すぐにはっきりと言った。
「掘り起こした理由は明白です、私は彼を生き返らせたかった。だから生き返らせた」
「……はあ?」
「本当は今頃起きてくれるんだけど、私の力が弱かったから……中途半端になっちゃって……」
 何を言っているんだこの女は。この死体を生き返らせた?何をおかしなことを言っている。もしや怪しいインチキ団体の勧誘か何かか?
 私はすぐさま、この謎の女に対する疑念を深めた。
「……意味が分からない顔をしていますね」
「ええ勿論。あなたの仰っていることは皆目意味が分かりません」
「百聞は一見にしかずか…」
 女はため息をついたあと、そばにいた私を隣へ押しやった。そして死体全体に向けて、手をかざし始める。
「そういえば名前を名乗っていませんでした。私の名前は堂島紫帆。あなた、六稜島の人間じゃないよね?」
「佐久間稜一、友人を探しに来た。……やっぱりここは六稜島なのか?」
「そう。そして私はこの島で「魔女」と呼ばれている女」
「魔女?」
「そう。……ところで、サクマは血なまぐさいものに耐性があるほう?」
「いや……無理だ。今でも吐き気を抑えるのに手一杯なのに」
「じゃあ見えないようにするね」
「何を?」
「バラバラ死体を繋げ直すところ」
すると紫帆の掌から突然光が溢れ出し、遂には浜辺一面が光で包まれた。「なんだこの光景は?」と思ったのも束の間、私の視界も遮られ、眩しさで何も見えない。
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