その二十四
文字数 1,843文字
「サクマさん!包帯持ってきました!今からすぐに巻いて……あ……」
歌姫がスタッフルームから出てきたタイミングで、丁度良いのか悪いのか、彼は紫帆と目があった。
「魔女……どうしてあなたがここに」
「こんにちは歌姫。いや、もう夕方だしこんばんはかな」
紫帆は優しくそう言うとそっと店の扉を閉めた。隙間からはいつの間にか茜色の光が差している。初めにツバキとこの店に来てから、かなりの時間が経っていた。
「ところで。何があってこんなことになってるの」
紫帆はもう一度尋ねた。
「簡単なことさ。一年前の事件の犯人がそこの女だった。僕が指摘したことで彼女がナイフを手に襲いかかり、間に入ってきたサクマが右手を刺された」
ツバキが紫帆と視線を合わせることなく、簡単に説明する。
「そう……。サクマ、大丈夫?」
紫帆は心配そうな表情で私に近付き、そして私と同じようにしゃがみ込んだ。
「ごめんね。六稜島に来たばかりなのに、こんな目に遭っちゃって」
まだ出血している私の右手に、紫帆は手をかざした。不思議な力で怪我を治すつもりかと身構えたが、
「ああそうだ。今朝使ったからしばらくはダメだったんだ」
そう言いながら彼女はツバキの後ろ姿を見上げた。ツバキは見られていると分かっていても、振り向こうとしない。
紫帆はしばらく見つめていたが、彼には何も言わなかった。
「……歌姫。彼に包帯、巻いてあげて」
「あ、ああ。分かった」
「マスター、カウンターを今すぐ片付けて。これ以上何かが起こってもいけないから」
「はい。その通りに」
歌姫とマスターが、めいめいに言われた通りに行動する。
そして紫帆は私達のそばを通り過ぎ、島木と対面した。
「お久しぶりです、島木さん。あなたに会うのは、私がこの島に案内してあげて以来ですか」
「堂島さん……!あなたのせいで私は散々です!」
島木は再び息を荒くして紫帆を睨みつけた。
「あなたが誘ってくれたこの六稜島、初めは快適でしたけど今はもう最低の島よ!私に優しくしてくれる人間が一人もいないじゃない!おまけにやりたくもない殺人までやらされて……!全部あなたの責任よ!謝りなさい!」
やりたくもない殺人とはなんだ。あんたが勝手に実行したんだろと私は言おうとした。しかし、
「動かないでください。包帯がずれますから」
手当をしてくれている歌姫の邪魔をするのは申し訳ない。私はぐっと堪えた。
「島木さん。そんなこと言わないでくださいよ」
紫帆は腰の低い応対をした……この一瞬だけ。
そしてもう一言。
「世間がてめえの思い通りに動くわけねえだろ!」
紫帆は突然島木に怒鳴った。それもこれまで聞いたことのない口調で。
「優しくしてくれる人間が一人もいない?当たり前だろうが。この島の人間は大方、心にちゃんとした意志を持ってんだよ。お前みたいな我儘な奴はこの島では無視される。本土にいた時のあんたと同様な!」
出会った時のころころとした声が、今では鋭利な刃物となって島木に襲いかかっていた。当の島木はといえば、紫帆の豹変に恐怖を覚えると共にたじろいだ様子だった。
「本土にいた時と同様に?…向こうで関わったことのないあんたが、どうしてそんなこと知っているのよ!」
「事前に味わったからに決まってるだろ。てめえの愚かな人間性をな。……いつか問題を起こすとは思っていたが、まさか人殺しとはね」
「ふん!別に構わないでしょう?この島に警察はいないんだから、何をしたって自由よ!それに、あなたにも少しは責任があるんじゃない?この島に私を呼んだのはあなたよ!」
「年老いた親の世話は放置しているくせに、自分はいい歳こいて人の世話に預かりたいのか?くだらない」
紫帆はそれ以上島木について語らなかったが、彼女について多くのことを知っているような口ぶりだった。島木から見れば島に招待しただけの関係だが、紫帆から見ればそうではなさそうである。私はそのことに少し興味を抱いた。
「……島木さん、私はあなたを許さない。ただ人を殺しただけじゃない、あなたは私の大事な島民を傷付けた!」
紫帆は島木の顔を正面から指差し、彼女を非難した。対して島木は余裕綽々としている。紫帆が元の丁寧な口調に戻ったからだろうか。
「さっきから言っているじゃない。この島に警察はいないんでしょ?」
「……ええ。いないからこそ、あんたの罰は私が決める!」
しかし紫帆の怒りは収まってなどいなかった。彼女はさらに島木の元へ近付くと振りかぶり、パン!と弾ける音と共に彼女をビンタしたのだ。
歌姫がスタッフルームから出てきたタイミングで、丁度良いのか悪いのか、彼は紫帆と目があった。
「魔女……どうしてあなたがここに」
「こんにちは歌姫。いや、もう夕方だしこんばんはかな」
紫帆は優しくそう言うとそっと店の扉を閉めた。隙間からはいつの間にか茜色の光が差している。初めにツバキとこの店に来てから、かなりの時間が経っていた。
「ところで。何があってこんなことになってるの」
紫帆はもう一度尋ねた。
「簡単なことさ。一年前の事件の犯人がそこの女だった。僕が指摘したことで彼女がナイフを手に襲いかかり、間に入ってきたサクマが右手を刺された」
ツバキが紫帆と視線を合わせることなく、簡単に説明する。
「そう……。サクマ、大丈夫?」
紫帆は心配そうな表情で私に近付き、そして私と同じようにしゃがみ込んだ。
「ごめんね。六稜島に来たばかりなのに、こんな目に遭っちゃって」
まだ出血している私の右手に、紫帆は手をかざした。不思議な力で怪我を治すつもりかと身構えたが、
「ああそうだ。今朝使ったからしばらくはダメだったんだ」
そう言いながら彼女はツバキの後ろ姿を見上げた。ツバキは見られていると分かっていても、振り向こうとしない。
紫帆はしばらく見つめていたが、彼には何も言わなかった。
「……歌姫。彼に包帯、巻いてあげて」
「あ、ああ。分かった」
「マスター、カウンターを今すぐ片付けて。これ以上何かが起こってもいけないから」
「はい。その通りに」
歌姫とマスターが、めいめいに言われた通りに行動する。
そして紫帆は私達のそばを通り過ぎ、島木と対面した。
「お久しぶりです、島木さん。あなたに会うのは、私がこの島に案内してあげて以来ですか」
「堂島さん……!あなたのせいで私は散々です!」
島木は再び息を荒くして紫帆を睨みつけた。
「あなたが誘ってくれたこの六稜島、初めは快適でしたけど今はもう最低の島よ!私に優しくしてくれる人間が一人もいないじゃない!おまけにやりたくもない殺人までやらされて……!全部あなたの責任よ!謝りなさい!」
やりたくもない殺人とはなんだ。あんたが勝手に実行したんだろと私は言おうとした。しかし、
「動かないでください。包帯がずれますから」
手当をしてくれている歌姫の邪魔をするのは申し訳ない。私はぐっと堪えた。
「島木さん。そんなこと言わないでくださいよ」
紫帆は腰の低い応対をした……この一瞬だけ。
そしてもう一言。
「世間がてめえの思い通りに動くわけねえだろ!」
紫帆は突然島木に怒鳴った。それもこれまで聞いたことのない口調で。
「優しくしてくれる人間が一人もいない?当たり前だろうが。この島の人間は大方、心にちゃんとした意志を持ってんだよ。お前みたいな我儘な奴はこの島では無視される。本土にいた時のあんたと同様な!」
出会った時のころころとした声が、今では鋭利な刃物となって島木に襲いかかっていた。当の島木はといえば、紫帆の豹変に恐怖を覚えると共にたじろいだ様子だった。
「本土にいた時と同様に?…向こうで関わったことのないあんたが、どうしてそんなこと知っているのよ!」
「事前に味わったからに決まってるだろ。てめえの愚かな人間性をな。……いつか問題を起こすとは思っていたが、まさか人殺しとはね」
「ふん!別に構わないでしょう?この島に警察はいないんだから、何をしたって自由よ!それに、あなたにも少しは責任があるんじゃない?この島に私を呼んだのはあなたよ!」
「年老いた親の世話は放置しているくせに、自分はいい歳こいて人の世話に預かりたいのか?くだらない」
紫帆はそれ以上島木について語らなかったが、彼女について多くのことを知っているような口ぶりだった。島木から見れば島に招待しただけの関係だが、紫帆から見ればそうではなさそうである。私はそのことに少し興味を抱いた。
「……島木さん、私はあなたを許さない。ただ人を殺しただけじゃない、あなたは私の大事な島民を傷付けた!」
紫帆は島木の顔を正面から指差し、彼女を非難した。対して島木は余裕綽々としている。紫帆が元の丁寧な口調に戻ったからだろうか。
「さっきから言っているじゃない。この島に警察はいないんでしょ?」
「……ええ。いないからこそ、あんたの罰は私が決める!」
しかし紫帆の怒りは収まってなどいなかった。彼女はさらに島木の元へ近付くと振りかぶり、パン!と弾ける音と共に彼女をビンタしたのだ。