その十四

文字数 2,201文字

「早速だけど歌姫、さっきマスターから聞いたんだ。凶器になったかもしれないリボンテープは今、君が持っているらしいじゃないか。良ければ僕に見せてくれないかい」
 その場から立ち上がったツバキは、凶器となったかもしれないリボンテープに興味津々だった。「分かりました」とその要請を受けた歌姫は、一度スタッフルームに戻るとすぐに私達にほどけたリボンテープを渡した。
「ありがとう、すぐに見つけてくれたんだね」
「ロッカーにずっと仕舞いっぱなしにしていましたから」
 リボンテープの材質はコンサートでよく見かける銀テープそのものだった。店内の明かりに照らされて橙色に光っているが、強く引っ張られたのか複数の皺の跡があった。
「マスターの言っていたとおり、十本にも満たないようだね」
「しかし歌姫が歌っている最中に被害者を殺し、カモフラージュに他のリボンテープにも締めたような跡を付けるなんて難しいと思わないか?」
「いいやサクマ、さっきマスターが言っていただろう。リボンテープはあらかじめ持ち帰ることが可能だった。つまり前もって皺を付けたリボンテープを捨てるだけなら時間はかからないさ」
そうだった。そのことを失念していた。
「しかし念の為確かめておこう。……ねえ歌姫」
「どうしました」
「事件の後君達は、有志の人の力もあって、ある程度捜査をすることができたらしいね。その捜査で、店内の装飾に何か不審な点は見られなかったかい。リボンテープの剥がされた跡とか」
「装飾ですか。それに関しては半分あって半分ないってのが答えになりますね」
「半分あって半分ない?」
「ええ。確かに壁面に飾ってあったリボンテープは剥がされていました。けれどね、数が合わなかったんですよ。剥がされた箇所よりも、落ちていたリボンテープの数の方が多かった」
「つまり誰かが持ち込んだのか。ちなみにその本数は?」
「三本ほどでしたかね、確か。お客さんを皆店の外に出して分かったことなんで、事件に遭遇した人間の中ではマスターと俺しか知らないけど」
 そして「ちなみに」と言うと彼は剥がされたリボンテープの箇所を指差して教えてくれた。
「ふむ……そうか」
 ツバキは手元のリボンテープをしばらくの間見つめた。そして満足したのか、当然のように「要らない物」として私に渡してきた。既に私も数本持っているし、私は彼の召使いではないのだが…。
 しかしそのことには気付かず、歌姫は唇を噛み締めて「それから」と言葉を続けた。
「殺された彼女のことなんですが……」
「何か気付いたことがあるんですか」
 私はトーンを落として控えめに尋ねた。歌姫は悔しさを滲ませながら少しずつ言葉を発する。
「なくなっていたんです。……彼女の指に嵌っていたはずの、金色に輝く指輪が」
 それは歌姫と被害者にとって大切な物であったはずだ。私は驚いた。
「それは本当ですか」
「ええ。彼女は私と違って、仕事中も肌身離さず指輪を付けていました。彼女が意図して外すことは絶対にないと断言できます。それに店中探しても指輪は見つからなかった。たまたま店以外の場所で抜け落ちたなんて、俺には思えません。きっと、彼女を殺した奴が抜き取ったんです」
「首を締めて殺した上に、指輪を盗んだ……」
「安かったとはいえ、見映えが良いものを選んだんです。きっと犯人はそれを高価な物だと勘違いして」
「いいや、それは違う」
 するとそれまで黙っていたツバキが口を開いて断言した。
「犯人の目的が指輪だけなら、もっと別の方法があったはずさ。店に一人で向かう途中を襲えば、群衆の目に晒されるリスクを抑えて簡単に指輪が手に入る」
「ツバキさん……それはその通りだけど、事実指輪は抜き取られているんですよ。金銭的な理由以外に有り得ない」
「もし本当に犯人が金に困っていたならもっと他の物を狙えばいい。例えばこの店の売上とかね。当時は君のおかげでえらく繁盛していたんだろう?」
「それは……」
 歌姫は言葉を濁した。ツバキの推測は半ば的を射ていたのだろう。カウンターにいるマスターも反論しなかった。
「この事件はあまりに非効率的だ。わざわざ歌姫の公演中に殺したという奇異なタイミング、そして指輪の強奪。この二つには必ず犯人の意図がある」
「意図って、それには見当が付いているのか?」
「さあ、分からないね。誰かに恨まれたりしたんじゃないのかい」
 手掛かりがないからか、ツバキは私の問いかけにえらく淡々と述べた。これに対して歌姫は大きく首を振って否定した。
「歌うこと以外が不器用な俺ならともかく、彼女が誰かから恨まれるなんてことは決してない!彼女は誰に対しても優しく接していた。愛嬌もあって皆から愛されていたんだ!」
「それは私も同感でございます、ツバキ様。彼女が極めて優秀なスタッフだったのは少なからずあなた様もご存知でしょう。何か揉め事を起こすような子では決してない」
「それもそうだ。だとしたら他に何が浮かぶだろう。歌姫に対する強烈な愛、かな?」
「なっ……!」
 ツバキのからかい混じりの推測に歌姫は思わず面食らった。どうやら当人には考えもしなかったことのようだ。
「となれば多少の不可解な点も、愛ゆえの暴走として多少は目をつむることができる。さて歌姫、教えてくれ。君の歌がいかに多くの人を虜にしてきたのか」
 ツバキは不敵な笑みを浮かべ、歌姫に問いかけた。
「ま、僕も一応君のファンではあるけれどね」
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