第22話 赤龍会事務所②

文字数 4,169文字

 2階がこの事務所のメインフロアである。組長席もあり通常であれば此処に芥次郎が居るはずだ。組員が集結している場所であるので、そろそろ本番かなと、俺は集中力を研ぎ澄ましながら階段を一段ずつ踏みしめるように歩を進める。
 階段を上りきると、脇のメインフロアへのドアは既に開いていた。ドアの傍に組員が倒れている。俺は其の死体を跨いで部屋に入った。目の前の一番奥、窓前に組長席があるが其処に芥の姿は見当たらない。一年ぶりに訪れた部屋は、壁に掛かった日本刀や組員の集合写真等、同じ物が昔と変わらず同じ位置にあった。そしてそれらが、洩れなく鮮血に染められている。少し気合を入れてきたものの、既に此処も二人のあどけない透明少女達に制圧されていた。
 「何ちんたらしてるのよ。」
 絶マキコが右腕の千切れた組員の頭髪を掴みあげながら此方を向いて云った。その横では絶ヨウコが床に転がった死体から一刀雨垂れ(いっとうあまだれ)を引き抜いていた。死体を片足で食い止めながら刃を引き抜いた瞬間、血が飛び散って絶ヨウコの白い頬に赤い点々を作る。
 「こいつまだ生きてるけど、何か聞きたい事ある?」
 絶マキコが俺の方に組員の頭を突き出すように見せる。頭髪を引っ張られた組員が痛みで呻き声を上げた。
 「ウガァッ」
 「男のクセに情けない声出して、(うるさ)いなぁ。」
 俺は部屋中を確認しながら其方に近づいていく。
 「ひい、ふう、みい… …」
 辺りには9つの死体が転がっていた。下っ端組員の数はこんなものだろうか。
 「その生きてる奴、能力者?」
 「うん、多分。」
 「多分って、」
 「だって、右手を私の方に向けてきたから、その前に腕の付け根焼き切って、苦無(くない)で引き裂いてやったの。だから、どんな能力かは知らない。」
 「あらら、そうなの。痛そ… …。」
 俺は右腕の千切れた組員を見下ろした。もはや観念しているのか、組員は俯いきがちに荒い息を立てている。しゃがみ込んで表情を観察すると、眼の下には深いクマが出来頬もコケている。一目でブースト常習者だと分かった。
 「運が悪かったね。こんな時期に芥の部下になっちゃって。斜陽だよ、この組。なんだってこんなとこに就職したの。」
 「ハァ… …ハァ… …… …ハァ」
 「聞こえてますかー?」
 「… …… …俺は、組がどうなろうと、知ったこっちゃないんだよ… …。此処にきたらヤクが鱈腹食えるって聞いたから、入っただけだ… ……。」
 「へー。やっぱり外道は外道らしく、動機も極めて単純なのね。」
組員は俯いては居るが、眼だけは此方に鋭く向けて話を続ける。
 「… …… …知ってるぜ、あんたのこと。火曜日の稲妻(チューズデイサンダー)だよな。

。一度会いたかったんだよ。週一しか能力使えないクセに、やたら態度がデケエ奴がいるって。…クク… …」
 「…… …」
 突如思い出したように組員が顔を上げて、脂汗で濡らした顔面を此方に向けて話し出す。
 「どんな野郎か、俺が()りてぇなぁって思っててさ、ハハ!幾ら能力が半端無いったって、週に一度の能力が一体何だってんだよ、なぁ!?火曜以外は只のパンピーじゃねぇか!今日だっておめぇ、何にも出来ねえじゃん!ハハハ!」
 「… ……」
 「なぁ、お前、俺の事、今()れる?!ムリでしょ?ねぇ!ムリだよなぁ!だって只の無能力者だもんな!アハハハ… …なぁ、頼むから能力見せてみろよ。おい、見せろって云ってんだろ!……あびゅッ」
 俺が凝っと聞いていると、組員が頭から前のめりにばたりと倒れてしまった。こめかみからじわりじわりと血液が噴出して、床に赤色の水溜まりを作る。不図絶マキコを見てみると、奴の持った苦無からは真っ赤な血が滴り落ちていた。
 「おい!何、()ってんだよ。まだ話聞いてる途中だったのに。」
 「… …うっざ。聞いてらんない。」
 「おめー、もう少し冷静になれって何回も言われてるだろ。」
 「あんたもあんたよ。こんな奴に云われっ放しのまんま、何黙ってんのさ!」
 絶マキコがさも苛立たし気に、言葉を巻くし立てながら、今しがた殺した死骸の頭を軽く蹴った。
 「こんなの、何時(いつ)もの事なんだよ、ああいう週に一度しか能力使えないとかなんとかって煽り方。所謂、様式美って奴なんだって。だから、イチイチそんな事に腹立ててらんないの。」
 「だからって…」
 「そんな事より今は情報収集が大事なんだって。てか、なんでお前がキレてんだよ。変な奴だなぁ。」
 「ウルサイ!」
 そう云いながら、絶マキコは宙で胡坐をかいてソッポを向いてしまう。絶ヨウコが此方を向いて顔を少し横にずらして困った顔をした。
 「まぁ、()っちまったモンは仕方ないよ。なんか情報になるようなものあるか、調べてみよう」
 俺は今しがた死んだ奴の懐のポケットに手を突っ込んでみる。中には小銭とシケモクしか入っていなかった。絶ヨウコも浮遊しながら、脇に置いてある作業机等を物色しているが、特に目ぼしいものは見当たらないようだ。
 「この部屋も、特に情報無し…。んじゃ次の階行きますか。」
 3階は組員の連中の寝泊まりしている部屋である。基本的に事務所は組員が常駐しているので、泊まり込みの連中が3階で生活しているのだ。死体共の一通りの物色を終えた俺は、顔を上げて声を上げたが、不図見ると絶マキコが組長席の脇机を開けて、写真を握って立っている。
 「なんかあったか。」
 俺は立ち上がってすぐに絶マキコの方へ近寄る。絶ヨウコも作業を止め、素早く浮遊してきた。
 絶マキコは眉間にシワを作りながら、無言で俺の顔の前に写真を突き出した。
 「ビンゴだね。お父さんとお母さんの写真。」
 其処には絶ファタマと絶クォリ、暗殺者夫婦の二人が映っていた。全体的に暗くて分かりづらいが、夫婦が黒づくめのスーツで立っていた。恐らく暗殺業務(しごとちゅう)の写真だろう。撮影者の腕が良いのか、無表情の二人の顔はしっかりと確認できる。そして、その二人の姿其々(それぞれ)にペンで大きくバッテンがつけられていた。
 「んで、ホラ。」
 続けて絶マキコが渡してきた写真には、俺が映っていた。
 「お父さんとお母さんの写真と一緒に、あんたの写真も入ってたよ。やっぱり俄然原の云ったように、芥がハメてたんだね。」
 「ふうん。まぁ、やっぱりと云うかなんというか。目新しい情報では無いな。」
 俺は絶夫婦の写真と俺の写真を見比べながら云った。此処までは既存の情報の確認に過ぎない。が、続けて絶マキコは話を続ける。
 「違うの。今あんたの持ってる写真たちは、この封筒に入ってたの。で、こっちの封筒。こっちにも写真が何枚か入ってる。」
 そう云いながら、絶マキコはもう一つの封筒から写真を取り出した。全部で三枚あるようだ。その写真を組長席の上に広げる。其処には予想外の連中が映っていた。
 「…… …!… ……トミーさんッ。…… …其れに、… …これは金月か。」
 「知り合いなの?」
 「ああ。ウォーターマンのW.W.トミーとフライディムーンの金月新(かねつきあらた)だ。二人とも俺と同じ一週間の能力者。なんでこいつ等の写真があるんだ?… …」
 トミーと金月の写真。二人の写真が此処にある理由を考えて、俺は暗澹(あんたん)たる気持ちになった。一体どういうことだ。芥の狙いは俺では無いのか。何故こいつ等の写真を芥が持っている。只の私怨だけのトラブルだと思っていた事象が、全く予想外の方向に進んでいく様を見て、俺の頭の中はうっすらと暗闇の雲に覆われていくような気がした。
 「じゃあ、この女の人も知り合いなんだ。」
 呆然と二人の写真を睨みつける俺を見ながら絶姉妹も何かしらを感じて無言になっていたが、引き続き絶マキコが質問してきた。
 トミーと金月の写真ばかりに気が向いていたが、絶マキコが指さす写真。其処には俺が知らない女が映っていた。肩までのセミロングの黒髪を伸ばした眼鏡女。清潔感のある整った顔立ちをしている。
 「いや、この女は知らない。」
 「でも、あんたの友達の写真と一緒にされてるって事は、何か関係があるんじゃ無いの?」
 「… ……あぁ。多分、俺たちと同じ能力者かもな。」
 「… …一体、なんなんでしょう?この芥って奴、一体何が狙い?」
 絶ヨウコも顎に手を掛けながら思案をしつつ云った。まったくもって俺も真意を測りかねた。芥が何故、こんな写真を持っている?裏社会(こっち)の人間が他人の写真を持つ理由なんてものはたった一つだ。つまり、()す為のターゲットの写真だ。だとすれば、芥は俺たちのような能力者をまとめて消そうとしているのか。
 「… …竹田ッ」
 その時、絶マキコが小さく声を上げ俺を呼んだ。絶マキコの方を見ると、彼女の顔は既に2階のドアの方を凝視して戦闘態勢をとっていた。
 3階の階段の方から、何か金属が床と擦れる音が聞こえる。ガチン、ガチン、とリズミカルだ。やがて、その音が一度止む。おそらく階段を下り2階の廊下にたどり着いたのだろう。それからまた、金属音が引き続き鳴り、その音はだんだんと近づいてきた。
 「……芥。」
 ドアから入ってきたのは、果たして芥次郎だった。だが、俺が知っている芥とは若干姿が異なっていた。
 芥次郎は以前とは違い車椅子に乗っていた。そして、その車椅子の両輪には、何故か鋭い針のようなスパイクが無数についていたのだ。また、車椅子の肘置きに置いてある両腕には、左右共に点滴のようなものが備えつけられていた。そして意外だったのは、芥の顔が一年前よりもイキイキして見えたからだ。血色も幾らか良く、デンから聞いていたような、家計が火の車で精神的にヤラれている奴の顔には見えなかった。前は口と顎に蓄えた無精ひげには白髪が沢山混じっていたが、其れも綺麗に剃り取られていた。
 「よう、久しぶりだな、竹田。」
 そして、何より。
 その車椅子を後ろから押す男が居た。
 一目見ただけで、その男が尋常では無い事が理解(わか)った。俺だけで無く絶姉妹も、芥の姿もさる事ながら、後ろに立つ真っ黒な背広に身を包んだ男の雰囲気を警戒していた。
 車椅子のグリップを握った両手は黒の皮手袋に包まれており、顔面は狐の面で覆われていて表情は見えない。だが、手練れの能力者である事はその何気ない所作から、節操も無い程滲み出ている。
 「ああ、一年振りだっけ。あんたも色々と大変そうで。」


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