第19話 試運転

文字数 2,036文字

 絶マキコの身体がゆっくりと揺れ、傾くように脇の大木の影に隠れた。
 獣道の両脇は太い木々が立ち並び、辺りには膝下までの雑草が鬱蒼(うっそう)と生い茂っている。
 只でさえ霊体として透けている絶マキコがその中に身体を紛れさせてしまうと、主人である俺でさえも何処にいるのか全く把握出来ない。
 然し、デーモンは絶マキコに一瞥もくれず気にも留めない。こいつの目当ては何故か何時でも俺だからだ。其れは本能的な何かに刻み込まれているかのような行動だった。
 デーモンが体毛に覆われた両手の平を地面につけたかと思うと、真っすぐ俺目掛けて四足歩行で駆け始めた。両手両足の鋭い爪が地面を(えぐ)りながら大量の土煙を上げている。その獰猛な姿はさながらツキノワグマを連想させた。俺はスボンのポケットから護身用のトカレフを取り出し、背中に張り付けていた赤龍短刀を左手に逆手で構えた。拳銃で眼玉を狙って、(ひる)んだ所に短刀をこめかみへお見舞いしてやる。そう考えていると、俺の目の前にゆっくりと絶ヨウコが立った。
 「竹田さんは横で休んでいて下さい… …。」
 絶ヨウコの瞳孔は開いていた。赤眼鏡から覗く切れ長の眼は、既にデーモンの弱点を見定めているかのようだった。
 「ギャウゥゥウウ!!」
 肉食動物の雄たけびよりも少し高めな声色を響かせながら、デーモンが目前まで迫ってくる。そして其の儘、体毛に覆われたその太く凶悪な左腕を()(かぶ)った。絶ヨウコは左手で柄を逆手に持ち一刀雨垂れ(いっとうあまだれ)の刀身を下に向けたかと思うと、一気に地面に突き刺した。今にも襲い掛かかるデーモンの左腕へ刃側を向け、左腕が振り下ろされるのと同時に、刀身の峰に右半身を預けるようにぶつけた。
 デーモンの左腕の激しい衝撃を野太刀の刃でカウンター気味に受けきると、(こら)えていたヨウコの両足が数歩分後ろへと押し返された。ゾリッという肉の割け開く音が聞こえ、デーモンの左腕は身体から分断されて後方へ弾け飛んだ。赤い鮮血が少女のおさげ頭に夕立のように降り注ぎ、頬へと伝っていく。デーモンがその場で腕を庇いながら悲鳴のような叫び声を上げた。
 「おお!!」
 俺はその鮮やかな手口に感心していた。絶ヨウコに、やるじゃん、と話し掛けようとした時デーモンの両目に二本の苦無(くない)が突き刺さった。上空から絶マキコが急降下して現れ、デーモンの顔面に向かって着地した。両目に刺さった苦無の上に、屈伸する両足で全体重を掛けた事で、更にデーモンの眼玉に苦無が深々と食い込む。デーモンは成す術も無く大声を上げることしか出来なかったが、絶姉妹の猛攻は止むことが無い。其の儘、絶マキコはふわりとデーモンの目の前に降り立ち、両腕を無理やりデーモンの口の中にねじ込んだ。
 「ハハハ!!死んねぇええええええ!ッッ!!」
 デーモンの口の中が仄かに明るくなった。絶マキコが両手でファイヤボールを発生させたのだ。俺と絶ヨウコは瞬間的に顔を伏せると、鈍い音を立てた爆発音と同時に、様々な薄汚い肉片と鮮血が辺りに飛び散った。
 俺はゆっくりと顔を上げてみると、辺りの木々にはどろどろとした肉塊が散乱し、得体の知れない体液のようなものが、新緑の葉から滴り落ちていた。
 「うはぁ、気持ち悪い。。」
 直立したまま煙を上げる頭部の無いデーモンの横で、絶マキコが自身の長丈のセーラー服にこびり付いた血を払い落している。
 「ちょっと、やり過ぎちゃったかな。ア、アハハ… …」
 「マキコはもう少し感情を抑制する必要があるよ。」
 絶ヨウコもおさげ頭を両手で面倒臭そうに払い、時折頭をふるふると振った。
 「あー、ほんっとごめん!精進します…。」
 申し訳無さそうにマキコがヨウコに言った。
 いやはや、今の戦闘だけで、こいつらの本来の実力を見た気がした。是れがまだ17才の少女達だと言う。この時点で既に手際が洗練されていて、俺はとても驚いた。こいつらが、というより、絶マキコがもう少し感情抑制できてれば、かなりのイイ線まで行ってたんじゃないだろうか。裏社会(こっち)で短期間で名前が売れただけの事はある。
 「… …で、どうだった?今の私たち。」
 気を取り直して、と言った声色をさせながら、俺の方を向き直って絶マキコが質問してくる。もしかしたら、呆気に取られていた俺の阿呆面を見られてしまったかもしれない。
 「あ、ああ。正直、驚いた。」
 「ふふ。でしょう。」
 「…ああ。本当に、やるな。いや、参ったよ。」
 俺は正直に今の心境を言った。いや、マジで是は恐れ入ったのだ。此処までのポテンシャルを発揮されたら俺でも勝てるかどうか分からない。
 「そう?!へっへー。まぁ、今のくらいは、肩慣らしってとこね。もう少し時間かけてこの身体に慣れてきたら、もっともっと出来るんだから!」
 「コラッ!マキコ!調子に乗らないのッ」
 「…あ、ハイ… …」
 鮮烈に殺しの技術を披露する少女達。あぁ、かなりこいつは頼もしいなぁと思いながら、あれこれと喋り続けている姉妹の横で俺は大きく伸びをした。

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