第16話 死者について

文字数 3,516文字

 「…!!… …ちょ、ちょっと!!竹田、あんた一体、何やってんの?!」
 砕けた一刀雨垂れ(いっとうあまだれ)の刃身が空中に散らばり、きらきらと朝の陽光を反射させながら地面に落ちていった。その光景と拳銃を構えた俺の姿を交互に見ながら、絶マキコが声を荒げる。絶ヨウコは破壊され(つか)だけになった自身の武器を目の当たりにして、呆然とした表情で事態を静観していた。野太刀の破壊が済んだ俺はグリップを一度握り直して、そのまま鉄砲の照準を苦無の山に向けた。
 「見ての通り、武器を破壊してるんだよ。」
 「は?だから、何でそんな…」
 それから俺は同じように苦無の山にも弾丸を何発か放り込んだ。苦無が玩具(おもちゃ)のように弾け飛び、使い物にならないくらいぶっ壊れていく。
 「成仏させていりゅんでちよ。それかりゃ、わたくちが復活さしぇるんでつ。あんたたちゅにちたようにね。」
 デンが今行われている事態について説明してくれる。つまり、絶姉妹にやった事と同じ事を武器にも施すのだ。その為にはまず武器自体を破壊(死)する必要があり、その後にデンが冥界(あっち)から引き戻してくれる事で、晴れて武器は生と死の狭間の存在となり絶姉妹の元に届く。
 「武器をお前らの領域に持ってく為に、前段として破壊する必要があるのさ。」
 カラなった弾倉に銃弾を装填しながら、デンの言葉を補足する。絶姉妹は二人とも、何とも言えない顔をしている。
 「…う、うーん、そういう事なんだ。…だけど…。なんだか、勿体ないわね… …。」
 「あたしの野太刀が… …粉々に、なっちゃった…。」
 折角の惚れ込んだ逸品が無残にも破壊し尽くされ、絶ヨウコも戸惑いを隠せない様子だった。
 「仕様が無いじゃん。お前らが常時使えるようにするには、是しか無いんだから。」
 正直、俺も高い金を払って購入した物を、自分で破壊しちゃうんだから気持ちが良い訳が無い。だが、其れも是も自身の命の為である。やるしかない。
 「まぁ誰しも、生と死っちう分かたれた認識を持っちゃってるから、しょういう物質に対しゅる感傷(センチメンタル)(さいな)まれりゅんでつけどね。現世にある身体や物なんちぇ、言わば器と一緒、意識の(おり)でちか無い訳でつよ。そんな物に拘束されてりゅ事自体、不自由だてょは思いましぇんか?… まぁ、あんたたちもいずれすぐに慣れまつよ。なんなら、わたくちが手取り足取りレクチャアちて差しあげまちゅが… …」
 「結構です。」「結構です。」
 絶姉妹がハモったところで俺は残りの銃弾を苦無に叩き込み、丁度破壊作業が完了した。
 周辺には盛大に飛び散った武器の残骸があちこちに散乱していた。
 「良し、こんなモンかな。どうだ?デン。」
 俺は目の前に広がった光景に携帯のテレビ電話を向けた。全体が見えやすいように右から左に向かってゆっくりと携帯の画面をスライドさせていく。デンは携帯画面からその光景を食い入るように見つめると、小さく言葉を吐いた。
 「… …オッケーでつね。」
 「了解。んじゃ、頼むわ。」
 「…50万でつ。」
 「… ……」
 「50」
 「…… …」
 「ごじう!」
 「分かった!分かってるってば」
 「毎度ありッ」
 値段交渉がまとまると、デンは鼻息を荒げ、画面の中で大きく両手を広げ始めた。それから、二三度羽ばたくような動作をした後、両手の指を合わせて携帯のカメラ部分にくっつけた。デンの映る画面いっぱいに指の指紋が映る。
 「… …今しがた、物体きゃら解き放たりぇた武器達にょ痕跡… …履歴 …参照… ……」
 デンがぶつぶつと話す声が、携帯電話を通じて俺たちの居る広場に響き渡る。
 俺たちはその状況を只ひたすらに見ていると、ある瞬間から彼方此方に白い湯気のような物が立ち上り始めた。よく見ると、それらは武器残骸、つまり今となってはバラバラになった破片の一つ一つから発生していたのだった。そして、それと同時に広場の空気が細かく振動を始めた。辺りから鈍く低いくぐもった反響音が聞こえてくる。
 「このわたち死霊使い(ネクロマンサー)山田(マウンテン・デン)の命によりゅい… … …繋ぎ止める者(グラスパー)竹田雷電(たけだらいでん)の元へ参集して… …その形を再び留め直せ… ……」
 デンが其処まで唱えると、突如として大きな竜巻が二つ発生。立ち上っていた白い湯気がそれぞれに巻き込まれ、やがて混ざり合っていったかと思うと、いつの間にか二つの塊になっていた。
 「あ!」
 「ん!」
 絶姉妹がそれぞれ一文字の声を上げる。それは嬉し気な歓声だった。
 目の前には、彼女ら同様、薄く地面を透過した30本の小苦無、其れから一口(ひとふり)の野太刀、すなわち一刀雨垂れ(いっとうあまだれ)が、破壊前と寸分違わぬ美しさと狂気を(たた)えながら存在していた。
 「私たちの武器!!」
 「私の野太刀!!… …やったぁ!!」
 姉妹はそれらをすぐ様手に取ると、まるで玩具を与えられた子供のようにはしゃぎながら辺りを走り回り始めた。
 絶マキコは空中高く飛び上がりながら辺りに生えている大木の一本に向かって、両手の指に挟んだ無数の苦無を構える。それから両腕を大きく振りかぶって胸の前でクロスさせるように解き放つと、小気味良い音を立てて大木の木肌に苦無が整列するように突き刺さった。
 その隣では絶ヨウコが別の大木の前に静止している。両手に持った一刀雨垂れは、まるで少女の体形に見合わない大きさで、腰に引きずられるように刃身が後ろ下に向いて保持されている。剣道の脇構えのような形だ。其処からひと呼吸あったかと思うと、ヨウコは左踵(ひだりかかと)を外側に()じりながら身体ごと大木に向かって急速回転させた。一刀雨垂れの刃先が袈裟斬りとは逆に大木の下側からすうっと吸い込まれ、そのまま斜め上に抜けて(しずく)が弾けた。一瞬、時が止まったような静寂の後、大木は思い出したかのように二つに分かれゆっくりと倒れていった。
 俺はその姿を眺めながら、とりあえずは準備が完了した事でほっとした。(しばら)くは感覚を掴む意味もあって玩具で遊ぶ時間が必要だろう。そう思いながら、丁度良い岩を見つけてその上に座った。
 「サンキュー、デン。助かったよ。」
 「良かったでちね。また、用事がありゅんなら呼んでくだちい。」
 「おう。」
 仕事が終わったデンは最早、冷蔵庫からスイーツを引っ張り出して食らい始めている。
 「… …あ、そういや、一つ確かめておきたい事があったんだが」
 「…うん?なんでちか。」
 「こいつ等の身体の事だよ。」
 俺は広場ではしゃぎ回る絶姉妹を眺めながら言った。
 「はい。」
 「お前、意図的に言って無いのか、何なのか知らないけどさ。お前が持ってる式神と、こいつ等。おんなじ式神でもなんかちょっと種類が違うよな。… …なんつーか、お前の持ってる奴って、平たく言うと、こいつらなんかより、もっとヤバい感じ。これの違いって、一体何なの?」
 俺は式神となった絶姉妹を見ていて、ちょっと疑問に思っていた。デンの家で小競り合いになった時に食らった、あの暗い目をした式神の事だ。
 「あの式神、って言って良いのか何なのか。兎に角、お前のアレ。アレって、明らかに死者って感じだったじゃん。眼、完全に死んでたし。」
 「あー、そうね、うん。たちかに。確かに、それ言うの、忘れてたでち。ごめりんこ。」
 デンがプリンのこびり付いた口元をテレビ電話の画面にアップにさせながら、スプーンで此方に指さしてくる。
 「あのでちね。正確に言うと、彼女ら絶姉妹。この二人は

、生者の側に居まちゅね。つまり、まだ人間的な感情、生者を司る喜怒哀楽があるのでつ。で、わたくちが飼ってるやちゅっら。あいちゅら、もう完璧に死者でつ。感情なんてもの、何もありゃちまちぇん。言わば負、そのものなのでつ。」
 「負、そのもの…」
 「完璧に死者になってりゅあいつらは、もはや完全に冥界(あっち)の住人なんでつ。だから、生者にはやつらに触れりゅことすりゃできまちぇん。」
 …あぁ、そういう事か。だからあの時、デンの式神に向かって赤龍短刀で斬りつけた時も、透き通って当たらなかったのか。
 「そう意味で絶姉妹は、厳密には完全なる死者ではありまちぇん。曖昧なままの状態で、竹田しゃんに繋ぎ止められている状態でつ。なので、強い思いがあれば、彼女らの身体には触れる事ができまつ。」
 「…というと?」
 「普段は透き通って触れられないかもちれまちぇんが、所謂、命を削る場面。ちゅまり、強い念が交錯すりゅ場面、戦闘下であれば触れる事が出来るでしょう。もっと分かりやすく言うと… …」
 「斬る事も出来るってことだな。」
 「しょうゆうことでつね。」
 成る程ね。式神だから無敵って訳でも無いのか。この辺の事もこいつらに情報共有しておかなきゃ不可無いな。

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