第27話 夜の公園③

文字数 3,425文字

 俺はブランコの方に目を向ける。マキコが破壊された遊具の中にしゃがみ込み、既に作業を開始していた。苦無と炎で柵の一つを焼き切ろうとしているが、やはり時間を要するようだった。
 時間を稼ぐ。其れがまず俺と絶ヨウコの最初のミッションだ。
「それじゃ、行くぞ。」
 俺はヨウコに声を掛けながら、芥次郎にゆっくりと近づいていく。遠く、国立公園の真上に浮かんだ月が視界に入った。街灯に照らされた芥が顔を上げて此方を見た。俺は右手の鉄砲を真っすぐ芥に向ける。芥次郎がその俺の姿を見て、まるで獣が敵を威嚇するかのように大きく口を開けて吠えた。
「グォオオオオオオオオッ!」
 離れているのに腹の底まで響くような恐ろしい叫び声。犬の顔をしているにも関わらず、その芥の顔面からは俺への憎しみが強く感じられた。俺は恐怖で止まりそうな足を無理やり前に押し出して歩く。其れから、護身用のトカレフの引き金を弾倉がカラになるまでハジいた。撃鉄が銃弾を燃やし高速で芥に襲い掛かる。次の瞬間、芥が獣染みた太い左腕を出鱈目(でたらめ)に振り回した。鈍い音が幾つも聞こえ、銃弾が芥の身体に命中したのが分かった。
「…グゥ… …」
 芥の身体には二発ほど命中した(あと)が確認できたが、其れ以外に傷が見当たらない。どうやら残りは芥の左腕によって弾き飛ばされたようだった。命中した弾痕からは血液が流れ、着弾したがダメージを与えられなかった所からも、薄く煙が上がっていた。
鬱陶(うっとう)しいなぁ、竹田ァ… …。ムダだからやめろや。」
 芥がそう云いながら左手を振りかぶり、此方に向かって急速に腕を伸ばした。
 俺は其れをぎりぎりの所でしゃがんで避けた。芥の左腕が頭の上を通過する。俺はその左腕が芥に戻るのと同時のタイミングで、態勢を低くしながら芥に向かって全力で走った。このまま懐に入り込んで、奴の眼玉に赤龍短刀をぶっ刺してやる。そして、其の狙いは絶ヨウコも同じだった。目の端の向こうで、ヨウコが芥の方に飛んでいくのが見えた。
 だが次の瞬間、俺は心臓が止まるかと思った。なんと、芥の首が突如長く伸び、狂暴な大口を開けながら俺に襲い掛かってきたのである。(おびただ)しい数の牙が目前まで迫ってくる。
「……ッ!!!…」
 あまりの展開に俺はコトバが出ず避ける事も出来なかった。緊急停止して咄嗟に赤龍短刀を両手で抑え急襲に備える。芥の犬面が、物凄い勢いで赤龍短刀の刃を咥え込むように突っ込んだ。衝撃で俺の身体全体が後ろに数歩分ずれる。
「ガゥッ!ガウゥッ!」
 芥は口の両端に深々と赤龍短刀の刃が食い込みながらも、俺の首に食らいつこうと何度も大口を開けて吠えた。物凄い馬鹿力で、短刀を持つ手が少しでも緩むと()られてしまいそうだ。
「… ………ク… ……クソがッ… ……」
 その時頭上からヨウコが芥に向かって飛び掛かった。いつの間にか一刀雨垂れ(いっとうあまだれ)を上段に構え、体重を乗せて今にも振り下ろそうとしていた。赤眼鏡の奥に光る切れ長の眼が、芥の蛇のように伸びた首に照準を合わせる。
 一刀雨垂れ(いっとうあまだれ)の濡れた冷たい刃が芥の首を斬った、と思ったが、是もまた芥の左腕により防がれた。刃先が若干奴の左腕に食い込むほどで、深手では無い。
「グフフ… …。やはり、お前らは面白いなァ。想像してた通りだ。詰まらないブースト(まみ)れの外道共とは大違いだぜ。楽しませてくれる。」
「… ……… …っくッ」
 口に赤龍短刀の刃が食い込みながらも、芥は軽口を叩いた。少しでも力を緩めると芥の鋭い牙に首を持って行かれるので、俺は声を上げる事が出来ない。芥の圧力が一層強さを増す。
「ぐ、おおぉおッ… …」
 俺の両腕が芥の力に耐えきれず押し負けそうになる。すぐ目前まで犬面の鋭い牙が迫っていた。
 腕の力が限界になりそうな時、ヨウコが刀を手放し、両手で芥の頭を包み込むように挟んだ。目を瞑り、眉間に皺を寄せながら集中し呟く。
細氷(サイヒョウ)
 ヨウコの両手が白く輝いたかと思うと、芥の頭の周辺に光る結晶が幾つも現れ、急速に氷点下を形成した。
「……!!… ガゥッ」
 芥は左腕でヨウコを払いのけ、長い首が弾け飛ぶように上空に逃げた。芥の頭は凍傷寸前のように所々赤黒く変色していた。芥の首が縮み身体に戻っていき、左手で頭を庇うように抑えている。
「…… …小娘、キサマ… …」
 芥が絶ヨウコを睨みながら云った。ヨウコの氷のチカラが少なからず芥に効いているようだ。
「… ……面倒クセェなぁ、オメェも。とっとと死んでくれりゃァ良いものを。全く、その往生際の悪さは、あのクソ夫婦に良く似てるぜ。」
 その言葉を聞いて、絶ヨウコの動きがぴたりと止まる。
 俯きがちだった顔を持ち上げた時、ヨウコ眉間には稲妻が走ったような皺が刻まれていた。突き刺すような視線を芥次郎に向ける。
「… …… … ……父さんと、… ……母さんを()ったのは、あなたですか?」
 静かだが、その姿は今にも飛び掛からんとするような殺気を放っていた。それを受けて芥の口から笑みが零れる。
「…… ……くく。そんなに聞きたいなら教えてやるよ。… ………丁度、お前の親御さん等は暗殺任務(しごと)が完了した所だった。深夜のとある商業ビル内にある地下ガレージで、足元に始末したターゲットの死体を見下ろしていてね。後方から俺の殺気を感じた夫婦は、すぐさま振り向いて俺を()ろうと向かってきた。しかしヤだねぇホント、殺人マシンって人種は。少し世間話しようなんて情感的な機微、少しも持ち合わせちゃいない。全く、詰まらん奴らだったぜ。」
「… ……… ……」
「… ……能力も無いのに良く戦ったよ。奴ら、俺の攻撃をするすると見事に避けて、カウンター放ってくるの。俺ァちょっと感動しちゃったよ。無能力者でも鍛えれば此処まで動けるようになるんだってね。結構斬りつけられて面倒だったなァ。」
「… …… …… …」
「マァ結局、両方とも俺の此の自慢の車椅子で串刺しにしてやったがね。父親は顔面轢いてやったから表情ズタズタ。どんな顔してんだか、ワッカンネェんだもん… …ククッ。母親の方はといえば、四肢が千切れて吹ッ飛んでたかなァ。あれは正直、傑作だった。…クク。… …アァ、傑作と云えば、試しにお前らの写真見せてちょっと脅しただけで、今までの殺気が嘘のように消えちゃったのよ。俺ァ、笑ったね。鉄仮面のような奴らにも、こんな絵にかいたような弱みがあったなんて。」
「……!!」
 其の芥の言葉を聞いて、ヨウコの眼が大きく見開かれた。そして其処から更にヨウコの表情が険しくなっていく。まずいと思った俺は、堪らず口を挟む。
「おい、ヨウコ。芥の話を聞くな。奴はお前を挑発してるッ」
「…… ……」
「…… …家族ってものは心底、詰まらんねェ。重大な最期の局面で、必ず(タマ)を落とすことになる。暗殺稼業が聞いて呆れるぜ。」
「……… …… … …せない…」
「マァ、アレだ。つまり、お前等の両親は、最後までクソだったって事だ。どうだ。面白い話だろう?カッカッカ。」
「… ………る… ……せない… …」
 ヨウコの拳が極限まで握られ震えていた。俺はなんとか静止しようとヨウコの前に手を出した。
「オイ、ヨウコッ」
「… …アァ?!…なんだってェ?!…… …聞こえンなぁ!」
「… ……許せないッ!!」
 俺の腕を乱暴に振りほどき、絶ヨウコが芥に飛び掛かって行った。地面を蹴り上げ飛び上がったヨウコが、月光に照らされ青白く光る。左手のみで一刀雨垂れ(いっとうあまだれ)を振りかぶり、右手には燃え上がるような冷気を宿していた。
「ヨウコッ!!待てッ」
 俺の声など最早聞こえていない。ヨウコの振りかぶった一刀雨垂れ(いっとうあまだれ)が真っすぐ芥の首を狙う。その姿を見上げながら、芥次郎の犬面が不敵な笑みを浮かべていた。
「… …ベラアァッ」
 芥がヨウコに向かって大口を開けた。
「クソッ」
 俺も遅れて芥へ攻撃を仕掛けようと走り始める。
 芥の口から長い舌が飛び出した。先ほどヨウコに切り取られた部分は其の儘だったが、まるで関係が無いように何処までも伸びていき、中空のヨウコを射程に入れた。
 ヨウコが遅れて反撃しようと一刀雨垂れ(いっとうあまだれ)を振り下ろそうとするも、一瞬早かった芥の舌がヨウコの両腕諸共(もろとも)上半身に何度も巻き付いていく。
「…… !!……」
「……愚かだなァ。親も親なら子も同じか。」
 巻き付いた芥の舌の強い力でヨウコの身体がふわりと浮き上がり、其の儘背中から地面に叩きつけられた。衝撃でヨウコが吐血する。
「… …かはっ」
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