第11話 待ち伏せ

文字数 2,223文字

 「これで良しと。」
 俺はヘルメットを脱いで額の汗粒をタオルで拭ってから、シャベルを土に突き刺した。
 目の前には二つの大きな土山が出来ている。辺は既に日も落ちて暗くなっていた。俺の隣では二体の木像が短い手を胸の前で合わせている。
 「今日中に埋めることができて良かったよ。」
 煙草に火を付けながら一息つく。勿論この二つの土山は絶姉妹の亡骸の為のものだ。彼女らの墓。魂だけをこの世に残して身体だけが先に旅立ってしまったのである。まぁ、旅立ってしまったのは俺の所為ではあるが。
 俺の自宅マンションの裏手は全て山で覆われており、山を少し入ると其処は山林迷路のようになっている。立ち入り禁止の看板と柵があり、普段もほとんど人が立ち入らない場所である為、姉妹の墓を作るのには丁度良かった。
 「まさか、自分たちの身体をお見送りすることになるとはね。」
 ゲルニカマキコがしんみりとしながら言う。
 「そうね。」
 ハニワヨウコもその言葉に同調した。だが、二人の言葉と態度からは悲しみというものよりも、区切りをつけるというような潔さが感じられた。
 「大丈夫か?」
 「…ん?大丈夫って、何が?」
 「いや、なんとなく。」
 聞いといてなんだが、俺自身も発言の意図を図りかねた。
 「別にどうってことないわ。無くなってしまったものは仕方ないでしょ。ていうか、そもそもあんたの所為でこうなってるのに、そのお気遣いっておかしく無い?」
 「まぁ、それはそうなんだが。」
 「あたしたちはそんなにヤワじゃないの。これでも一応3歳から殺人英才教育を受けた、泣く子も黙る絶姉妹ですから。」
 ゲルニカマキコが木像の小さな身体を此方に向けて自信あり気に話す。
 「オシャレできないのと、彼氏を作るのが心残りだけどね。」
 「…そこら辺については、もう少し、私調べてみるわ。式神の魂がどの範囲まで出来るのか、色々と調べてみる価値はありそうだし。」
 と、ハニワヨウコ。
 「いいね!」
 暗殺者姉妹は何処までも建設的で前向きであった。ともかく、こいつらの力が借りられるのだから、正直心強くはある。おそらく大学での戦闘でもこいつらが両親の事で正気を失ってさえいなければ、やられていたのは俺の方かもしれなかった。何故なら絶姉妹はそのときの戦闘では武器を一切使用していなかったからだ。殺人教育機関であらゆる暗殺の方法や武器の使用を学んだのにである。今回の戦闘での武器無使用に、奴らのどんな理由やこだわりがあったのかは分からないが、ともかく奴らは素手だった。つまり本来の実力を発揮していたら俺は殺されていたかもしれないのである。
 「そういえば、お前ら、得意武器ってあるの?あるんなら、用意しとかにゃならん。」
 俺は木像の二体をポケットに突っ込みながら、姉妹に聞いてみる。
 「ああ、そうね。私の武器は苦無(くない)よ。お望みなら、あんたも苦しまないように殺してあげるけど」
 ポケットから少し顔を出しながらゲルニカマキコが言う。
 「おいおい、寝首は勘弁してくれ」
 「… …私は、… 日本刀。」
 もう片方のポケットからもハニワヨウコが顔を出した。
 「日本刀かよ!…中々、アグレッシブな武器を使うんですね。」
 「野太刀でお願いします。」
 「おいー」
 早めに通信販売で注文しておこうかしら。と、なんやかんやと言いながら俺たちは自宅に戻った。


 次の日の夕方。俺は都内のオフィス街とは間反対に位置する、柄の悪い飲み屋が立ち並ぶ6階建ての雑居ビルの前に立っていた。辺りからは生ごみ等色んな物が混ざった()えた匂いがする。
 「殺人教育機関は、実際の現場は山梨県にあるの。ただし、事務的なものは都内のこの雑居ビルの一室で行われているわ。俄然原尾四(がぜはら・びよん)は其処の事務員の一人よ。」
 「事務員の数は?」
 「4人ね。そのうちの2人はパートの女の人。実態を何も知らずに経理事務を淡々とこなしているわ。俄然原と佐々木というのが、実際の事務を行っている。」
 「少ないな。」
 「公に出来ないところは、何処もこんなものよ。」
 「佐々木、というのは?」
 「佐々木楓(ささき・かえで)。一応、この事務所を仕切っているわ。皆、楓事務長って呼んでる。」
 この佐々木という女は無視で良いか。俺の目的はあくまで俄然原だ。
 「オッケー。」
 「昨日家でも言ったと思うけど、俄然原は本当に、なんの特徴の無い男よ?戦闘経験も無いし、細見で眼鏡を掛けている冴えないサラリーマンって感じ。こいつから何か聞き出せるのかは、分からないと思うけど」
 ゲルニカマキコが雑居ビルの外壁から滴り落ちる配管の汚水を見ながら言った。
 「然し、この男から情報を聞き出すしか、今は手立てが無い。それに、こんな怪しいところで働いてるんだ。叩けば埃もわんさか出てくるだろうさ。… …で、んじゃとりあえず、この辺りでしばらく待ってれば良いんだよな。」
 俺は辺りを眺める。丁度向かいの通りに待機するのに丁度良い純喫茶があった。
 「そうね。俄然原は必ず定時上がりなの。私たちも生徒時代は、俄然原にアポ取りするのに苦労したもの。17時半になったら機械のように退社しちゃうの。事務の人間の癖に、全然役に立たないんだから。」
 マキコの愚痴を聞きながら、俺は事務所の入っている5階を見上げる。どう見ても普通の小事務所といった出で立ちをしていた。それから俺たちは俄然原の退社時間まで純喫茶で時間を潰すことにした。時刻は16時過ぎ。まだ一時間半ほどある。

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