第5話 血塗られた急襲⑤

文字数 2,048文字

 「マキコー!!」
 無表情を維持していた絶ヨウコの顔が悲愴に歪み、全速力で此方に駆け寄ってくる。其れを後方に見つつ額に穴の開いたマキコの身体は、糸の切れた人形のように崩れ落ちようとしてした。
 「おっと、」
 俺は身体中がひりひりと痛むのを堪えながら、かつてマキコだった死体の両腕をなんとかキャッチして死体が地面に倒れるのを阻止した。そのままマキコの身体を直立させるように後ろから支えて立ち上がる。
 「ハーイ」
 俺は駆け寄るヨウコに向かって、項垂(うなだ)れるマキコの右手を掴んで手を振ってやった。
 『ヨウコー!ワタシハ、ダイジョウブダヨー!』
 それから俺は焼ける喉で高い声を出してヨウコに話しかけた。無理やり出した発声に喉がきりきり痛む。それから更にマキコの両手を握って、両手で手を振っているような感じでぶらぶらしてみた。マキコの顔はだらりと俯いたままだ。その姿を見てヨウコが緊急停止する。いよいよ絶ヨウコの顔がマキコと同じく憎しみに満ちて激しく歪んできた。その似通った顔面を見て、やはり姉妹なのだな良く似ていると思った。
 「き、貴様… …」
 口惜しさゆえの歯ぎしりが此処まで聞こえ、バキッという音が聞こえた。ヨウコが眼鏡を握りつぶした音だった。しかし、脱力した死体というのは何故こうも重いのだろうか。それとも年頃の娘ゆえの発育の所為だろうか。とりあえずその重みにイラついた俺は、ちゃんと立て!とマキコの頭をはたいてみた。次の瞬間、ガゥ!という獣のような咆哮が聞こえたかと思うと、まさにヤマネコとでも表現できるのか、両手をカギヅメの形に大きく開いたヨウコの姿が中空から襲ってきた。そして、なんとその姿は、右半身が激しく燃えており、左半身が鋭く凍っていたのである。これが絶ヨウコの本性か。こいつはなんと炎と氷の両方の特性を持っていたのだった。燃える右手と凍える左手。その両手でもって、ヨウコは俺に襲い掛かろうとしている。こんなおっかない野郎と直で対決など出来ない。
 「これ、要らないや」
 俺はかつてマキコだった死体があまりにも重いので、ヨウコに返してやろうと投げつけてやった。そのあまりの突然のことに、怒りで我を忘れていたヨウコが一瞬、我に返ってしまう。それから後の動作は予想が容易い。ヨウコは死体を空中で慌ててキャッチする。ただし、体重が自身と同じほどの物を唐突に受け止めるほどの体幹は中々維持できない。受け止めたヨウコの身体が少し斜めに倒れそうになる。
 「マキコ!」
 「まぁ、そうなるよね」
 斜めに崩れ落ちそうなヨウコに向かって、例の如く俺は護身用のトカレフで先ほどと同様に小娘の額に狙いをつける。鉄砲に内蔵された呪いの銃弾をとりあえず一発発射する。
 ヨウコの額に穴が開く。それから、俺は念の為、マキコを抱きかかえたヨウコの成長期の左胸へ二発入れる。死体を貫通して蕾のような幼い心臓に風穴が開いた。そうすると、姉妹は仲良く一緒に崩れ落ちた。燃えつくされた大学の運動場。煤の中に倒れ込む学生姿の姉妹は中々フォトジェニックで映えていた。
 「ふう。危なかったな」
 今回も中々にハードな戦いだった。死にかけてもおかしくなかった。頭脳が幼いのが救いだった。能力だけ見れば俺よりも遥かにスペックが高い姉妹だった。
 しかし、絶姉妹が俺を狙ってきた理由は、両親を殺されたという私怨によるものだったようだが、俺は奴らの両親を殺してはいない。一体何処でどういう話になってそういう話になったのか。まさか奴らの機関がそのようなデマを送ったのだろうか。よく分からない話だった。これはちょっと面倒臭い事になってきたなという、これは俺の生存本能に基づいた直観だったのである。
 「あー、これはちょい対策を練った方が良いのかもしれないなぁ」
 俺は誰も居ない大学の真ん中で独り言ちてみて、携帯を取り出してみた。
 電話帳から一人、当てのある人物にTELしてみる。
 「… ………はみ。」
 電話に出た。この男の名は山田(マウンテン・デン)。祖母が高名な霊媒師でその能力はとんでもない。そしてデン自身もその血統を正しく受け継いでいるばかりか、この男はその能力を明後日の方向に使っている。所謂、生粋のネクロマンサーであった。
 「あ、デン。俺俺。雷電だよ。」
 「… …こんな時間に、何でち。」
 「こんな時間にって、まだ全然昼間じゃん。あのさ、ちょっと、金払うから二人持ってくから、今から見てくんね?」
 「えー、わたくち、昨日も徹夜だったのでちに。」
 「お願いッ!頼みます。お金ちょっと多めに出すから!」
 「えー。わち、是からアニメ見て寝ようと思っとったのに… …」
 「お願いッッ!!なんとか!」
 「えー」
 そこから、件のような問答を後15分ほど繰り返した後、なんとか会見のOKが出たのだった。了解が出て本当に良かった、と俺は胸を撫でおろした。
 そうと決まれば、すぐに行動に移らねばと、俺は煤の上に折り重なった絶姉妹の死体を両脇になんとか抱え、デンの自宅に行こうと歩き始めた。

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